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第65話 準備

事件発生日が刻一刻と近づいてくる中、私は日々の課題をこなしつつ、その裏では事件回避のためあちらこちらに奔走していた。




まずは会食の店の特定から。

夜のとっておきの店──という発言から、まさかいかがわしい店なのか……? と予想した私は、ひとまずお兄様に探りを入れることにした。


お兄様とは毎月手紙のやり取りをしているので、その手紙の最後に「そういえば、お父様がお仕事に使ってるお店って知ってます?」くらいの軽い文を添えて送ってみた。

流石にお父様に直接聞く勇気は無かったよ……。私にもね、多少の恥じらいはあるのです。



──ところがお兄様から返ってきたのは「知らない、知りたくもない」という驚きの回答だった。


ど、どういうことなんだ、この回答は……。しかも手紙を送った翌日にこの返信が届けられている辺り、お兄様の本気を感じる。


お兄様は割と素直な方だが、ここまでどストレートな言葉は珍しい。

やっぱり曰く付き、もとい“そう言うお店”なのか? と私の中で疑問が深まる。

なんだか答えを知るのが怖くなってきた。


しかし店が特定できなければ二進も三進も行かないので、私は腹を決めてお父様に手紙を出すことにした。

附属に通い始めた娘から突然そんな手紙が届いたのなら、きっと、いくら人の良いお父様でも驚き──それから疑うだろう。

人が良いことと鈍いことはイコールではない。




そこまで予測して、返信が返ってくるまでの間、ああでもないこうでもないといい訳を考えていたのだが……結果からお伝えすると、疑われなかった。




御用達だといういくつかの店の詳細とその雰囲気、またどの店にどの国の人を連れて行くのかなどと言った話、果ては肉料理はあの店が美味しいだのといった雑談が事細かに書き連ねられていた。

便箋枚数にして5枚、しかも両面に文字がびっしり! 道理でなんか分厚いなぁと思ったわけだよ。お兄様のそれとはまた違った、お父様の本気が窺える。


ありがたいことこの上ないのだが──でも、なんでこんなに……? という疑問が湧き上がってくるのは致し方ないことだと思う。

それに、何故気になったの? といった類の探りも入れられていない。



そんな私のささやかな疑問は、最後の便箋に記されていた「外交の仕事に興味を持ったのかい?」という一文によって解決した。



アーシェンハイド家は国内有数の港町を保有しており、そういった立地上の理由で建国以来外交を一手に担ってきた。

そして王家からの不興を買わなければこれからも外交を担う一族として生きていく──はずなのだが、ここで1つ問題が。


もう説明不要だとは思うが、アーシェンハイド家には2人の子供、すなわち私とお兄様がいる。

ヴィレーリア王国では、実例は多くないが女性も爵位を継ぐことが可能だったりして、どちらがアーシェンハイド侯爵の座を継ぐのかというのは決まっていない。しかし私がブライアント家の長男と婚約を結んでしまった以上、跡継ぎはお兄様しか残らないわけで。



そしてその当のお兄様は──語学が大の苦手だった。

もはやトラウマと言っても差し支えはない。語学の授業の前に全力で逃走してはお父様に捕まり部屋へ引きずり込まれる……そんな兄の姿はもはや名物である。




ここでお父様の名誉のために言っておくが、その授業が特別厳しいというわけではない。断じてない。むしろ優しい方なのではないだろうか。

同じくお父様から教えを乞うた私が言うのだから間違いない。単純にお兄様が語学のことを毛嫌いしているだけなのである。



根気強いお父様の教育のお陰で、ある程度まで話せるようになったそうだが、未だにその恐怖感は拭えておらず、少し前も読み書きはしたくないとぼやいていた。

お兄様が「知らない、知りたくもない」と返信してきた理由は恐らく「外交の仕事の話なんてしたくない」と言う意思表示だったのだろう。



そうなると、困ったのは跡継ぎを失ったお父様である。お父様もまさか自分の息子がトラウマになるレベルで外交のことを嫌うようになるとは思わなかっただろう。しかも、保険として存在していたはずの私は他家に嫁ぐという。


さてどうするんだとなった所に届いた娘の手紙──しかも娘は外交の話が知りたいと言うではないか!

