第68話 青天の霹靂
諸事情により更新が遅れてしまい、大変申しわけありませんでした……!
また、前話の内容を少し修正いたしました。
話を聞くことには、どうやら私が声をかけた人の良さそうな少女がクラリス、その隣にいた背の高い少女がアーチというらしい。
彼女達はジェモーの店員ではなく、外部から招かれた旅芸人の一座なのだという。
毎年この時期になると王都に寄って、給仕や力仕事、果ては料理などの仕事を担う代わりに宿と賃金を貰っているのだとか。
……最初からこの情報を持っていたら、ゾルドの間者が忍び込んで毒を盛るというのも容易いだろうな。
そんなことをぼんやりと考えていると、不意にクラリスの声が響いて私は現実へと引き戻された。
「──へぇ、じゃあ2人はお嬢様とその執事ってこと?」
「彼は執事ではなくて護衛……いえ、まあ似たようなものです」
実際は同級生というかなんというかだけれども、まあ正直そこは何でも良い。とりあえず疑われなければオーケー!
そんな曖昧な回答であったにも関わらず、今度は目を輝かせたアーチがその話題に食いついてきた。
「ふーん。あたし、執事ってもっとおじ様がやるのかと思ってた。若いのにお嬢様の世話を任されているだなんて相当優秀なのね。それに、お兄さんイケメンだし!」
「……どうも」
どうやら完全にアーチはネロをロックオンしたようでそのあともぐいぐいと話しかけていた。
笑顔を取り繕ってはいるものの若干たじろいでいるらしいネロの姿は、ちょっとだけ面白かった。
──いや、笑ったりはしないけれども! 微笑ましいというか!
そんな私と同じようにクラリスもまた、慈愛に満ちた穏やかな笑顔をアーチに送っていた。
途中、ちょっぴりげんなりとした様子のネロが視線で訴えてきたものの、私は知らんぷりを決め込んだ。
いいじゃない、モテてるんだから。婚約者にないがしろにされて挙げ句の果てに獄中死なんてことよりは良いでしょ? ……とは口にしないけれども。
2人に招かれて建物内を右へ左へと進むこと暫く、そこには品の良い白塗りの壁に覆われた部屋が広がっていた。中では人々が忙しそうに歩き回っている。
私達が先ほどから垣間見ていたのは、この大移動の一部分だったらしい。
楽器や服などを搬入したのだろう、一抱えもある大きな箱があちらこちらに積み上げられていた。
私達を壁際まで誘導したクラリスは、うーんと唸りながら口を開いた。
「お嬢さん……えっと、セレナさん? は私達と一緒に給仕をしに宴会場へ行くってことで良いんだよね? それで、お兄さんの方はどうしよっか。何か得意なことはある? 料理とか、力仕事とか……」
「俺は料理も力仕事もそれなりにできる……ます」
「そっか! それじゃあ、御厨番の人達に空きがあるが聞いてみるね。……それと、セレナさんだけれど、やっぱり服を着替えないと皆に疑われちゃうと思って」
うん……まあ確かに、この格好で給仕は無理だろうな。
クラリスやアーチが纏っているのはヒラヒラとしたフリルがふんだんに使われたボリューミーなワンピース。夏が近づいてきているからか、1枚では肌が透けてしまうような薄布を何枚も重ねている。
対して私は街で流行している物であるとは言うものの、綿素材にシルエットに──彼女達の纏うそれとはあまりにも雰囲気が異なっている。
着替えないことにはどうしようもないけれど、流石に今から買いに行くには無理がある。……うーん誤算だったな。
そう後悔をしていると、不意にアーチが控えめに手を上げた。
「あたし、1着貸してあげられると思うよ。王都に入ったときに衣装を新調して、そのままだったから……サイズさえ合えばだけど」
「よろしいのですか?」
「それはもちろん! ちょっとデザインは流行とは違うけど……じゃあ服と化粧道具を取りに行ってくるからちょっと待ってて!」
そのままぱっと駆けだしていってしまったアーチを見送る。
は、速い……! 声をかける暇もなかった。
間もなくしてクラリスとネロは御厨番の元へと行ってしまう。その別れ際、ネロのズボンのポケットにとある魔法具とメモを忍ばせておいた。大したモノではないけれど、無いよりはマシでしょう! 多分!
