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第78話 髪飾り

馬車から降り立った私達が向かったのは、貴族街と呼ばれる地域の中でも比較的外側に位置する小さな宝飾店だった。


貴族街に居を構える宝飾店としては値段も手頃で、質もデザインも店員の対応も他店に劣らない。そんなところから、逆行前の学院でも生徒達の間で話題になるほどの人気店だった。

逆行してからはまだ一度も訪れていなかったけれど、逆行前は何回もお世話になっているんだよね。宝飾店、と名乗ってはいるものの店内には魔石やポーション瓶なども置いてある、もはや雑貨店に近いお店だ。



まだシェリー様は到着していないが、時間は有限だ。どうやら学院と王都とを繋ぐ道のどこかで事故があったらしく、道が混んでいるらしい。

そんなこんなで揃って入店した私達は、店の片隅でああでもないこうでもないと話し合っていた。




「それじゃあ、まずは髪飾りからかしら。モニカがデビュタントで着るドレスはレモン色なのよね? なら、黄色の宝石は避けるべきかしら……使うとしてもリボンくらいにしておかないと勿体ないかも。瞳の色に合わせて緑系統の物か、青系統の宝石が良いと思うのだけれど……」



「ああ、でもエスコート役の方の色彩に合わせるってのもありね! エスコートはどなたが務めるの?」




私の言葉に、ルイーズがそう切り返す。

確かにエスコート役の人の、髪や瞳の色に合わせるというのも1つの手……と言うか、よくある手法である。髪飾りだけではなく、ドレスや靴などの場合でも幅広く用いられる決め方だ。


……逆行前のデビュタントの時の話ではないが、不仲が周知されていたのに王太子と服やドレスの色合いを無理矢理合わせさせられたことは今でもはっきりと覚えている。

いや、分かるよ? 必要な行動だってくらい分かるけれどね?

本当、似合わなかったなぁ……しかもルーナも同じ様な格好をしていたし。そして皮肉なことに、ルーナの方が断然似合っていた。

あれって、ある意味引き立て役だったのでは? とちょっぴり卑屈になってしまう。

なんだか、嫌なことを思い出してしまった。


私はその思考を振り切るように、モニカの声に集中した。




「私には婚約者は居ないから叔父さん──ええっと、父の弟のクラウス・ハルバートが一緒に入場してくれる、と……」



「クラウス様ね。確かあの方は緋色の髪に鳶色の瞳でいらっしゃるから……うーんどちらも駄目ね。そうなると、さっきセレナが言っていた緑か青系統の宝石が良いのかしら」



「単純に宝石でも良いですが、珊瑚でも良いかもしれませんね。ピンクの珊瑚ならモニカの赤い髪にも良く映えると思いますし、ピンクは今年の流行色ですから」




そう言いながらソフィアは硝子ケースの中にある珊瑚細工を指差した。

国花であるダリアの形に緻密に彫られた物や、東方の島国で人気の高いサクラが鞠状に群生している姿が彫られた物など、様々な種類が並べられている。


確かにピンクならモニカの赤髪に良く映えること間違いないだろう。細やかな彫刻の施された珊瑚ならば他の宝石達にも引けを取らない。



……あ、そうだ! 私達だけではなく、異性の意見も聞いてみる?

そう思い、振り返ってみるも、残念ながらそこには嬉々とした表情で魔石を眺める兄の姿があった。

あ、兄よ……そう言うところだと妹は思いますよ……? 職務放棄なんて野暮なことは言いませんよ、ええ。私は有能な妹なので、私達が気兼ねなく話せる空間を作ってくれていると考えることにしておきますから!

私はそっと兄から視線を逸らした。




「どれも綺麗だけど……わぁお、流石は貴族プライス……」




値札を見たモニカが顔を歪めた。

“お手頃な値段”と言っても、それは“貴族街に居を構える店の値段に比べたら”の話。貴族街は髪留め1つでも銀貨がぽんっと飛ぶような世界だ。

魔石は相場よりも多少安いように見えるが、宝石は安くはない。経済を回していると言われればそうなんだけれどね……学生にはハードルが高かった。


苦々しい表情を浮かべるモニカに、しかし私はにっこり微笑んでみせた。




「大丈夫、値段は気にしなくて大丈夫よ。クラウス総長から軍資金……というよりは小切手の使用許可を頂いているから」



「え、クラウス叔父さんが?」




遡ること数日前。実技授業の後に手伝いで呼ばれ、その後流れで休日の予定を聞かれた。

流石の私も、素直に潜入調査してきます! とは言えなかったので、買い物に行く旨を伝えたところ、このような提案を頂いたのだ。


「折角のデビュタントだからな。本来は俺が何か贈るのが筋なのかもしれないが……生憎俺は流行にも女心にも疎い。伴侶も居ない身だから給金も貯まる一方だ。何かと思い出になるだろうし、値段には気兼ねせず、良い物を見繕ってやって貰えると有難い」と大変太っ腹なお言葉を頂いた。

