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第87話 釘を刺す

サイラス団長に発言を促されたグレン様は、その端正な顔ににこやかな微笑みを浮かべ続けながら口を開いた。




「話したいことは山ほどありますが──まあ、大きく二つに分けましょうか。貴方が良く知っているであろう話と、全く知らないであろう話、どちらが良いですか?」




突然の問いかけに私は首を傾げる。

前者は心当たりがありすぎてもう分からないし、後者は私が全く知らない話らしいもののとんと見当がつかない。相手の顔から内容を読み取ろうと思えど、グレン様は平然とした態度で微笑みを浮かべるばかり。

うん! グレン様が美形だと言うことしか読み取れなかった!


美形は目の保養とはよく言うけれども、見続けると目が焼き切れるような心地になる。

失明する前に、とグレン様の顔面から視線を逸らそうとする。


すると今まで何も読み取れなかったはずのグレン様の瞳に、ほんの一瞬、ふて腐れたような色が浮かんだ。


驚き慌てて見つめ返すと、元の微笑みを取り戻したグレン様が、今度は自分のソファーの空き部分をぽんぽんと叩く。その目は、まるで「おいで?」と訴えかけてくるようである。

ぐ、ぐぅ……どうやら拒否権はないらしい。


指し示されるがままに、グレン様の隣に移動する。不自然に思われない程度にちょっぴり距離をとって座ったのは、出所の分からない微かな反抗心からだった。

それでもグレン様は満足げに目元を歪め、右腕を伸ばし──暫く宙を彷徨った後にストンと己の膝の上へ下ろした。

……んん? もしかして撫でられるかな、と思ったのだが思い違いだったのだろうか? 別に撫でられるような年齢でもないけれども。



言葉が交わされることのなかったこのやり取りに、横から眺めていたサイラス団長はニマリと愉快そうな笑顔を浮かべた。




「……何か?」



「いいえー? べつにぃ~? 狂犬クンが随分大人しくなったものだなぁって」




グレン様の問いかけにサイラス団長は更に笑みを深める。

狂犬──恐らく、というか間違いなく、私ではなくグレン様を指し示す言葉のはずだ。グレン様は狼系の獣人でいらっしゃるが、狼も広義的に言えばイヌ科の動物だし。

“犬”がグレン様を指しているとすると、“狂”の方は何だろうか?

言葉通りに読み取るならば、荒れているとかそういったニュアンスなのだろう。けれどグレン様が荒れている……? ちょっと想像できない。




「はぁ……余計なことを吹き込まないで下さい」



「ん? この様子だとセレナさんは知らない感じッスか?」




そう言いながら身を乗り出したサイラス団長の額を、グレン様が素早く指で弾く。「俺、まがりなりにも先輩なのに……」と嘆きつつ、赤みを帯びた額を押さえながらサイラス団長は腰を下ろした。



「それで、結局どちらからお話ししましょうか?」



そうだったそうだった。すっかり話が脱線してしまった。




「それじゃあ前者の方……私のよく知ってる方でお願いします」




正直どちらでも良いので面倒事の気配しかしない前者から潰していくことにした。


私の回答に1つ頷くと、グレン様はテーブルの端に鎮座していながらも圧倒的な存在感を放っていた紙束を、テーブルの中央へと引き寄せる。

紙束──正確には反省文と題された原稿用紙には、見える範囲でさえびっしりと、見慣れた筆跡でつらつらと謝罪の言葉が記されていた。

グレン様からの制止がないのを良いことに私はじっとその筆跡を辿る。うん、間違いない。この字はお兄様のものだ。




「此度のグリフォンの保護への御協力、ありがとうございました。騎士団の代表としてアーシェンハイド侯爵家のお二方にお礼を申し上げます。少々、確認事項等があるのですが詳しいことに関しては兄君にお願いしましたので、その書類をご確認いただけますと幸いです」




そう言ってグレン様はずい、と紙束を私の前へと滑らせた。

グレン様が言うことには、これは報告書かそれに近い何かのはずなのだが──どうしてだろう、見える範囲には反省文の文字しかみえない。

……美形の眺めすぎで、ついに目がおかしくなってしまったのだろうか。




「えっと……これは報告書、なんですよね」




ついつい思ったことが口に出てしまう。口に出してからあっと思ったのだが、時既に遅し。グレン様は私の何気ない呟きに、曖昧に微笑んだ。




「一応、報告書ですね。誠意とも言いますが」



「誠意」



「それしか方法が無かったとは言え、人の婚約者を勝手に囮に使った罪は重いのです。本当は石で打った後に逆さ磔にしてやろうと思っていたのですが……」



「極刑じゃないですか」




やっぱりこれ、報告書でも何でも無くて本当に反省文なのでは……? 疑惑は深まるばかりだ。

「やはり甘かったでしょうか?」と愛らしく首を傾げるグレン様の表情からは、微塵も罪悪感を感じられない。


やる気だ……本当にやる気だったんだ……。


そう恐れ慄いていると、傍らのサイラス団長が聞こえるか聞こえないかの瀬戸際のような声量で「それ、わざわざ総長に上奏して報告書として回収できるようにしたんスよ。いやぁ、やっぱ愛こそ力ッスねぇ~」とぼやいた。




「ご確認いただいて、足りないような部分があれば継ぎ足していただきたいのですが……」




そう言って、グレン様は左手を机の端にあった白紙の原稿用紙の束に置く。

い、嫌ですよ!? 私は書きませんからね!

