第9話 手紙鳥
大空にはまるで墨でも流したかのような色の分厚い雲が広がり、どこからともなくゴロゴロと雷鳴の唸り声が聞こえる。
雷を腹に抱いているのであろう雲は時折その腹を光らせる。
なんて、なんて……!
「──なんて良い朝なの……!」
「遂に壊れましたか、お嬢様」
もう、ノーラったら失礼ね!
ほっぺを膨らませて不満を伝えてみるも、歴戦のメイドにははいはいと流されてしまった。く、悔しいわ……!
逆行する前までは雷魔法を専攻するそこそこ優秀な魔法使いだったと自負している。
流石にお兄様には勝てないけれど、それでも学年の中ではトップクラスだったから!
雷系魔法使いが雷雲の朝を喜ばずして、一体何を喜べば良いのか。
「まるで雷神が祝福しているみたいね」
「朝、王城へ出勤なさる前にセベク様が同じ様なことを言っていらっしゃいましたよ。……テンションには天と地ほどの差がありましたけれど」
ああ、お兄様偏頭痛持ちだからかな。
雨の日や雷雨の日は頭痛が酷いのだとぼやいていたのを思い出す。
お兄様が魔法1つで自分も相手も宙に浮かせるように、私は雷に打たれても平気だ。
もはやシャワーと言っても過言ではない。
「後生ですから、自分から雷に撃たれに行くのはやめて下さいね。心臓が止まります」
「やぁね、ノーラ。そんな程度じゃ私の心臓は止まらないわよ?」
「……いえ、お嬢様のではなく、私の心臓が」
魔法使いが雨や雷、風にテンションが上がるのはごく普通のことなのに!
用意された水で顔を洗っていると突然、こんこん、と窓が鳴った。風が強かったから小石でも当たったのかと顔を上げると、ノーラが困り顔で何かを差し出してくる。
「……お嬢様、こちらを」
「……“手紙鳥”?」
手紙鳥は魔法具の1つで、便箋に伝えたい内容を記し、規定の方法で折り畳み、表側に届けたい目的地の住所を書き記した上で魔力を注ぐことで、鳥の形に変化し住所まで飛んでいくという代物だ。
製作方法も簡単で量産が出来るため、意外と安価に手に入る。また、普通に手紙を出すよりも早く届くため重宝されていた。
私の掌にひょいと飛び乗った紙の小鳥は、みるみるうちに1枚の便箋に姿を変える。
「点検いたしましょうか?」
「……いいえ、ノーラ。ありがとう、たぶん大丈夫よ」
友人達か、まだ外交の仕事をしているお父様からか、と疑問を巡らせる。
うーん、どっちもありそう。
しかしその疑問は、綴られた走り書きの美しい文字を見た途端に解決する。
「──お兄様だわ」
そそっかしく、何かと酷いお兄様だが、案外字が綺麗な男なのだ。
くるりと手紙を裏返すと、たくさんの余白の中綴られた文字はたったの一文。
──書類を忘れたので届けて欲しい。
……だけだった。
「まったく、妹使いの荒いお兄様ね」
「すぐ向かわれますか?」
「ええ」
まあ、ないと困るだろうし届けてあげようじゃないか。
私はノーラの問いにこくりと頷くと、メルに王城に入っても遜色ない程度のドレスを選んで欲しいと頼む。
「それでは馬車をご用意いたしますね……ああそれと、馬車で食べられるような朝食も」
「ありがとうノーラ、助かるわ」