光の矢の勢いで戻ってきたアーチは高く箱が積み上がり、個室のように区切られたスペースへと移動を促す。
──そして私のワンピースに手をかけ、身包みを全て剥ぐ勢いで召し替えを始めた!
「え!? ちょ、ちょっと待って! 自分で着替えられますから!」
「え、そうなの? ごめん、あたしてっきりお嬢様っていつも召使い達に着替えを手伝わせてるものだと……」
まてまてまてまて、ちょっと待ってくれ!
確かにそう言う家もある……というか貴族家は大概そうなんだけれども。
何故かと言えば、ドレスは仕様上、1人で着替えるのは困難な部分も多いからなのだけれども!
一応、私にも恥じらいはあるので……同性でもそれはちょっと!
なんとか弁明して納得して貰い、着替えだけ受け取る。
それからアーチのお古を身に纏い、スペースの外へと追い出していたアーチを再び呼び戻した。
「サイズは大丈夫? どこか大きすぎたり、キツかったりしない?」
「ええ、大丈夫だと思います」
ちょっと袖が長いような気もするが、許容範囲だ。
改めて、アーチ達の着ているような可愛らしくほんの少しの艶やかさを孕んだ衣装を自分も纏っているのだと思うとなんだか気恥ずかしい。
──侯爵令嬢から高級料亭の給仕係に転職か……うん、悪くない。
そんなことをぼんやりと考えていると、不意にアーチに肩を掴まれた。
彼女の左手には化粧道具。目をキラキラと──否、ギラギラと輝かせるその姿は、さながら獲物を見つけた猛獣と言ったところだろうか。一瞬、脳内の警鐘が鳴りかけたのはきっと気のせいではないだろう。
「んふふ……元の素材が良いものね、どう化けるのかしら……? 腕が鳴るわぁ……」
私、知ってる! こういうときは抗わず大人しく死んだふりをするのが最適だって、昔の偉い人が言ってた!
──ということで、私は大人しくその施しを受けることにした。
諦めたらそこで終了、と東方の国では言うそうだが、諦められるときに諦めるのも大事だなと思う次第です。
化粧を施している最中に、アーチは職務内容について語ってくれた。
今日予約が入っているのは2人部屋が3つ、4人部屋が5つ、そして大部屋が1つ。
ミハイルさん達は2人部屋か大部屋にいるだろうと予測する。
私達は下っ端なので様々な部屋を行き来して、お酒を注いだりお皿を下げたりなどの雑務を担うらしい。
「お客様に気に入って貰えたらチップも貰えるよ!」とはアーチ談だが、私は毒の盛られた皿を下げたいだけなのでチップは別にいいかな……。
ようやくアーチから解放されると、クラリスが部屋に戻ってきた。ネロは上手く厨房に潜り込むことが出来たらしい。なんでも副チーフさんに気に入られたそうな。
ネロは老若男女にモテるのか……なるほど、覚えておこう。
クラリスが戻ってきてそう暫く経たないうちに、無機質な鐘の音が室内な響く。
──始業の合図だ、と誰かが呟いた。
「それじゃあ、行こっか。セレナさんのお父様も探さないと行けないし……」
「はい、お願いします」
クラリスを先頭に私達は店内を進んでいく。ミハイルさんは居場所はわからないが顔を見ればわかる……はず!
2人からの提案で、私は部屋の中までは入らないことになった。
顔がバレたらマズいよね? と。
廊下で料理の受け渡しをしながらクラリス達の後をついて行くこと暫く、4人部屋を1つ、2人部屋を1つ確認。そして2つ目の2人部屋を覗いたとき、私は思わず身を固くした。
中にいたのは見覚えしかない青髪に金瞳の中年男性と、騎士服を纏った黒髪に狼の耳と尾を持った青年。そんな2人が部屋の外に声が響くことはないが、楽しげに談笑しながら食事をしている。
一見すればごくごく普通の光景。
──なのだけれど!
「(な、なんでお父様とグレン様がここに……!?)」
それはまさに青天の霹靂。
雷に打たれたようだ、とはこういうことなのだろうと的外れなことを考えてしまったのは仕方のない話だと言い訳をしておく。