今考えれば「本来は俺が何か贈るのが筋……」と言う言葉は金を出す人間としてと言う意味ではなく、エスコート役として、と言う意味もあったのかもしれない。どちらにしろ、とてもありがたい話だ。



モニカが硝子ケースの上にゆらゆらと視線を滑らせる。その間、あまり急かしてはいけないからと、一歩身を引いて待つ。

こういうのは、手に入れるまで──悩んでいるときが一番楽しいんだよね。


待つこと数分、長い葛藤の末にモニカが選んだのは、青空を彷彿とさせるような澄んだ浅葱色の宝石が中央部にはめ込まれたリボンだった。白地に黒の細いストライプ柄のリボンは、可愛らしさと大人っぽさが両立した一品である。



善は急げと言わんばかりにお会計へと走ったモニカの後ろ姿を見送っていると、気がつけば隣にはお兄様が立っていた。

い、いつの間に……! 油断したところで驚かせに来られると何だか心臓に悪い。

仕返しを決心しつつも、何か要件でもあるのかと視線で促せば、お兄様はおもむろに口を開いた。




「お前は何か買わなくて良かったのか? 以前、ペアルックなるものをしたいと言っていただろう?」


「……それ、よく憶えてましたね」




ずっと昔──私がまだ7歳にも満たなかった頃の話だ。……と言っても固い決心などではなく、大きくなったらお腹いっぱいアイスを食べるんだ! とか大人になったら猫を飼うんだ! とか、そういった類の話だ。

当時の私も本気にしていないような、そんな些細なこと。


よく憶えていたな、という驚きと共に胸の底に得も言われぬ温かな感情が広がった。

無意識のうちに口角が上がる。




「ご心配は無用です。もうちゃんと用意してありますから……!」




そう! お兄様の言うあのやり取りを覚えていたわけではないのだが、実はたまたま用意していたのだ。

約3年ほど前の感謝祭で蝶の髪留めを貰ったことがあったと思う。あの後お礼はしていたのだが、まだ自分が納得のいくお礼が出来てなかったので今回こそは……! と思った次第。

本当はグレン様に贈るだけのつもりだったのだが、用意をしている際にふとこの後ペアルックが流行るんだよなぁと思い出し、気がつけば2つも購入していた。

その時は、現時点でも婚約者同士で同じ物をつけるというのはない話ではないから、違和感もないし! と適当に理由をつけていたのだけれど……。

お兄様とのあのやり取りは完全に忘れていた。言われるまで気がつかなかった……ごめんねお兄様、そしてありがとう。



そんなやり取りをしている最中、突然店のドアベルが声高らかに客人の来訪を告げた。貸し切りではないのだから、当然と言えば全くその通りの事である。

──しかしそのドアベルの音を聞いた瞬間、私の背に稲妻のごとく悪寒が走った。


やばい、どうしてだろう。凄く嫌な予感がする。


人間、こういうときに限って日頃当たらない予感が当たったりする物だ。

振り返りたくないと拒む自分を叱咤し、ギシギシと軋む音が聞こえそうなほどぎこちなく振り返る。

そこに立っていたのは──




「わあ、本当に素敵なお店ですね王太子殿下! 貴族街にこんな可愛いお店があるだなんて知らなかった!」



「ルーナはあまり貴族街には降りないのだろう? 知らなくても当然さ。さ、早く中に入ろう? ……アルナ嬢とシェリーも」




目を爛爛と輝かせて年甲斐もなくはしゃぐルーナと、酷く満足げな表情が鼻に付く元婚約者──こと王太子、そして真意の読めない曖昧な笑顔を浮かべるアルナ様と、何故か彼らと合流しているシェリー様の姿だった。

シェリー含め、皆さん数十話ぶりの登場です。

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