レジーナ・パレス子爵令嬢
ラストが決まらなくて3ヵ月塩漬けにしていたのですが、ある日突然降って来たので解凍しました。
読んでくださったら嬉しいです。
よろしくお願いします!
残酷な描写ありは保険です。
【あらすじ、ヘンリー.オコーネル→ヘンリー・オコーネル】 ここはマルゲード王国の王都サンシルトに建つオコーネル公爵家の屋敷である。
400年の歴史があるとされるオコーネル家の屋敷は、派手さは無いものの随所に歴史を感じさせる趣のある建物だった。
その屋敷の東翼にある建物を急ぎ足で歩く男がいた。
男は置物や花が飾られた花瓶が所々に配置された長い廊下を歩き、二つの扉が並んでいる場所の前に立った。
左の扉は屋敷のギャラリーになっており、歴代の当主と夫人の肖像画が飾っている。
右の扉は図書室になっていた。
男が右の扉を開けて中に入ると、部屋は日光の光で本が傷むのを防ぐためか、最小限の光しかない。
小さな窓しかない部屋は薄暗く、図書室特有の古い本の臭いがした。
人を感知した照明魔道具が灯りを点けると整然と並ぶ書棚が目に映る。
男は広い図書室を突っ切ると、控え室のような質素な内扉を開けた。
この部屋には当主と夫人しか入る事ができない魔法がかかっている。
そこにも大量の本が棚に並んでいた。
初めてここを訪れた男は、何かを探すように歩き回った。
そして、ある書棚の前で立ち止まると、しばらく視線を動かした後、「これか」と言って1冊の本を取ってページを開いた。
それはだれかの日記のようだった。
2月27日
今日の晩ご飯は大嫌いなセロリが入ったサラ
ダだった。
料理長は、セロリを食べたらデザートでプリン
を出すというけど、子供じゃないんだからご褒
美でつるのはやめてほしいものだ。
弟のジュードがニヤニヤしながらセロリを突く
私を見ていた。頭の悪い食欲魔人のくせにムカ
つく。
あいつは食べた栄養が全部脳じゃなくて魔力タ
ンクに溜まっているんだわ。きっと!
2月28日
今日は休みだったのでバーバラと街に買い物
に行った。
気になっていた(エスプル)の蜂蜜タルトを食
べた。甘すぎてちょっと凹んだ。
前に食べたリンゴのパイの方が美味しかったわ。
2月29日
今日は料理長のガランがお休みだったので、
去年入った料理人が作った郷土料理が出た。
牡蠣を切った野菜と一緒にお酢に漬けたマリ
ネという料理らしい。
初めて食べたけど美味しかった。
2月30日
今日の昼休みは、学園の温室のガシュラの
花が満開で良い匂いがしていたのでバーバラ
ラ達とその下のベンチでサンドイッチをいた
だいた。
大好きなサーモンが入っていて、とても美味
しかった。
その後皆でおしゃべりをしていたら、足が
チクッと痛んだので見ると、赤い跡ができて
いた。
2月31日
熱が上がる前のように寒気がする。
風邪を引いたのかしら?今日は学園をお休み
しよう。
2月31日の日記から後が記入されていない。
「食い物の話ばかりだな」と男は呟くと、その日記を持って部屋を出て行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私はレジーナ・パレス子爵令嬢。15才よ。友達はレジーと呼んでいるわ。
今日の学校の昼休みに友達のバーバラと、いつものように温室のベンチに座っておしゃべりして、鐘が鳴ったから教室に帰ろうとしたら、緑の表紙の本を拾ったの。
「誰かの落とし物かしら」と思って周りを見たけど誰もいなかったわ。
しかたがないから教室に持って帰って、家に帰る前に受付けの先生に渡したのよ?
なのに家に帰ったら、私の部屋の机の上にその本が置いてあったの。
これはいったいどういう事なのかしら?
