第7話 王妃殿下の言うことには
母、セリア・アーシェンハイドからの視点となります。
「……王妃殿下」
「いいのよ、皆まで言わなくても。分かっていて、私がこの場をセッティングしたの──きっと、セレナ嬢がこの申し出を断ると信じていたわ」
移動した薔薇園の先で、かつての主人に語りかける。
──アリシア・ヴィレーリア。
その名前を聞く度に思い出したのは王妃になったばかりの無邪気なあの頃の姿だったが、今はどうだろう。二児の母として、王を支える妃として、彼女は輝かんばかりの魅力を身につけていた。
彼女は俯いたまま、そう言葉を零した。風にドレスや髪を踊らせる彼女のその姿が、庭園に咲き乱れる白薔薇と重なった。
「あの子は……レオナルドは優秀だった。だけれど、その分──傲慢に育ってしまった」
「失礼とは存じますが、王妃殿下。そのようには、思えませんが……」
私の言葉に、彼女は儚げな笑顔を浮かべる。
そうして、彼女は咲き乱れる薔薇の一輪の輪郭をなぞりながら口を開いた。
「外面が良いだけよ。それに、今は取り繕えたとしても──一度も挫折したことがないというのは、この貴族社会においてあまりにも命取りだわ。何でも手に入る。何でも思うままに出来る。その傲慢はいずれ身を滅ぼす……それに、そのような人間を、私も陛下も王の座に据えたくはない」
息子が傍らで息を呑むのが分かった。
「このようなことにアーシェンハイド家の皆様を巻き込んでしまい、申し訳なく思うわセリア。今後この件に関してアーシェンハイド家に責めや不利益が及ばないように尽力することを、陛下と私の名の下において誓うわ」
王妃殿下が差し出したのは、1枚の契約書だった。
手渡されたその紙を、戸惑いつつも受け取る。
ざっとした内容は、王妃殿下の言った通り、この件に関してアーシェンハイド家およびセレナ個人に不利益や責めが起きないように力の限りを尽くすことを宣言するもの。
これは魔法契約書と呼ばれる稀少な契約書であり、この契約書にサインした者は記された内容に反することは出来なくなる。
我が家のような高位貴族でさえ滅多に使うことの出来ないものを、この場に持ち出してくる──王妃殿下方の覚悟が伝わってくるような気がした。
「……それにしてもセレナ嬢は末恐ろしいわね」
「娘が何かご無礼を……?」
いや、ここ数日間に働いた無礼を上げればキリはないと思うが──温厚な王妃殿下にそう言わしめる程ではなかったように思える。
彼女はクスリと笑いを浮かべた。
「いいえ、褒めたのよ。最近の令嬢達は見目ばかりにこだわってきゃあきゃあ言うばかりで、ちっとも相手の本質を見抜こうとしない。……けれどセレナ嬢はあの愚息の本質を見抜き、見事に面倒な世話役の座から逃れた」
「あれくらい鋭い女性がレオナルドの……いいえ、それでは駄目なのよね、はぁ……」と眉間を指先でつまみながらため息を零す。
その姿に、王妃の重責を負いながら何とかその日を生き延びていた、あの少女の面影はなかった。
「王妃殿下、失礼とは存じますが、1つよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんセリア。友人──戦友の言葉を咎めることなどしないわ」
「……ご立派に、なられましたね」
私の言葉に目を丸くした王妃殿下は、やがて「そうね、そうだと良いのだけれど」と呟くと、少女のように笑った。
要は大人の介入もあったよ、と言う話です。
貴族社会はそんなに甘くない……?