抜け出した運命
オコーネルの者よ、日記を思いだせ!
ヘンリーは、ふいにイルド博士から渡された紙にあった言葉を思い出した。
それで思い浮かんだのが魔力タンクという言葉だった。
「イルーシャ!生命力を魔力に替えるのをやめるんだ!」
私は慌てて生命力を魔力に変換していたイルーシャ王女を止めるとステラマリンに言った。
「ステラマリン、君は最初に過去に飛んだレジーナ.パレス子爵令嬢を覚えているか?」
「ええ、15才のかわいらしい女性でしたわ」
「彼女の日記で弟のジュードという子供が、たしか食べた物を魔力にするという話が書いてあったと思うんだ。魔力タンクとも…」
「まあ、私と同じ魔力を貯めておける能力をお持ちの方なら魔力をいただけるかもしれませんね」
イルーシャ王女の言葉にヘンリーは頷きながら言った。
「魔力をもらえるかどうかは賭けになるが、ここでイルーシャが生命力を減らすのを黙って見ているなんてできない!
彼に魔力を分けてくれないか聞いてみよう!
ステラマリン、レジーナとジュードが住んでいた屋敷に行けるか?」
「ええ、今は300年くらい戻ってきているから、あと少しなら飛べると思いますわ」
ステラマリンとイルーシャは残り少ない魔力を振り絞って、パレス子爵邸に到着した。
「私が前に来た時と時代が違うみたいです。周りの景色が違いますわ。子供だったジュード少年は今この屋敷にいるのかしら?」
パレス子爵邸の門には守衛がおらず、屋敷までの道も誰も居なかったので、私達は玄関の扉を叩いて待った。
しばらくすると、執事らしい男性が現れたので「オコーネル家の者ですが、ジュード様はいらっしゃいますか?」と聞いたら、「オコーネル家の方ですか?」と言われ応接室に通された。
「姉上はまた何を言ってきたのですか?」
応接室に入って来たのは、40代くらいに見える痩せた男性だった。
「初めまして。ヘンリー,オコーネルと申します。こちらが妻になるイルーシャ、こちらが娘のステラマリンです。
驚かれるかもしれませんが、私達は今から150年後の世界から時空間魔法で来た貴方のお姉様の子孫なのです」
「………」
「オコーネル公爵とおっしゃいましたか?そんな荒唐無稽な話を私が信じると?」
「ええ、いきなり来て未来から来たと言われて、信じられないと思われても仕方ありません。
しかし私達は時空間魔法を使って500年前に行った帰りに魔力が尽きてこの時代に不時着したのです。
困った私達は、オコーネル公爵家に嫁いて来られた姉君の日記を読んで、貴方が魔力を貯める事ができる魔力タンクの能力をお持ちだと知っていたのでこちらに伺ったのです。
どうか私達が150年後に帰る為に貴方の力を貸して頂くわけにはいきませんか?」
「なるほど、時空間魔法使いなら未来から来るという話も無いわけではありませんね。
たしかに私は魔力を貯めておける魔力タンクです」
ジュード子爵が魔力タンクの能力持ちだと聞いて、ステラマリンもイルーシャも、ほっとした顔を浮かべた。
「ご存知の通り、私はこの力を使って貴族の家の魔導具に魔力を込める仕事もしております。
しかし姉の言うように平民の使う生活道具にまで関わるつもりは無いのです!