部屋で本の表紙を見たけど、日記帳としか書いてないんですもの。
だからちょっとだけ中を見ても良いわよね。
誰かわからないと返せないんですもの。仕方ないわ!
今日の晩ご飯は大嫌いなセロリが入ったサラ
ダだった。
料理長は、セロリを食べたらデザートでプリン
を出すというけど、子供じゃないんだからご褒美
でつるのはやめてほしいものだ。
弟のジュードがニヤニヤしながらセロリを突く
私を見ていた。頭の悪い食欲魔人のくせにムカ
つく。
あいつは食べた栄養が全部脳じゃなくて魔力タン
クに溜まっているんだわ。きっと!
あら、この人もセロリが嫌いなのね。
わかるわ〜、あの味!あの食感!
なんでサラダに入れないといけないのかわからないのよ。
デザートのプリンは良いわね。私も大好きよ。
そこまで読んだ所で「コンコン」部屋をノックする音がして、メイドが夕食の時間ですと呼びに来た。
食堂にはお母様はいらっしゃらなくて、弟のジュードがいた。
「姉上、今日のデザートはプリンだそうです。楽しみですね〜」
弟のジュードは10才なのに私よりよく食べる。
夕食をいただいてから部屋に隠してあるクッキーやラスクを食べているのを知っているんですからね!
でもあれだけ食べて全然太らないのよ。
きっと食べた物が全部頭に行かず魔力になっているのね。
魔力タンクってホント羨ましいこと。
メイドがサラダを運んできた。
この匂い…この隠すように小さく刻まれた野菜は…
「お嬢様、料理長がサラダのセロリを完食されたら、デザートにお嬢様がお好きなプリンをお出しするそうですよ」
「え〜、そんなの酷いわ!私はもう子供じゃ無いのよ。デザートで釣って嫌いな物を食べさせ…」
「お嬢様?」
急に黙り込んだ私を訝しんで、メイドは私の顔を覗き込んだ。
「何でも無いわ!セロリを全部食べるからプリンを出すよう料理長に伝えてちょうだい」
さっき見た日記には何と書いてあったかしら?
今のセリフと同じだったような気がするわ。
私は、大嫌いなセロリの味も大好きなプリンの味もわからなくなるくらい焦った。
そしてマナーを外さない程度に急いで食べ終わると部屋に戻ったのだった。
「やっぱり…」
日記を見直した私は、先程のやり取りが日記とそっくりな事に驚いた。
偶然が重なったのよ…そうよ、そうに違いないわ。
明日からの日記は違うに決まっているわ。
そう自分に言い聞かせ、日記の続きを読んだ。
そしてちょっと考えたけど、緑の日記帳と同じ内容を自分の日記帳に書いた。
2月28日
今日は休みだったのでバーバラと街に買い物
に行った。
気になっていた(エスプル)の蜂蜜タルトを食
べた。甘すぎてちょっと凹んだ。
前に食べたリンゴのパイの方が美味しかったわ。
昨日の晩は何故かなかなか眠れなくて、夜中までベッドでゴロゴロしていたせいで、今朝はなかなか起きられなかったわ。
今日が休日で良かったこと。
そうこうしていると、メイドが「バーバラ様がお迎えにいらっしゃいました」と呼びに来た。
「そういえば、バーバラとお買い物に行く約束をしていたわ!」
私は慌てて着替えると、玄関に走った。
「遅いですわ、レジー。誘った方が待たせるなんて、淑女のやる事ではありわせんわよ!」
「ごめんなさい、バーバラ。お詫びにどこへでも付き合うから許してくださらない?」
途端に気分が直ったバーバラは、「あらそう?じゃあ、今評判のエスプルって言うお菓子屋さんに行ってみない?
