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第89話 序曲

更新日を間違え皆様に混乱を与えてしまい大変申しわけありませんでした……!

「はぁ……ドレス重すぎ。これを着ながら社交ダンスだなんて、どんな筋トレなの……」




私室から応接間へと至る渡り廊下。

ちょうど階段に差し掛かった辺りで彼女は近くの手すりに身を凭れそう言葉を零した。


そう思うのも無理は無い。最近は魔物から取れた軽量素材の骨組みでスカートを膨らませてみたり、パニエを作ってみたりと改良が重ねられているとはいえ重い物は重い。かつては鉄製の骨組みや重たい絹素材を使用していたというのだから、先人の知恵には感謝せざるを得ない。

これに加えてネックレスだの髪留めだの、場合によってはウィッグなども着用するため更に重量感が増す。


「これじゃ戦闘し辛いわよね」などと同意の言葉を返したものの、当のモニカからはなに言ってんだコイツと言わんばかりの冷たい視線が返されるばかりだった。最近モニカが冷たい。



驚くほどに重たいスカートを引きずりながら、何とか応接間まで移動する。

先頭を歩いていたマーサがノックをし、内側より扉が開かれた。



開かれた先には楽しそうに談笑するグレン様と気まずそうに縮こまるお兄様、そして壁際で子供のような口論をするお父様とクラウス総長の姿があった。


──ん? 口論するお父様とクラウス総長? ……え、何故?


あまりの出来事に声も出せずに硬直していると、無慈悲にも目の前で開いたばかりの扉が閉まる。

そして再び開かれたときには、絵画と見間違うほどの麗しい笑顔を浮かべる4人にすり替わっていた。

唯一変化がなかったのはグレン様くらいで、あまりの変わりように再び声を失う。




「……何だったのかしら、今の」



「悪夢でも見てたんだよ、多分だけど」




ようやく捻り出した呟きに、モニカが半ば呆れたような表情で同意した。


更なる追求を兄に試みたものの、「あれは1人の女性をめぐる壮大な男達の戦いだよ」とあえなくはぐらかされてしまった事をここに公言しておく。




***




グレン様のエスコートの元、馬車に乗り込む。暫く馬車を走らせればあっという間に王城だ。

広い馬車内で、グレン様は向かいではなく私の隣に陣取るように座った。


いや、ね?向かい合うのも何だか気恥ずかしいけれど、隣というのも中々……。

どこへ座ろうが個人の自由だし、2人しか乗っていないのなら尚更なのだけれど、心臓が早鐘を打ち始めたのを感じる。


こういうのは意識するから気になるだけだ!こんなことでドギマギしていたらこの後心臓が持たないぞ、と自身に言い聞かせた。




「今日のドレスも、とても良くお似合いですね。それに、そのネックレスも。つけて下さって嬉しい限りです」



「ありがとうございます。グレン様のお召し物もとても素敵ですわ。……その、素敵なネックレスをありがとうございます。特に、この月形の宝石の色が凄く綺麗で……ずっと見ていたいくらい好きです」




グレン様の百点スマイルに、何とか微笑みを返す。

クラウス総長が騎士団の制服だったのに対して、グレン様は黒地に金糸の装飾があしらわれた正装を身に纏っている。制服ではない──とは言いつつもそのデザインはどことなく騎士団のそれを思わせる物で、グレン様らしいなと思ったり思わなかったり。

団長という職に就いてからは白い制服姿ばかりを見てきたので、黒い制服姿は懐かしくも新鮮でもある。

首元につけられたブローチは、湖面を思わされるような淡い水色の光を放っている。さり気なくもちゃんと婚約者の色を取り入れる手腕は流石だ。



そんなことをぼんやり考えていると、突然馬車が大きく跳ねた。

少し大きめの石でも踏んだのだろうが、気を抜いていた私は震動により、ほんの少し体勢を崩す。

私とグレン様の腕と腕が触れあったとき、不意に袖口に固い物を感じて思わず私は彼の顔を見上げた。


……袖口に何か隠している?


そんな私の様子を見かねたグレン様はほんの少し苦みを含んだ笑いを浮かべた。




「気づかれましたか。……緊急時用の短剣です。普段は持ち込み禁止なのですが、先日から物騒なことが続いていますでしょう? 当日警備に当たる騎士以外も、何かしら武器を持つように言われていまして」




そう言いながらグレン様が袖口に手を差し込み、すっと飾り気のない短剣を2本こちらに見せる。実践的なそれは良く使い込まれているものの、グレン様が僅かに抜いた鞘の奥からは銀色に光る鋭い刃が顔を覗かせていた。

そういえば先ほど見た総長も長剣を身に帯びていたような気がする。きっちりと鞘と柄とを紐で留めていたけれど。




「これだけですか?」



「反対側にナイフをもう1本と、上着の内側に何本か。あとは秘密です」




なんとなく口にした私の疑問に、グレン様は気まずそうにしながらそう答える。




「臨戦態勢じゃないですか」



「……気づかれないようにと言付かっていましたので、どうかこのことはご内密に」




連日の騒動を王宮側がいかに重く受け止めていたのかが窺える。

確かに国中の要人、もしくは諸国からの重要人物が一堂に会するこのデビュタントが狙い目なのはあまりにも明白なことだったし、その予測は間違っていない。



忘れもしない、逆行前のデビュタント。

賑わいも佳境に入った頃、宮廷に賊が侵入し無差別に人々に襲いかかる。


──そして、その惨事を見て、かつての義妹ルーナの光魔法が覚醒する。


詳しく言えば怪我をした人々に一気に傷跡1つ残さぬ程の高精度の回復魔法をかけるのだ。いやいや物語の中の話かよ、とつっこみたくなるが事実なのだから仕方があるまい。

この件をきっかけにルーナは国内外問わず注目と人気を集めるようになるのだ。




「(なにも人助けは悪いことではない……むしろ感謝されるべきことだもの)」




存分に持てる力を使い、働いて貰おうじゃないか!




王城に到着するとグレン様からお母様へと引き渡される。令嬢は母親の紹介の元、国王両陛下に謁見を願い、そうして晴れて一人前のレディとなるわけである。

母に連れられ両陛下の前に引き出される──といっても私は定型文を口にするだけ。

私達の世代は王太子が生まれた世代でもあり、側近や婚約者などと言ったワンチャンを狙った貴族達が子を作った世代でもある。要するに今年デビュタントを迎える人が多い!

サクッと挨拶を済ませないとあとがつっかえるのでさして拘束をされることもなく私達も退出。


王妃殿下の側に座り、ほんの一瞬嫌そうな表情を浮かべた王太子の足をさり気なく妃殿下が踏んでいたのがとても愉快だった。

王太子もポーカーフェイスくらいできるだろうに、本当に失礼な奴である。



陛下方への謁見を終え、会場へ人々が集まり、ようやく舞踏会の始まりを告げる前奏曲が響き始めた。

途中で合流したお兄様も交えて、グレン様と共になんて事ない世間話をしていたところを一区切りつける。


お辞儀をするグレン様に、握手をするように手を差し出す。そうして握手をすると、慣例通りくるりと甲を上に向けるように、軽く回転させられた。そして手を少し持ち上げ、更にお辞儀をしながら口を手の甲の近くへ持っていき口づけをする素振りをする。




「親愛なる我が婚約者殿。デビュタントという貴方の晴れの日に、その1曲目のダンスを誘わせていただく栄誉をいただいても?」



「もちろん!」




グレン様に手を引かれ、私は会場の中心部へと躍り出た。

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