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第67話 潜入

附属から城下町までを繋ぐ馬車を捕まえ、ネロと2人で乗り込む。そのまま何事もなく30分ほど馬車を走らせれば、あっという間に人がごった返す城下町へと辿り着いた。


夕飯時だからだろうか、いつもよりも人通りが多く感じられる。大きな街道に面した飲食店は、その石畳の街路にテラス席を設けて人を呼び込んでいる。

いつ来ても活気のある場所ではあるが、今日はより一層の賑わいが感じられた。




「──どこに行くんだ?」



「“ジェモー“って言うお店。貴族御用達の高級料亭ってのを売りにしているお店なんだけど、知ってる?」



「聞いたことねぇな……」




私の言葉にネロは首を捻る。

うんうん、だよね。私もお父様が使っていなければ聞いたことがなかったと思う。

調べたところによれば、今話題の店! というよりは、古き良きって感じなのだそう。いわゆる中堅ってやつだ。



一般人向けの飲食店街を抜けて王城へと足を進めていく──と、その前に。

私は後ろをついてきていたネロを振り返った。それからじっくりと爪先から脳天までを観察する。

うーん……やっぱり無理だよなぁ、これじゃあ。


私の突然の行動に“理解できない”といった表情を浮かべたネロが、おずおずと口を開く。




「え、な、何……?」



「いや、制服じゃ目立つかなって」




城下町に出るだけならばあまり気にしなくてもいいだろうが、これから向かうのは高級料亭。しかも客として赴くわけではなく、潜入するわけだからこの制服のままではいけない。何か問題があったときに特定されるのはマズいからね。


私は変装用に着替えのワンピースを持ってきているが生憎……というか、当然ネロの分は無い。1人で乗り込むつもりだったから。

附属の制服は良くも悪くも目立つ。やっぱり、途中の店で調達してくるしかないか……?


あ、でも、万が一を考えてもう1着ワンピースを持ってきているけれど……。




「ネロ、ワンピースを着る勇気、ある?」



「……やだ」




一瞬間があったが、ネロは両腕で自分の腕を抱くようなポーズをとって私の提案を拒絶した。

うーん、だよね……そうだよなぁ。


上は上着を脱げばワイシャツなのでなんとかなるだろうが、ズボンはどうしようもない。やはり途中で買っていくしかなさそうだ。






──ということで一通り買い揃えた服を身に纏い、再出陣!



近くのお店で買ったネロのズボンは、黒地のごくごくシンプルな物。なんだかそれだけというのも味気なかったので黒いネクタイも付けてお会計した。

一度やってみたかったんだよね! 「お会計? 済ませてありますわよ?」って。予想通り、ネロはぽかんとして私を見つめていた。



「自分で払う」だの「結局何しに行くんだよ」だのというネロの不満の声に「潜入よ」と一言だけ答え、その後は右から左に聞き流し足を進め──たかったのだが、案外ネロはしぶとかった。

息をつく間もなく質問を投げかけてくるネロに根負けして、私は言葉を選びながら今日の目的を話し始める。




「今日、あの料亭でお父様のご友人の外交官を毒殺するという計画があるそうなの。だからお父様に頼まれて、私がそれを阻止しに行くってわけ」




かなり嘘も交えたが、これはもう致し方ない。

毒殺される外交──ミハイルさんがお父様の友人……知り合いだけれども、赤の他人以上の人物であることは事実だし、逆行前のお父様が「彼が生きていたらな」と呟いていたのも聞いたことがある。

私、そんなに嘘を吐くのはうまくないんだよねぇ……今はこれで勘弁して欲しい。


私のかなり怪しい返答に、ネロは目を剥いた。




「は!? 危ねぇじゃん!」



「何? 怖じ気づいた?」




悪いけど今更帰してはあげられないよ──そう言葉を紡ごうとした瞬間、それを遮るようにネロは更に言い募った。




「俺じゃなくて! セレナが危ねぇって話をしてんの!」



「でも、別にちょっと料理をすり替えるだけよ? 暗殺者とやり合うわけではないし。それに、会ったこともない人だけれど……知らないふりをするのは、私には無理よ」




私のその答えを聞いてぶつぶつと何かを呟き続けるネロにどう声をかけるべきか迷っているうちに、服屋から出て15分、ようやく目的地へと辿り着くことが出来た。




飲食店街の角に店を構える“ジェモー”は、まだ開店前らしく客の姿はない。裏口を覗けば、数人の少年少女達がぱたぱたと忙しそうに行き来する姿が見えた。




「なぁ、本当に潜入するのか……? 言うかどうか迷ったけど、セレナの今の格好じゃ普通の町娘には見えないと思う。良くてもどっかの商会のお嬢さんとか……」




ネロの不安そうな声に私は思わず自分の格好を見下ろした。

私が変装用に持ってきたのは最近若い娘達の間で流行のデザインだというワンピース。

でも確かに自分で見ても町娘と言うにはちょっと無理があるような気がする。綺麗すぎるというか、なんというか……?