帰って姉に言って下さい!私は平民を相手に商売はしないと!」
彼は私達がオコーネルと名乗った事で姉から言われて来た使いだと思い込んでいるようだ。
彼の仕事が魔導具に魔力を込める仕事と聞いて、私はこの国の歴史を思い出した。
そういえば、100年前までは貴族だけが使う魔導具に魔力は使われていた。
しかしそれから平民の間でガスや石炭を使った生活道具が現れて、私達の時代では貴族も平民も照明や暖房の機械を使うようになったし、移動には汽車を使うようになったのだ。
オコーネル公爵家はいつの時代も最先端の技術に投資していたから、姉のレジーナ夫人は、これからは平民を相手に商取引をしなければならないと弟に言っていたのだろう。
だから私達が姉の使いだと誤解したのだ。
「待ってください!私達はレジーナ夫人の使いではありません。正真正銘これから150時先の未来からやって来た時空魔法使いなんです。
その証拠にこれから起こる未来を教えましょう。
たしかにこれから魔導具を使う貴族は減って、平民が作る道具を使う貴族が増えてきます。
しかし、魔導具でも容量が大きくなる鞄や空を飛ぶ飛行椅子のような魔導具には、これからも魔力が欠かせないのです。
魔導具が全て無くなるわけではありませんよ」
「本当に姉上の使いじゃないのか?」
「はい、未来から来た時空魔法使いです」
「……」
ジュード子爵は力を無くしたようにソファーに腰掛けた。
「いや、失礼…姉がまた私の魔力を売るだけの貧乏生活に苦言を言って来たのかと思いまして…」
「ジュード子爵、魔力を使った魔導具は無くなりません。
しかし平民が作る生活道具はこれからどんどん増えていきます。
レジーナ夫人のおっしゃるように平民の作る会社に投資してお金を稼ぐのも、これからの貴族には必要な事なのですよ。私達は未来から来たので、それは保証します」
「貴族が平民と一緒にか…」
しばらく黙って考え込んでいたジュード子爵だったが、顔を上げると言った。
「オコーネル公爵、私は時代の変化について行けなかったのです。
貴族を相手にする事しか考えていませんでした。
これからは姉が言うように、平民の事も一緒に考えていかなければならないのですね」
「ジュード子爵、これからの100年は今までの100年とは比べものにならないくらい早く生活レベルが変わります。
富める平民は貴族を凌ぐくらい豊かになるのです。
どうか貴族だけの世界に留まらないで、広く周りを見渡して下さい」
「貴方にお会いして目が覚めた思いです。
私の魔力が必要なのでしたね?わかりました。提供しましょう」
「ありがとうございます!これで未来に帰る事ができます」
ヘンリーはステラマリン達の方を向いて嬉しそうに笑った。
「あっ、魔力を頂くお礼はいかほどになるでしょうか?
今は持ち合わせが無いので、未来に帰ってから送るという話になるのですが?」
「そうですね。では未来のお菓子など送っていただけませんか?魔力を使うとね。腹が減るんですよ。
甘いものだと嬉しいですね」
そういえば、彼は子供の頃もよく食べていたなと思い出して、ヘンリーは頷いた。
「ではチョコレートというお菓子を送らせていただきましょう。
最近発売されたのですが、これが美味しいのですよ。酒にもよく合いますしね」
ヘンリーの言葉にジュード子爵も嬉しそうに笑った。
ジュード子爵に魔力をもらった私達は一気に未来へと飛んだ。
「お父様、なぜジュード子爵は私達が未来から来たと信じたのでしょう?」
ステラマリンの問いに私は答えた。
「実はね。ズボンのポケットに隠してあった腕時計をチラッと見せたんだ。
もう子爵の目が腕時計に釘付けになってね。それで未来の話が本当だと思ったんだろうね」
「そうだったんですか。ジュード子爵も本当は平民の作る道具に興味があったのかもしれませんね」
「そうだね。貴族のプライドが平民の道具を使うのを拒否していたのかもしれないね」
彼はこれで姉のレジーナ夫人と和解する事ができるだろう。
日記を読んでも仲が良さそうだったのに、仲違いをした姉弟の間を取りもてて良かったとヘンリーは思った。
これでもう帰りは一直線だ。
生命力を使ってイルーシャが寿命を減らす事も無くなったから、ステラマリンを産んで命を落とす事ももう無いのだ。
私達は、運命の輪廻から抜け出す事ができた。
帰ったら新しい未来が始まる。
そう思うと嬉しくて、一気に加速して私達は時を渡ったのだった。