蜂蜜タルトが絶品なのですって!」と言った。
「エスプルの蜂蜜タルト!!」
「どうなさったの?レジー。急に大きな声をあげて」
「いえ…蜂蜜タルトを食べたいな〜って思っていた所だったのよ。そうね、そこへ行きましょう…」
私達は、アクセサリーの小物を売る店でお揃いのリボンを買った後、エスプル菓子店に行った。
女性客がたくさん販売コーナーに並ぶ中、喫茶コーナーは空いていたので、バーバラと私はすぐに座る事ができた。
「やっぱり評判の蜂蜜タルトを食べないとね!」
「そ…そうね」
女給ががワゴンを押して来て、綺麗にデコレーションされたお皿とお茶を置いていく。
私達は紅茶を一口飲むと蜂蜜タルトを一切れ口に入れた。
「甘ーい!」「美味しいわ〜」
これでもかって言うほど生地にも上掛けにも蜂蜜が使われて、もはや蜂蜜をそのまま食べているようだ。
バーバラは超甘党だから美味しそうに食べているが、私には甘すぎた。
前に食べたリンゴのパイの方が美味しかったな…
どうしましょう。また緑の日記の通りになってしまったわ。
2月29日
今日は料理長のガランがお休みだったので、
去年入った料理人が作った郷土料理が出た。
牡蠣を切った野菜と一緒にお酢に漬けたマリ
ネという料理らしい。
初めて食べたけど美味しかった。
「申し訳ありません。料理長のガランが風邪をひいたようで発熱しておりますので、今晩の夕食は弟子のアズモがメインで作っております」
次の日の夕食の席に着いた私達に執事のジョナサンが報告した。
「このメインディッシュは初めて見るが、この料理は何かね?」
お父様の質問に、ジョナサンは「今日は新鮮な牡蠣が手に入りましたので、こちらの郷土料理を作ったそうで、マリネという料理だそうです」と答えた。
「うん、酸味が効いていて美味いな。アズモに美味しかったと言っておいてくれ」
「畏まりました」
ああ、もうこれは確定だわ…。あの日記は私の未来が書かれているんだわ。
部屋に戻った私は、緑の日記を更に真剣に読み始めた。
2月30日
今日の昼休みは、学園のテラスでバーバラ
達とサンドイッチをいただいた。
大好きなサーモンが入っていて、とても美味
しかった。
その後皆でおしゃべりをしていたら、温室
の方で騒ぎが起こった。
先生方が駆けつけていらっしゃって、怪我を
したらしい女生徒が病院に運ばれたそうだ。
後で聞いた話だが、温室に植えてあったガシ
ュラの木の花の蜜に惹かれて魔蟲の毒蜂が巣
を作っていたそうだ。
気がつかずに巣の近くのベンチで昼食を食べ
ていた女生徒が襲われて、首を刺された女生
徒が意識不明になっているらしい。
明日はこんな大変な事が起こるの?
こんな恐ろしい事が起こるかもしれないのに、私は何もしなくて良いの?
私は恐ろしくてその晩は寝られなかった。
私は次の日の朝、職員室に行って、保安部の先生に「温室で大きな蜂のような虫に追いかけられたのです。恐ろしかったですわ!」と訴えた。
保安部の先生はすぐに温室に行って、魔蟲の巣ができているのを発見した。
魔蟲はとても危険な魔物で、保安部の先生にも手が出せなかったようだ。
すぐに温室は封鎖されて、お城から魔物討伐の専門の騎士団が呼ばれた。
生徒達に危険があってはならないと、皆は登校してすぐに休校が決まり、私達は家に帰らされたのだった。
2月31日
私は昨日の魔蟲事件で、魔蟲の危険をいち早く
知らせて、学園の危機を未然に防いだとして
学園長から表彰された。
誰も酷い目に遭わなくて良かったわ。
家に帰って、一番に見た日記にはこう書かれていたわ。
これで大丈夫ね。
私は机の上に日記を置いてお茶を飲もうと、ちょっと目を離した。
それなのに、もう日記が消えていたのよ。
その後、日記はどれだけ探しても見つからなかったわ。
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私はヘンリー・オコーネル。
昨年父が急逝した為、公爵位を継いだばかりの18才の若造だ。
領地で海千山千の狸(親戚)達とのバトルを終え、
王都にある屋敷に帰って来たところだ。
はっきり言って領地では大変だった。
結婚していない若い公爵当主など、赤子の手を捻るようなものだと言わんばかりに、誰も彼もが寄ってきた。
そして皆こう言うのだ。
「前公爵様ならこうはなさらなかった」
「あなたはまだお若いからご存知では無いが」
「私なら貴方のお役に立てます」
年寄りから若い女性まで全員だ。
おかげですっかり年寄り嫌いと女性嫌いに、いっそう拍車が掛かってしまった。
それを振り切って、領地の問題をほとんど片付けて来たのだ。
王都に帰って来て、しばらく休みたい!
