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第60話 運の尽き

「おはよう、セレナ。あれ、隈出てきてるけど大丈夫?」



「あはは……おはよう、モニカ。ちょっと寝付きが悪くって。新生活に緊張しちゃったのかも」




附属では起床時間になると東門にある塔の鐘が鳴る。その音と同時に起きてきたモニカは、私とそんなやり取りをした後、寝ぼけ眼を擦りつつ着替え始めた。


……まあ、嘘は吐いてないし? 新生活に胸を弾ませていたことに関しては偽りはないわけだし。そんな自分でもよくわからない言い訳を心の中で呟きながら、モニカと同じように制服に袖を通す。




──何はともあれ、今日から待望の授業が始まる。




「(しっかり技能を身につけて、きたる戦争に備えなくては……)」




グレン様の死因となるグリスフォード戦争を事前に回避できるならばそれに越したことはないだろうが、そんな簡単にいくわけがない。ただ、グレン様が死亡する未来を回避する、と言うのならばいくらかやりようはあるだろう。

戦争を回避するにせよ、グレン様の救出を狙うにせよ、戦場に出られないのならばどうしようもない。

いざ事が起きて足手まといになるだなんて本末転倒だしね! 一つ残さず、余すところ無く吸収してやりますよ!




***




……そんな風にやる気に満ちあふれていた時期が、私にもありました。




「ほぉ、これはまた奇妙な縁だな?」




そう愉しげに呟きながら、“その人”は思わず震えそうになる私を遙か高みから見下ろす。

そう、王国最強の名を恣にするあの英雄──クラウス総長である。




事の始まりは数十分前に遡る。




「そういえば、セレナはもう専攻科目は決めた?」



「ええ、一応だけれど」



「え! なになに?」




モニカと朝食を食べ終え教室に移動する際に、たまたま専攻科目の話題になった。そう、皆さんご存知、私が思考を放棄したあの専攻科目である。


弓か、それとも短槍か──あれから一晩しっかりと考えた。昨夜は色々あったけれども私なりに真剣に考えたのだ。いやまあ多少、雑念は入ったけれども!

そうして私が導き出した答えは……




「“短槍”にしたわ」




意外と思われるかもしれないが、短槍の方が良いと合理的に……合理的に? 判断した。


昨晩、弓と短槍の長所と短所を挙げて、私は思ったのだ。

──遠距離で狙うのならば、別に魔法で十分じゃない? と。

生まれながらに魔法に親しんでいるのだから、遠距離での攻撃手段は事足りている。

それに遠距離武器では今から付け焼き刃の技能を身につけたとしても戦場に連れて行って貰えるかは怪しい。うっかり、セレナさんは国内で待機しててね! となりかねない。それは困る。非常に困る……!


それに、弓を選択したらグレン様に変な勘ぐりをされてしまうかもしれない……と言うのも理由の一つではある。あくまで一つに過ぎないけれども。


以上の理由も含めて総合的に“短槍”を選択するのがベストだと判断した。



そして総合的に判断していたはずの私はうっかり見落としていた。“短槍”の講師の中にあのクラウス・ハルバートの名があることを。




後はお察しの通り冒頭へ戻るわけだ。




私を見下ろす姿は、正に壁に追い詰めた鼠をいたぶる猫、さながら蛙を見つめる蛇のようである。


た、確かに、入学式で短槍科はグレン様とクラウス総長が担当すると説明されたような気もする……?

これに関してはまともに聞いていなかった私が悪い。自業自得としか言いようが無い。

私の馬鹿! なんでわざわざ面倒臭い人と関わるようなことをするの!

それに、短槍科目受講者の顔合わせ会後にわざわざ私を捕まえて突っかかってくる総長も総長だ。




「お前は弓かと思っていた」



「……母の話でしょうか」



「それもないわけでは無いが……まさか短槍を選択するとは。見込みがあるな」




見込みがある──つまるところ、しごき甲斐があっていじめ甲斐があるって事ですよねわかります!

ここで「また例の婚約者云々か……」となじってこないのは、恐らく適性までは操作できないと判断したからだろう。いくらその講師の授業を受けたいからといっても、生まれもっての適性を覆す事はほぼ不可能だ。そしてその推察は見事に当たっている。

ああもう、ここで揶揄ってくれたらまだ気持ちも楽だったのに! これじゃただの被虐趣味のある令嬢ではないか!




「まあ向上心のある奴は嫌いじゃない。それに昨晩、“あまり困らせてやるな”とセリアに釘を刺されているからな」




……ああ、あの飲み会ってお母様も参加していたのか。まあしてるだろうな、久々に同僚や後輩達と再会したわけだし。

明日も仕事なのに……! などとわざわざ藪をつつくような真似はしない。蛇しか出て来ないことくらい、寝不足で注意力散漫な私でも安易に想像できる。

ここはとりあえず曖昧に微笑んでおこう。




「授業が本格的に始まるのは明日からだ。それまでしっかり体を休めておけよ」



「……若輩者ではございますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」




──よし、なんとかなったっぽい! 令嬢スマイル万歳!


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