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第96話 中庭

予定通り、中庭に近い個室へと辿り着けたらしい。満天の星空の浮かぶ中庭は城壁にほど近く、賊が侵入してくるのにはうってつけの立地となっている。

じっと目を凝らせば、広間から気分転換にでもやってきたのだろう参加客が庭園を散歩する姿が見てとれた。


ぱっと見渡した限りだが異変が起こっている様子もない。

よし、間に合った……!

心の内でガッツポーズを決めながら、そそくさと中庭へ向かう。



光の下ではよく目立つこの白い制服も、夜闇にはすっかり紛れ込んでしまう。

見頃を迎えた薔薇園の小道は、ガーデンライトによってぼんやりと照らされている。


もう一度周囲の様子を窺えば、この中庭にいるのは年齢層の高い人物ばかりだと言うことに気がつく。

所謂社交の第一線を退いた人々なのだろうか。社交を楽しむ、というよりは知り合いと花を愛で月を眺めると言った方がしっくり来る。

良くも悪くも華やかで賑やかな大広間とは打って変わって、穏やかで品のある空気が漂っていた。



偵察のため視線を彷徨わせていると、この場では飛び抜けて若い人物が居ることに気がつく。ちょうど、綻び始めた白薔薇の垣根の前で男女2人が楽しそうに談笑している。

女性の方はこちらに背を向けているため年齢はわからないものの、男性の方はちょうど20代後半くらいの、若々しい顔立ちをしている。

絹のような金の髪が月明かりに淡く照らされ、伏せられた睫毛の奥には翡翠色の瞳が輝いている。服装を鑑みるに魔導師なのだろう。しかし黒いローブは王宮魔導師団のそれではなく、ガーデンライトに照らされた裾には、馴染みのない刺繍が施されていた。


うーん……? 国内ではあまり見ないデザインなんだよなぁ……?


異国からの招待客なのだろうか? と疑問を抱きつつも警戒心を高める。


今夜城に襲撃を仕掛けてくるのは、大雑把に言えば異国民の集団。如何なる精鋭部隊だとしても、堅牢な王宮の警備を力業で突破出来るとは到底思えないので、恐らく内通者がいるものだと推測する。


そこから想定しうる内通者の特徴は2パターン。

ヴィレーリアに馴染みのある格好──例えば制服などを着ている場合と、それに近しい格好をしている場合。少なくとも注目を集めるような珍しい格好はしていないだろう。目の前の青年は後者のパターンに当てはまるわけだ。

ただ全ては推測に過ぎないので、その推測が合っているかどうかは微妙なところである。


その2人の人影を注視していると、女性の方がふらりとその場を離れた。知り合いなのだろうか、遠目に見ても大変楽しそうな雰囲気である。


残された青年の方はといえば、薔薇の垣根に沿いながらゆったりと歩を進め、時折遠くに視線を遣るのを繰り返している。

そして3度目に彼が顔を上げた瞬間、はっきりと目が合ってしまった。


う、しまった。見過ぎちゃったかも……?


私の心配を知ってか否か、青年ははっと目を見開くとこちらへずんずんと歩いてくる。

ああやっぱり気づかれた!

反射的に逃げようと足を後ろに下げるものの、私がその場を離れるのよりも、青年が私の元に辿り着く方が僅かに速かった。




「──君! あの時の少女じゃないか!」



「えっ……と……?」



「覚えないかい? 数年前に街で会ってるんだけど……」




目を見張るほどの美形が頬を上気させ喜びを露わにしているものの、とんと見当がつかない。

いやいや、いくら美形とは言え、数年前に1度会った程度の人物をぱっと思い出すのは流石に無理ですって!

脳をフル回転させてみるが、悲しいかな、ヴィレーリアにおいて金髪緑眼という色彩の人物は少なくない。


何か手がかりがあればと思い、じっとその顔を眺めると、彼の耳が異様に尖っていることに気がつく。エルフ族の特徴の中でも特に有名な物の1つだ。


金髪で、緑の瞳で、ずば抜けた美形で、エルフ族の亜人……?


最近やたら美形が多いからなぁ、などと半ば脇道に逸れながらも記憶を辿ると、不意に3年前の花祭りの記憶が蘇った。




「も、もしかして、3年前の?」




花祭りのあの日、どでかい魔木の苗木と共に雑貨屋を訪れた青年。

記憶が薄れてしまっているが、彼も確か、美しい金髪に深い翡翠色の瞳をしていたはずだ。




「そう! 3年前か……人の成長は早い物だね。あの時は本当に助かったよ、お陰で今は魔木もすくすくと育ってる」




もう私の背も越してしまったんだよ、などと快活に笑うその表情が誰かに似ているような気がした。


その後も彼はぺらぺらと何かを話しているが、動揺でそれどころではなかった私の耳にはまともに届かない。

そうこうしているうちに、不意に背後より耳馴染みのある穏やかな女性の声が飛んできた。




「ニール。どなたと話して……あら、セレナさん?」



「ソロル先生!」




そこにはほんの数日前も顔を合わせたソロル先生が佇んでいた。

彼女は肩から掛けた白いケープをぎゅっと引き寄せながら、不思議そうに小首を傾げる。


金髪緑眼の彼──ニールと呼ばれた青年がことのあらましを簡潔に話すと、ソロル先生は何度も小さく頷きながら口を開いた。




「あら、そうだったの……ごめんなさいね、セレナさん。孫がご迷惑をかけてしまったわ」



「ま、孫……?」



「ええ、次男の息子なの。名前はニール。今はエレメンティス教の専属魔導師として働いてる……のよね?サボってない?」



「酷いですお祖母様! 当然サボっておりませんとも!」




ソロル先生は見かけは確かに初老の女性ではあるけれど、とてもこんな大きなお孫さんが居る風には見えない。

というか、ソロル先生は純人のはずなのに、何故エルフの孫が……?

次々と疑問が湧いて出て尽きることがない。


脳内がはてなで埋め尽くされた私の様子を察してか、湧き出る疑問をニールさんが1つずつ解き明かしてくれた。




「お祖母様は純人なのだが、お祖父様がエルフ族の亜人でね。ハーフエルフの父と、純エルフの母との間に生まれた私は、見ての通り純血のエルフに近い容姿をしているのさ。確か、お祖母様にもエルフ族の血が流れているのですよね?」



「ええ、でも何代も前の話なの。隔世遺伝というやつなのでしょうね」




だから実は見かけよりもずっとおばあちゃんなのよ、とソロル先生は恥ずかしそうに笑った。

私の話は置いておいてと一区切りつけ、ソロル先生は口を開く。




「先ほどは大変だったわねぇ。突然ワインをかけられるだなんて、怖かったでしょうに……」



「見ていらっしゃったんですか」



「ごめんなさいね、たまたま近くに居たものだから」




そう言ってソロル先生はほんの少し口角を上げる。

怪我はなかったの? と気遣う声に1つ頷く。




「怪我がなかったのは不幸中の幸いね。それにしても大分冷えてきたわね、今年の夏は涼しいのかしら。ひとまず中に戻って積もる話でも──」




そんなことをソロル先生が言いかけた刹那、不意に項をひりつくような空気が撫でた。

それを殺気と呼ぶのだと知るのはもう少し後のこととなる。


咄嗟に背後に防壁を展開すると、即席の防壁はたわみながらもどこからともなく現れたナイフを受け止める。




「(遂に来たか……!)」




甲高い金属音を立てながら地面に落ちた鈍色のナイフが、そして次の瞬間目の前に落とされた大きな影が、襲撃が始まったことを知らせていた。

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