これはチャンスだ、絶対にこの機会を逃してはならぬ……ということなのだろう。


ごめんねお父様、違うの、そうじゃないのよ……! 私はただ外交官が毒を盛られた店を特定したかっただけなの!




……とまあ、若干の罪悪感も湧いたが、とにかく店の特定は出来た。



それから、その店がいかがわしいそれではなく、比較的健全だと言うことも!

お父様の手紙を読んだ限りそう言う店もないわけでは無いらしいが、被害者となる外交官の接待相手──ジェロニア王国の使者を連れて行くのはそういった店ではないらしい。


──よ、良かった! 大丈夫なのかなって、なんとなく心配だったんだよね……!

一先ずは、一安心と言ったところだろうか。


一波乱あったもののなんとか店の特定に漕ぎつけられたら、こっちのもの。

日取り、場所、時間、それから被害者とジェロニア王国からの使者の名前まで特定するだけの簡単なお仕事だ。

ちなみに被害者の名前はミハイルさんらしい。






次は解毒薬の準備に取りかかる。


自然界に存在している毒は大抵の場合は回復魔法で解毒することが可能だ。ただ、人の手が加えられている場合はそう簡単にはいかない。そのため世の研究者達が汗水垂らし、命をすり減らし、そうして鳥兜のような植物由来の毒の解毒薬は作り上げられていった。

──しかし、非常に残念なことに河豚毒の解毒薬は未だ研究途中にある。




「(ただ単純に解毒薬を混ぜるわけにもいかない、か……)」




それに加えて、鳥兜用の解毒薬は単体で服用すれば薬から毒に早変わりしてしまうような代物。事前に解毒薬を盛ることも可能だが、もし私がこの事件に干渉してしまったことで被害者が鳥兜の毒を服用していない事態に陥っていたら……?

そうなってしまったら、今度は私が彼を毒殺する事になってしまう。


それは……流石に不味いよなぁ……?

用意しておくに越したことは無いだろうけれど。


解毒薬というのは滅多に出回らない、というわけではないが学生がホイホイと買えるような物でもない。

お兄様に頼めば用意して貰えるだろうが、

「なんで? 何に使うんだ?」という疑問は避けられない。


じゃあどうやって用意しようか──?




「……やっぱり作るか」




附属にも生徒達が自由にポーションなどの調合用に使用できる設備が整っている。

大抵の場合は身体強化のために使われる設備だが、まあまさか解毒薬を作ってるだなんて誰にも気がつかれないだろう! 大丈夫、多分いける!


問題はレシピだ。逆行前に読んだ本の中に書いてあったので、知識としてぼやっと頭に残ってはいる……しかし過去の記憶なので完璧とは言い難い。

とりあえずやるだけやってみるか? と博打に踏み出そうとしていた矢先、なんと幸いなことに! ソロル先生から借りた本の中に解毒薬のレシピが載っているではないか!

──ああ、良かった。毒物を大量生産するところだったわ。




「……よし」




やれることは全部やった。

店も特定したし、時間や部屋も特定した。必要になるかどうかはわからないが、一応解毒薬も用意した。ついでにお店の下見もしてきたし、逃走経路も確認した。

割と適当にやっつけてしまう私としてはかなり念入りに確認してきたと思う。



まあこれでダメだったらもう無理だから! どうしようもないから!

人間、どうしようもない時と言う物が必ず一度はある。

うん、もうダメだと思ったらミハイルさんを担いで逃げよう。そうしよう。







──事件当日まで残り1週間。

次話から事態が動き始めます……多分……今しばらくお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[一言] よーし。 細工は流々仕上げは御覧じろですね!(笑)
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