そう思っていたら、また難問が降って来た。
なんと、魔女が我が公爵家に現れたのだ。
私が執務室で一人で書類を片付けている時だった。
部屋に突然女性が現れたのだ。ビックリしたぞ!
部屋の扉は開いていないのに、突然彼女は部屋の中に姿を現した。
魔女ステラと名乗った女性は、赤いドレスを着た見事な金髪の若い美女だった。
歳のころは私と同じくらいだろうか?
素晴らしいプロポーションに目を奪われていたら、こう言ったのだ。
「オコーネル公爵家を呪ってやる」と。
当然私は、慌てて呪いの理由を聞いた。
私と魔女ステラは初対面である。呪われなければならない理由は無い。
すると彼女はこう言った。
「おまえを呪いたい訳では無い。オコーネル公爵家の血を呪うのだ」と。
魔女ステラは、時空系の魔法が使えるらしい。
その魔法で過去に飛び、公爵家当主の夫人になるはずの令嬢を亡き者にすると言う。
「どうやって?」私は尋ねた。
令嬢を亡き者にすると言っても、過去の当主に嫁いだ令嬢の名前は家系図に載っているが、どこに住んでいて、どんな人物なのかもわからない。
何百年も前の人物を探し当てる事などできるのだろうか?
しかし、そこが魔女ステラの恐ろしい所だ。
我が国では、貴族は毎日日記を書く事が嗜みとされている。
貴族家当主と結婚した夫人は結婚した時に嫁入り道具の一つとして婚家に日記を持参する。
そして当主と夫人の日記は、当主が引退すると図書室や専用の書庫に納められる。
何代も日記を保存した歴史のある家ほど、歴史のある名家とされ、評価も高まるのだ。
魔女ステラは、その日記の持ち主の元に飛び、細工をしてオコーネル公爵家の歴史を改ざんするつもりなのだ。
私も時空系の魔法を使えるが、本人が過去に行こうとすると莫大な魔力を使う。
私が過去に送れるのは、本1冊分くらいの魔力しかない。
魔女ステラが消したい夫人の過去を変えて、オコーネル公爵家に嫁がなければ、日記は変化し本来生まれるはずの子孫が消える。
そう「私」という存在も消えてしまうだろう。
それを防ぐためには、魔女ステラが変えた歴史を修正しなければならない。
時空系の魔法使いが変えた歴史は、固定されるまで数日かかるらしい。
その間に私の時空魔法で日記帳を過去に送り、正しい歴史に直す事。
それが私に与えられた使命である。
今回の魔女のターゲットはレジーナ・バレス子爵令嬢だった。
私の4代前の当主に嫁いだ令嬢である。
保存されている彼女の日記を使って、今回は彼女の命を救い、歴史が改ざんされるのを防ぐ事ができた。
彼女が無事なのを知ったら、再び魔女ステラは次のターゲットの元に来るのだろう。
しかし、私はその全てを防がなくてはならない。
彼女に負けたら「私」という存在は消えてしまうのだから。
こうして私と魔女ステラとの戦いが始まったのだった。