慌てて報告書、もとい反省文の紙束を捲ったが内容は一切頭に入ってこなかった。




「……大丈夫そうですか?」



「ええ! それはもちろん! 完璧です! 何の欠点もない素晴らしい報告書ですね!」



「それではこの報告書をお二方の名前で提出させていただきますね。……ああでも、貴方が自ら捨て身の作戦を立てて実行したのではなくて安心しました。もしそうだったならどうしようかと」




つまるところ、この報告書に書いてあるのは私とお兄様の言っていることであり、書き連ねてある謝罪と反省と今後の改善は私にも該当する。今回は不可抗力だったから見逃すが、次に同じ様なことをすれば反省文を書かせるし、石打ちと逆さ磔も厭わない、と。

笑顔の奥に潜むそんな無言の圧力に、私はこくこくと首を縦に振り続けるほか無かった。




「それでは残りの要件なのですが……」




そう言って、グレン様は書類をしまうと今度は1枚の封筒を取り出した。

白地の封筒に赤い封蝋がよく映える。差し出された封筒のその刻印をなぞり──私は血の気の引くような思いをするはめになる。




「えっと、あの、これって……」




その封蝋に刻されていたのは、一匹のライオンの立ち姿だった。

切り立った崖の上に立ち、太陽を背後に一匹の雄ライオンが吠えている様な絵柄。その紋を分家を示す枝葉がぐるりと囲んでいる。

ヴィレーリアの貴族なら誰もが知っている。それは隣国、主にブライアント領との国境線を有している国、獣人王国の王家の人物を表す物だった。

獣人王国とは読んで字のごとく、獣人の獣人による獣人のための王国である。諸国では珍しい獣人達が、狼系、猫系……といった塩梅で集まって生活している。


ここまでほとんど不機嫌そうな様子を見せてこなかったグレン様の表情が、一転して苦々しい物に変わる。

そうして肯定の意を示すように1つ頷いた。



ヴィレーリア王国の獣人達と、獣人王国の人々。

私は当事者ではないのであまり詳しいことは分からないが、グレン様のブライアント家、そしてヴィレーリア王国内の獣人の家系はもともと獣人王国に属していたのだという。それが何百年も昔、ヴィレーリア王家に救われたことから始まる奇妙な縁によって獣人王国から独立した。そうして現在はヴィレーリア王国で王の家臣の1人として仕えているのだという。

そういった歴史的背景から、獣人王国とヴィレーリア王国内の獣人との間には若干の溝があるように思っていた。




「このような言い方はしたくはありませんが、アーシェンハイド家という歴史ある名家の生まれである貴方との婚約は、ブライアント家がヴィレーリア王国内での地位を盤石にしたように見えるようですね。……なので、彼らは貴方にちょっかいをかけたいらしい」




恐らく敵意はないのだろう。ただ、はなれていった同胞の動向が知りたいというのは分かるような気もする。


手渡されたレターナイフで慎重に封を切り、中を確認する。内容は大まかに要約すれば「我が国から脱走したグリフォンを捕まえてくれてありがとう! 王家の傍系としてお礼を言いたいから都合の良い日を教えて欲しいな!」といったものだった。

へえ、あのグリフォンって獣人王国で飼育している個体だったのか。



「貴方を取り込んで、我々の動きを知ることが出来たら万々歳──くらいのことは思っているでしょうね」



「やっぱり行かない方が良いですよね?」



「そう、ですね。不自由な思いをさせてしまい申し訳ないですが、しばらくは控えていただけると有難いです。もちろん貴方が望むのなら、頃合いを見てご案内しますよ」




獣人のすむ国、かぁ。気になりはするがどうしても行きたいと願うほどではない。獣人の人々と触れあうと言うだけならば、ブライアント領でも目いっぱい楽しめるわけだし。

ふるふると首を横に振れば、グレン様はほっとしたような表情を浮かべた。




「それでは断りの手紙を私の方から入れておきます。ただ今度のデビュタントは他の国からの来客も多くなりますから、恐らく接触を図ろうとする者がいるかと」



「はい、大丈夫です」




何かあったらグレン様かお兄様を盾にして逃げよう。私はそう心に誓った。



話は以上と言うことで、その場はお開きとなり私は寮へと戻る。

背後で白い便箋を眺めながらグレン様が何かを言ったような気がしたが、その言葉が私の耳元へと届くことはなかった。

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