「うん、それでいいのよ。少なくとも侯爵令嬢には見えないでしょう?」



「ま、まあ確かに、高位貴族のお嬢さんには見えないけどさ……」




まあ別に町娘に拘る必要はないし、ジェモーの客層の娘らしく見えればそれで充分だ。むしろこれで正解ともいえるだろう。

──そう自分を納得させて、私は茂みの陰でトランクを開いた。その様子を見てネロも同じようにのぞき込んでくる。


中に入っているのは変装用の魔道具だ。

形状はイヤーカフで、身につけるだけで髪色と瞳の色を自在に操作できるという優れものだ。

ただ、残念ながら顔立ちの操作や身長の操作はできない。そういった効果のある魔法具は、犯罪に利用される可能性があるとかなんだとかで規制されているんだそう。まあ、確かにそれが出来たら犯罪し放題だもんな……。

侯爵家の権力を使っても、流石にそれは用意できなかった。


いつも身につけているグレン様とお揃いのピアスを取り外し、イヤーカフの装飾品としてさり気なく付けられたダイヤルを回して変化させる色を選んでいく。

……あ! せっかくだからネロの黒髪黒目に合わせて、お揃いにでもしようかな。

思い立ったが吉日、私は初めての操作に戸惑いながらも、ダイヤルをくるくると回した。




「──ね、どう? 髪色と瞳の色が変わるだけで随分と印象が変わるでしょう?」




私は立ち上がり、くるっとその場で回ってみせる。それに合わせて、ワンピースの裾がふわりと舞い上がる。




「……俺は弄ばれてるって事でいい? それとも俺じゃなくてセレナの婚約者さんの方が弄ばれているって事か? ……まさか無自覚じゃあないよな」



「なんの話かさっぱりわからないわ」




いいじゃん、お揃い。なんかウキウキするじゃないか。それともあれかな、アイデンティティ的な? その色彩は俺の個性だから真似すんなよ! ……と?

確かにその考えも一理あるけれども、今更変えるのもなんだか気まずいので知らんぷりを決め込むことにした。

セレナちゃん、箱入り娘だからよくわかんない!



本当はネロにも何か渡したかったのだが、生憎……というか、当然私は1人分の魔法具しか持ってきていない。

でも、何も無しって訳にはいかないよなぁ……?

ぐるりと思考を巡らせること数十秒、私はふと名案を思いついた。変装用に持ってきた魔法具は2つで1つのイヤーカフ。

右側に付けるのが瞳の色を変える魔法具で、左側に付けるのが髪の色を変える魔法具。



そう、つまり半分こしちゃえばいいのだ!



善は急げ。私は右耳のイヤーカフを取り外し、もにょもにょと何か言いたげに口ごもるネロの耳に問答無用でつけた。取り外したときにダイヤルに触れてしまったのだろうか、みるみるうちにネロの瞳が緑色へと変色していく。

……おお! 中々いいんじゃないだろうか。




「いい、ネロ。店の中に入るまでは私がなんとか上手くやるけれど、店に入った後はどうなるか私にもわからない。だから、とにかくネロは従業員達に紛れ込みながら厨房の方を気にしておいて欲しいの。あと、あまり痕跡を残したくないから……そうね、潜入するまでは何も喋らないでいて欲しい。そのあとは、ネロの匙加減に任せるわ」



「了解、厨房な」




会話に一段落ついたところで、私はもう一度、ネロから店の裏口へと視線を滑らせた。

裏口を行き来する人々の中で取り分け人の良さそうな少女に目を付けると、ネロを引き連れて彼女に歩み寄る。ちょうど別の少女と何か喋りながら、井戸で水を汲んでいた彼女がはたと顔を上げた。




「……あの、ここは“ジェモー”というお店であっていますでしょうか?」




私の問いかけに彼女はぱっと明るい笑顔を浮かべて頷き、肯定の意を示す。




「はい、そうですよ。何かご用でしょうか?」



「私は、セレナと申します。父が今日、逢い引きのためにこの店を使うと聞きまして……その、浮気相手の顔が見たくて」




「浮気相手の顔が見たい」──突然舞い込んできたゴシップに、2人の顔が好奇心のままに明るくなった。

私の言いつけ通り隣で黙っていたネロも一瞬だけ身動ぎをする。


──よしよし、好感触だ。

店の中という閉鎖的な空間で、突然色恋のいざこざが巻き起ころうとしているのだ。娯楽に飢えた年頃の娘ならば、間違いなく興味を持つことだろう。

私は手の甲を抓り無理やり引き出した涙を目元に浮かべて更に畳みかける。




「母は病弱で……父の浮気を疑い始めてから日に日に弱っていって。持病もありお医者様から、もう長くはないだろう、と告げられ最後の願いとして託されたのです。どうか、お願いします……」




色で言うならば鮮血よりも濃い、真っ赤な嘘である。よくもまあぬけぬけと、と我ながら思った。


最後の一押しとして「少ないですが」と前置きしつつ、茶髪の少女の袖口に賄賂、もとい銀貨を数枚滑り込ませると、彼女は哀れむようなそんな表情で店内へと招き入れてくれた。




「こわ……」




若干青ざめた顔で、ネロが己の身を抱きしめつつ呟く。

……ちょっと、そこの君。聞こえてるぞ。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本名名乗っちゃって大丈夫? 後日「セレナのお父様の浮気」疑惑が出てきちゃったりして・・・。
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