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第73話 とある元奴隷少年の言うことには

多忙により、更新が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした……!

長らくお待たせいたしました、今話はネロ視点のお話となります。

空が、青い光を孕み始めた。

ぽっかりと虚空に浮かんだ月は銀の光を湛えている。もう暫くすれば夜の帳も降り、銀を撒いた星空が見えるようになるだろう。


夏めいた涼やかな風を頬に受けながら、俺は木の幹に縛り付けられた料理人を見下ろしていた。

厨房で不審な動きをしていたこの男は、つい先ほど眠りから覚めたばかりだった。




「──なあ、だんまりじゃ俺も困るんだけど?」




しゃがみ込み、沈黙を決め込む男に視線を合わせる。両足の激痛に苛まれているだろうに、男は返事どころが呻き声1つあげなかった。

随分と強靭な精神力の持ち主だ。自分のような学生に過ぎない人間に捕まった割には、よく訓練されている。




「(セレナの方は大丈夫か……?)」




そんなことを思案しながら、あれ以来ぴくりとも鳴らない魔法具を指の腹で撫でる。

彼女が向こうで何をやっているかは知らないし、そも知りようもないが、不安なものは不安だった。彼女の幼なじみ達やあの婚約者よりは付き合いが短いものの、その勇猛さは身を以て知っている。

料亭に乗り込む、と言うのもその1つだ。

だが、ただの奴隷に過ぎなかった自分が栄光ある騎士団長の養子として生きていけているのも、元を正せば彼女の勇猛さが故だった。



そんな思いを巡らせながら、未だ沈黙を崩さない男に視線を戻す。早く情報を吐いてくれれば今にもセレナの元へ戻るのに。平然とした表情を浮かべている反面、その内心は酷く焦り始めていた。




例えば自分があのおおらかな養父であったならば、もっと手早く情報を得ていただろうに。


例えば自分がかつての主人達のようであったならば、セレナの意志など無視して冷酷な判断が出来ただろうに。


例えば自分がセレナの婚約者のようであったならば──




ぎり、と音を立てながら歯を食いしばる。


無い物ねだりはやめよう。今の自分にはどうにも出来ないし、悔やんでも今更どうこうできるわけではない。




「(……俺は、俺のやり方でやらなくては)」




誰かの真似では、誰かの代用品ではいられないのだ。騎士を志す者として自立するために、ひいては恩人たる彼女の力となるために。何が起きるか分からないからこそ、何かしらの力になりたいのに。

再び風が頬を撫でた。

生温い、妙に不愉快な風だった。



──それと同時に、耳元であの子の切羽詰まった声が響いた。




「──ネロ、悪いけれど緊急事態よ! 共犯者らしき女の子が北口方面へ逃走中。追えるかしら?」



「……は、はぁ!?」




──ほら、まただ。目を離したらすぐに何かをやらかす!


何をどうしたら共犯者を炙り出してなおかつ捕獲しようという結果になるのだろうか。分かれたときは、給仕の手伝いをするという話のはずだったのに……。




「……北口な、了解!」




文句の1つでもつけてやりたいところをぐっとこらえて、俺は彼女の願いを肯定した。




***




彼女の言う“共犯者”らしき人物は意外にも簡単に見つけることが出来た。


木の幹に括り付けた男から離れて駆けだすと、すぐに北の出入り口から飛び出す少女の姿が視界に飛び込んでくる。

セレナと一緒にいた長身の少女だ。名前は確か──アーチ、とでも名乗っていただろうか。


敵がすぐ傍に潜んでいたと言うのに気がつけなかった自分に舌打ちをする。

それと同時に危険因子をよく店内に招き入れたな、と感心すらしてしまう。

ゾルド人は変な奴が多いのか、変な奴でなければゾルドではやっていけないのか。



随分と足の速い少女だったが、走力には自信があった。加えてワンピースという走りづらそうな格好が功を成し、あっという間に彼女の背後へと迫る。

ふっと少女が振り返り、俺の姿を見留めると舌打ちをしたように見えた。



ズボンに手を突っ込むと先ほど適当に拾った石礫を取り出して、その背をめがけて投げつける。

流石に当たりはしなかったが、良い牽制にはなったようで彼女は逃走する足を止めた。そしてそのまま無駄のない動作で、銀色のテーブルナイフを俺の顔面めがけて投げた。


俺は上半身を捻りそれを避けた。

……だがしかし、ほんの少しだけ見切りが甘かったらしい。キィン、と甲高い金属音と共にテーブルナイフは耳元を掠めていった。

もし耳にセレナから借りた魔道具をつけていなければ、怪我をしていただろう。毒でも塗ってあったならば、怪我どころが致命傷になっていたかもしれない。

乾いた地面に、ナイフとその斬擊で壊された魔道具の破片が散った。


それを横目に前へと踏み出す。

少女は逃げる足を止めることはなかったが、徐々にその距離を詰め、遂には塀まで追い詰めた。

逃げ場がないにも関わらず、なお逃れようと足掻くアーチに向けてもう一度石礫を撃つ。今度は的確にうち放たれた石礫が、少女の左胸──淡い紫色の石のはめ込まれたブローチを打ち砕いた。

