ヘンリー.オコーネルの最後の日記
生まれた息子を見て、イルーシャはステラマリンはどこへ行ったのかと泣いた。
それが自分が生命力を使わずに生き残ったせいではないかと自分を責めたのだ。
一時は産後の状態が悪く、医師と看護師がつきっきりで治療をしなければならないほど酷かった。
産後3ヶ月が経つ頃、ようやくイルーシャの容体が落ち着いてきた。
赤ん坊の世話ができるようになり子供と触れ合う時間が増えると、徐々にステラマリンのいない現実を受け入れていった。
私は生まれた息子にアレックスと名付けた。
アレックスは金色の髪に緑の瞳のイルーシャによく似た男の子だった。
よく母乳を飲み元気良く手足をバタつかせる我が子を見て、イルーシャはステラマリンがいたら可愛がってくれただろうと言って、また泣いた。
私達は中庭にステラマリンが好きなミモザの苗を植えた。
殺風景だった公爵邸の設えを明るい物に替え、季節の花を飾った。
いつステラマリンが帰って来ても良いよう替えていったのだ。
私達の間には7人の子供が生まれたが全員男の子だった。
イルーシャは7人目の子供を産んで身体を壊し、医師からこれ以上の出産を止められてしまった。
それからイルーシャは7人の子供の母親として、公爵夫人として社交や育児に励んだのだった。
ステラマリンがいなくなって20年以上経ったある夜、夫婦の部屋でお茶を飲んでいた時に、私はふと思い出してイルーシャに話した。
「イルド博士が渡してくれたメモは誰が書いてくれたのだろう?」
「まあ、何と書いてあったのですか?」
「その紙には「オコーネルの者よ 日記を思い出せ」と書いてあったんだ。
君が魔力を生命力に換えると聞いた時に、その言葉を思い出してね。
ジュード少年が魔力タンクだった事を思い出したんだよ」
「そんな事があったんですね」
「いや、待てよ。ジュード少年の話はステラマリンと私しか知らない事だ。他の人が知っているはずがない」
あのメモはジュード少年の事ではなかったのだろうか?だとすれば何の事だ?
私はそこである考えが浮かんだ。
「イルーシャ!もしかしたらステラマリンがどこにいるかわかるかもしれない!」
「えっ、ステラマリンがですか?」
「そうだ!私はなぜ今まで思いつかなかったんだろう。
私の日記帳は、会った事のある人ならその人の元に届くんだ。
私は緑の表紙の日記帳を魔力で作った。
「ステラマリン、君は今どこにいるんだ?」
こう書いてステラマリンの所に届くよう念じて祈るような気持ちでそれを送った。
しばらく待っていると日記帳が返ってきた。
中を開くとこう書かれていた。
「ああ、お父様、ステラマリンです。私は時間を移動する時に通ったあの暗い空間にいます」
「イルーシャ!ステラマリンは生きているぞ!
あの時間の狭間の暗い空間にいるそうだ!」
「まあ、本当でございますか!
ステラマリンは生きているのですね!助ける事はできないのでしょうか?」
私は日記帳に今度はこう書いた。
「そこからどこかの時代に出る事はできないのか?
こちらにできる事があるなら何でもするから言ってくれないか?」
送った日記帳が返ってきた。
「私もどこかに出られないか何度もやってみたのですが、どこにも出る事ができないのです。
ああ、だけど嬉しいです。またお父様とお話できるなんて…
お父様とお母様と別れたあの後いろいろな事があったのですよ」
(ステラマリン視点)
私はお父様達と一時別れ、自分が出発した時間に戻る為に時空魔法を使った。
戻ったらお父様とお母様にまず何と言おう。
やっぱり「ただいま」が良いかしら?
でもお父様達にとっては17年ぶりの再会だから「お久しぶりです」の方が良いのかしら?
あ〜、楽しみでワクワクするわ!
あっ、出口が見えて来たわ!いよいよね!
