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おっさん流人生論~メイドさんを添えて その3

     メイド3


 おじさんの話は長い。しかも、その多くがよくわからない。

 でも、そんなに話すだけの熱量って言うのかな、何かを伝えたいって言う意思はすごく感じた。なんでだろう?私にそれを伝えてどうするんだろう。私多分、就活とかできないよ?バカだし、社会不適合者だしね。

「ねえ、おじさん」

「ん?」

「私、多分その知識つかえないよ?」

 おじさんは、なんだか悲しげなような、でも悟ったような表情だ。

「だろうね。でも、なんだろう。君には話したくなった」

 おじさんは上を見て、ちょっと息を吐いた。

「多分、私は何かを残したいんだ。誰かに、何かを。この無価値な人生の結果を」

 無価値。その言葉はすごく心に刺さる。私は無価値だから。

「その言葉キライ」

「そうか。そうかも知れない。君の人生はまだ先があるし」

 おじさんの様子がおかしい。手も、少し震えてるように見える。

 昔どこかで、そんな姿を見た気がする。

「ねえおじさん。わかんないよ」

 私の人生は無価値だ。それは、今まで出会ったみんなが証明してくれている。

 頭が悪い。会話がつまらない。だらしない。なにを考えてるかわからない。親に迷惑ばかりかける。学校にも、病院にも迷惑をかける。

 私を知っている誰もが、私の無価値を保証してくれる。

 でも、おじさんは?

 ちゃんと社会に出て働いて、お給料もらって、それでも無価値なの?

 ムズカシイ。バカな私にはわからない。

 あ・・・でもそうだ。私にもわかることがあるよ。

 その言葉を口にする人間が、どんな心で、どんな精神状態なのか。

 この気持ちはね。きっと元気な人にはわからないんだ。そして、我慢ができてる人にもわからない。だから多分、おじさん自身もわかってない。

 涙が出そうだよ。ふとおじさんの手首を見た。傷は無い。でもね、私は知ってるよ。それは、「()()傷が無い」っていうだけなんだって。だって、その姿は、私だもん。

 年齢も、性別も、経験も、学歴も。何もかもが違っても。

 私だけはわかるよ。

「おじさんも・・・つらかったんだね」

 おじさんは、驚いたような表情をした。

「そう・・・なのかも、知れない」

 おじさんが静かに答えた。あれ?泣いてる?おじさんの頬を静かに涙が流れた。

「ああ、そうか、私はつらかったんだ」

 初めて気付いたみたいに、おじさんが言った。ああ、知ってる。わかる。わかってしまう。張りつめていた心が切れる瞬間に見られるやつ。私は、それを知っていた。

 それは、ギリギリまで我慢した人が、我慢が普通だと認識してしまった人の心が。自分が我慢し過ぎていたことに気付いた時の涙。



     おっ3 


 いつからだったろう。私は感情を殺して生きていたように思う。

 私は多分、真面目な人間だった。大それた反抗期もなく、非行もせず、前科前歴全て無く、まっとうに生きてきた。

 大学を卒業し中小企業に就職したのも、それ自体は悪くなかった。だが、中小企業というのは、極論オールラウンダーであることが望ましい職場だと思う。何か新しいことが起こった時に、それの専門家が存在しないことが多い。そこにいるもので対処しようと思えば、各員になるべく幅広い分野の知識が必要になる。

 中小企業ならではの問題に直面した私は、自分の適性を鑑みて、資格を取りながら転職活動を続けた。

 紆余曲折にそれなりの苦労もあったが、なんにせよ、私は無事、今の大企業に転職を果たしたのだ。

 中小企業の経験から器用貧乏に様々な知識を持っていた私は、たまたま今の部署では重宝された。自分で言うのもなんだが、これは偶然環境に恵まれただけであって、各方面に専門家が存在し得る大企業で私のような半端者が通用したのは奇跡に近いと認識している。

 そして、幸運は続き、30代の頃には結婚もした。相手は取引先の受付嬢だ。

 そこそこの学歴、そこそこの経験、潰れることは無いであろう企業。当時の私は優良物件だったのだろうと自分では思う。美人な妻も得て、多分その瞬間はいわゆる「勝ち組」の筈だった。

 だが、そこまでだった。器用貧乏に育った私の能力は、あらゆる場面で最先端に追い着かなかった。勉強もしたし、資格も取った。どこの部署にもハマる便利な部品にはなれたようだが、突出した能力は何一つ無かった。

 家庭も上手くいかなかった。条件としてはそこそこの物件だった私だが、真面目一辺倒で生きてきた私には、面白い喋りスキルなどの付加価値が全く無かった。会話が固くてつまらない。無趣味。感情を感じられない。いつしか妻の心は私から離れていた。

 それでも私には安定した大企業での安定した収入がある。そう思っていた。だが、所詮歯車だ。妻は、どこで出会ったのか、若手実業家のもとへはしった。一目だけ彼の姿を見たことがある。彼は、若かった。仕事でやつれた私とは全く違う、年齢以上の若さや活力に満ちていた。経済的にも、肉体的にも、私は無価値なのだと突き付けられた。

 私の人生には何の価値があったのだろう。それでも、30代の間は仕事に打ち込むことが出来た。先はまだ長いのだ。人生はどこからでも巻き返せる。

 異変を感じたのは40代に入ってからだった。体が思うように動かない。新しい知識もスムーズに身に付かない。健康診断の結果も、徐々に悪くなっていた。

 私の人生はあと何年だ?ふと、疑問に思った。残りの人生を強く意識するようになった。

 歯車に過ぎない私の人生に、そしてその老後に、一体何がある?

 発展した医療の功罪により、人生は今や60歳ではゴール出来ない。次の世代に通じる何かを身に付けなければ、私は生存競争に敗北する。

 一流の知識があれば、教育者としてのセカンドライフもあろう。だが、私にあるのはあらゆる二流知識だ。自信をもって人に教えられるものが無い。しかも、企業活動に特化した私の知識はおそらく全く汎用性が無い。

 私には、何も無かった。

 気付いてみれば、私の人生は私に何も残していないのだ。

 だが、日々の勤務を疎かにする訳にもいかない。私は社会人だ。この空虚な感情と、人生への焦燥感をどうにかしなければ、老後はともかく、まず明日の勤務に支障が出る。

 そして、私は感情を殺した。

 私は、歯車だ。部品だ。部品は悩まない。

 ただ少し私が忘れていたのは、部品は壊れるということだ。

 秋葉原に来たのは、そんな頃だった。びっくりするほど何のスキルも持たない、愚かで可愛い女の子。その姿が果てしなく輝いて見えたのは、きっと、私の人生が・・・

 ああ・・・

 ・・・そうだ、私は・・・つらかったんだ。

 自覚とは恐ろしいものだ。涙が、止まらなくなった。

 いつまでだろう、わからないが。私はずっと泣いていた。

 彼女は、それをそっと見守ってくれていた。

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