するとそのブローチの周りから魔法具の破壊時にのみ発生する、丸い光が零れた。


それに驚きつつも、俺はほんの一瞬怯んだアーチの、その首筋の真横を狙って己の短剣を突き立てた。




「──マジで、お前もお前のお嬢さんもしつこい! 地の果てまで追ってくるつもりか!?」




──突然、気の強そうな少女の口から、男特有の野太い声が飛び出た。

その顔立ちがなまじ良く整っているために、酷い違和感が胸の内に広がる。




「アンタ、もしかして……男?」



「あー……はいはい、そうだよ。オレは男だよ、それで何か問題でも?」



少女の──少年の? 口からやけくそ地味た台詞が零れる。

どうやらアーチは、魔法具で声を変えていただけのれっきとした男だったらしい。

……もしかすれば、この顔も偽りの物かもしれない。俺の苦虫を噛み潰したような表情に、少年は打って変わってニンマリと笑みを浮かべた。




「……ついでに、良いこと教えてやるよ。アンタが、俺を追ってる場合じゃないってこと」



「……どういう意味だ?」




心臓が、一際大きく跳ねた。

ど、ど、ど、と今にも弾け飛ばんばかりに心臓が肉の中で暴れる。




「アンタのお嬢さんな、俺を炙り出すためだけにわざわざ毒入りのスープを飲んだんだ。一匙分でも十分害になる猛毒を、自分の意志で。……頭、おかしいよなぁ?」




少年は、そんな衝撃的な言葉を皮切りに得意げに語り始めた。




「オレが毒を盛ったのは、外交官の中でも中堅どころの奴だ。けど、間違っても超重要人物──例えば、ヴィレーリア外交の要たるアーシェンハイド侯爵なんかじゃない。普通、そんなやつを守るためだけに、もしくはオレを炙り出すためだけに命をかけるか? どこの誰に命令されてるのかは知らねぇけど、オレだったらご遠慮願いたいね。……はは、家族でも人質にされてるの?」




最後に嘲笑を残して少年は口を閉じた。



セレナが? 毒を? 何を馬鹿なことを。

常識的に考えて、そんなことをするはずがない。


少年の言葉を否定しようと躍起になるが、考えれば考えるほど否定できなくなる。

だって、あのセレナだ。友人を守るために自ら川に飛び込み、奇抜な方法で龍を創り出して危機から脱出する、あの侯爵令嬢なのだ。




「(さ、最悪だ。否定できない……)」




目的を達成するためならば、毒を飲む事なんて……あるかもしれない。

普通に考えてあり得ないけれど。常識的に考えても絶対おかしいけれど。セレナ・アーシェンハイドならもしかすれば……?




「今、見逃してくれたら解毒薬をやるよ。河豚毒の解毒薬だなんて中々に手に入らないし、それにあの毒は特別製だから普通の薬じゃどうにもならない。光魔法なら何とかなるかもしれないけど、あれは稀少な魔法属性だからなぁ……」




──セレナの命と、セレナの願い。

その2つを天秤にかける。

悪いが、自分には父のような崇高な騎士の志はない。いずれ芽生える物なのかもしれないが、今の自分には影も形もない。



どちらを選ぶかなど、明白だった。

今の自分にはそれしか出来ないからだ。



壁に突き立てた短剣を引き抜く。警戒を怠ることのないまま、一歩後ろへ下がった。すると、少年はポケットから瓶をこちらへ投げて寄越す。




「早く使ってやれよ、手遅れになっても責任は取れねぇからな。……なぁ、お前、名前は?」



「名乗る必要は?」



「良いじゃん、別に同名だなんて国中にごまんと居るんだから。ああ、もしかして名乗るなら自分からやれって? 悪いんだけど、名乗れる名前はないんだよね。今はまだ家名もないし」




最初は断っていたものの、あまりにもしつこくせがむので、最終的に折れさせられてしまった。




「ネロ。……今は、ネロ・アルテミス」



「ネロ……ね。あはは、黒髪だからか? 北方の国でよくある名前だな。ネロとセレナな、ちゃんと覚えておくよ。ま、忘れたくても忘れられそうにないけど」



3年近く名乗っておきながら未だに違和感のあるその名前を口にする。

少年は俺とセレナの名前を口内で転がしつつ、軽々と飛び上がると、壁を蹴って塀の上へと乗り上げた。そしてそのまま夕暮れ空の向こうへと消えて行くのかと思った刹那、不意にまた彼はこちらを向き直った。




「なあ、アンタ、オレのこと覚えてる?」



「……は? 初対面だろ」



「そう? それじゃあ人違いかな。オレは“そう”だと思ったんだけど、思い過ごしならそれでいいや。ただ……オレは覚えていたのに、案外薄情なんだな」



何をまた変なことを──そう口にしかけた瞬間、どうしてか、酷く憂いた光を瞳に灯して少年が微笑む姿が視界に飛び込んできた。思わず出かけた言葉を呑み込む。




「(なんで、そんな顔を……)」



無意識に、顔が歪んだ。

そんな俺を気にもせずに少年は塀の向こうへと消えていく。




「(もっと……もっと強くならなくては)」




何よりも強く、悩む暇もないほどに。

手元に残った解毒薬の入った瓶の感触と、そんな重苦しい感情を持て余しながら、俺はくるりと店の方へと踵を返した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! [一言] そして踵を返した先でネロを待ち受けていたのは婚約者に捕まっているセレナと、その婚約者とセレナの父上のイケナイ関係疑惑の空気に満ちた混沌とした世界だった…
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