私が出口から抜けたと思った瞬間、公爵邸の中庭に
お父様とお母様と小さな男の子達の姿が見えた。
周りはミモザの花が満開で、私は「なんてキレイなの」と思った。
だけど目の前が黄色に染まったと思った瞬間、また真っ暗な空間に戻ってきた。
「あら、おかしいわね。いつもなら向こうへ行くのに」
私は魔力を込めて再び出口に向かったが、また戻って来てしまった。
「なぜ帰れないの!なぜなの!」
私は何回も挑戦したが、見えない壁があるように弾かれてしまった。
…いつの間にか出口は見えなくなっていた。
「どうしたらいいのかしら…」
そうして私は一人で暗い空間を彷徨った。
どれくらいの時間そこにいたのかわからなくなった頃、「ステラマリン」と私は誰かに呼ばれた。
目の前に一人の老婦人が立っていた。
私の感覚はおかしくなっていたのかもしれない。
この空間で知り合いがいる現実味を感じられなかった。
「あなたは誰?」
「私はあなたの母イルーシャの母よ。あなたにとっては祖母になるわね」
「私のおばあさま?リチャード1世の王妃様なの?」
「そうよ。私は先読みの巫女としてオコーネル一族からリチャード1世に嫁いだの。
そしてジョージとイルーシャの2人を産んだのよ。
私はイルーシャが女の子を産むのも先読みしたのよ。
その子が時空の狭間に閉じ込められるのもね。
だから時空間を渡ってあなたに会いに来たのよ」
「おばあさま、私はこのままここから出られないの?」
「まだあなたのお父様が気がついていないのよ。
私はメモで日記を思い出せと書いたのだけれど…。
まったくいつ気がついてくれるかしらねぇ?」
「私はお父様とお母様にまた会えるのかしら?」
祖母はふと黙り込んだ。
ステラマリンは「ああ、もう会えないんだ」と悟った。
「会えるかもしれないし、会えないかもしれない。
まだ運命が定まっていないのよ。
私の先読みではまだわからないわ。
でも最後にあなたは魔力をとても必要とするのがわかるわ。
だから私の魔力をありったけをあなたにあげる」
「おばあさまの魔力が無くなったら困らない?」
「この空間は時間が経たないから魔力が回復しないのよ。魔力が尽きたら存在が消滅してしまうわ。
それにこの空間は輪廻から外れてしまっているから、転生して生まれ変わる事もできないのよ。
だけど私はこんなおばあちゃんになって、やりたい事を全部やったから転生しなくても構わないわ。
それよりかわいい孫娘をこの空間から連れ出したいの。
この真っ暗な空間は寂し過ぎるわ」
そう言って祖母は私を抱きしめてくれた。
「ステラマリン、必ずお父様とお母様が助けに来てくれるから、強い意志を持って待つのよ!
ここで諦めてしまったら、いざ助けに来てくれても闇に飲まれて抜け出せませんからね!
絶対にこの空間から抜けて現実世界に帰るのよ!」
祖母はそう言って、ありったけの魔力を私に授けてくれた。
そして魔力が尽きた祖母は、そのままキラキラ光って消滅していった。
「おばあさま、ありがとう…」
私はまた一人で暗い空間を漂い始めた。
(ヘンリー視点)
「そうかお祖母様がそこにいらっしゃったのか」
「お母様は戦勝祈願する為に神殿で禊をしておられる時に姿を消されたのです。
いくら泉を探してもどこにもいらっしゃらなくて、お父様のお墓の隣にお母様の使っておられた櫛を形代としてお墓が作られました。
まさかステラマリンの元に行って下さっていたなんて…」
ステラマリンの記した字を読んでイルーシャは涙が止まらなかった。
それから私達はステラマリンと日記帳を使って話をした。
「ステラマリン、私達に初孫が生まれたよ。君にとっては姪になるな。
茶色の髪に緑の瞳のかわいらしい子だ。君に会わせたいよ」
「まあ、私に姪っ子ができたのですね。髪を結って黄色いリボンをつけてあげたいわ!」
「ステラマリン、君の一時下の弟が結婚したよ。
商人になって外国に行きたいと言っていたから、遠い国に渡って苦労をしたけど、子供も生まれて幸せに暮らしているそうだ」
「まあ、一瞬見えた庭でお母様に抱かれていた子ですよね?もうお嫁さんをもらう年になったのですね。
どんなにたくましい男性になったのかしら?
幸せになって欲しいですわ」
私の日記帳を作り出す能力は、ステラマリンと交換日記をする為にある能力だったのだと、今なら思う。
本当に私達に必要な能力だった。
ステラマリンの存在を知る事ができて良かったと喜んでいたある日、イルーシャが病に倒れた。
医師が言うには、手術しても完治しないほど病が進んでいたらしい。
本人のやりたい事をやらせてあげて下さいと言われた。
イルーシャに「何がしたい?」と聞いたら、迷わず「ステラマリンをこの手に抱きたい」と言った。
私達はある事を実行する事にした。
「ステラマリン、イルーシャの余命が残り少ないようだ。
君をその空間が現実世界に戻す為に考えた事をやってみたい。
失敗するかもしれないが一緒にやってくれるかい?」
「ええ、お父様、私の魔力もじきに尽きて消滅する事でしょう。
お父様とお母様にお会いできるなら、最後の力を振り絞ってやってみますわ!」
私はステラマリンに計画の内容を伝え待機しているように言った。
そして私はステラマリンが生まれなくて絶望に打ちひしがれていた日の[自分]に宛てて日記を書いた。
「やあ、ヘンリー.オコーネル。私は未来のヘンリー,オコーネルだ。
私とイルーシャはステラマリンを救う為に最後の魔法を使う事にした。
成功率は限りなく低いが、これしか方法が無いのだ。
君には明日、3人で前に訪れた王都が見える丘に行って欲しい。
もし成功したら私とイルーシャとステラマリンが一緒に現れるはずだ。
もし失敗して私とイルーシャの遺体が現れたら内密に処理して欲しいんだ」
こう書いた緑の日記帳を過去の私に向けて送ったのだった。




