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第6話 邂逅と反撃

王城内の馬繋場に馬車を止めた後、従者に案内されて到着したのは王妃殿下の管理下に存在するサロンの1つだった。

そのサロンからはよく手入れされた薔薇園が一望でき、ちょうど紅薔薇が見頃を迎えている。



サロンに入室すると、既に着席していた一人の女性──ヴィレーリア王国王妃、アリシア・ヴィレーリア様が微笑んだ。




「ようこそ、セレナ・アーシェンハイド嬢。それに兄君や──セリアも」



「ご機嫌麗しゅう王妃殿下、王太子殿下」



「お久しゅうございます、王妃殿下」




セリアはお母様の名前だ。

正確には、セリア・アーシェンハイド。


お母様は前にも触れたとおり、王妃専属近衛隊の隊長を務めており私が生まれたのを機にその職を辞している。要は顔見知り──元主人と従者ってこと!




「どうぞ、そんなにかしこまらないで? 非公式な場ですもの。……セレナさん、体調はいかがかしら」



「お陰様で、すっかり元気になりましたわ。先日はパーティー前に退出してしまい、申し訳ございませんでした」



「いいえ、そんなことはないわ。体調が優先だもの」




別に体調は悪くなかったです、ごめんなさい!

ニコニコと人のよさげに微笑む王妃殿下の隣で、同じく王太子も微笑んでいた。



うっ……笑顔なのが一番怖い。

自分の婚約者を決めるパーティーで他の男に求婚した女の子を呼び出して、その上ニコニコしてるとかどういう感情なんだそれ。怒っている方がまだマシだわ!




「レオ……レオナルドが貴方に会いたいとしきりにせがむものだから、アーシェンハイド侯爵に無理を言ってお願いしたのよ。体調が悪いのに、ごめんなさいね」



「ええ、“アーシェンハイドの輝石”と名高く、才媛と評判のセレナ嬢と一度でも良いので話してみたくて。残念ながら、先日はその機会を逃してしまいましたが──母上のお陰で、貴方と会うことが出来た」



「勿体ないお言葉にございます、殿下」




あー……そんな二つ名もあったっけな。

最近は“稀代の悪女”って言われる方が多かったから忘れてた。


この端整な顔立ちと甘い声で褒められた令嬢は、このクソ王太子にコロッといってしまうものだが、今の私にはキュンともすんともこない。


残念ながら恋人の姉妹に乗り換えたり他の男に惚れてる女をわざわざ呼び出すようなこの男と違って、私には自分を殺した男を好きになるような趣味はないのだ。

そもそも、好意なんて湧くわけがないでしょう!




妃教育で培われた笑顔の下で、ぐるぐると渦巻く何とも言い難いこの感情を抑えている──そんな時だった。




「母上、彼女と少し二人になりたいのですが」



「あら、ふふふ。そうねぇ、じゃあ後は若いお二人で……ということで良いかしら?」



「……は?」




自分が思っていたよりも、何倍も冷たく、か細い声が零れた。


いや、嫌だ。たまったもんじゃない。

何が悲しくて加害者と二人きりにならなきゃいけないんだ。

私は断固拒否するぞ!



私が口を開こうとした瞬間、それを遮るように王妃殿下の手によって爆弾のような発言が投下された。




「──一応、貴方が二人の護衛について差し上げて。えっと……第二騎士団の副団長さん?」



「拝命いたしました」




──第二騎士団、副団長。




「(グレン・ブライアント様…!?)」




一連の騒動の当事者が、そこにいた





***





正面に座るのは私を殺した男。


そして彼の背後に立つのは私が求婚した男。




「それじゃあ後はごゆっくり」と取り残されたサロンは私を含む三人しかいない。


あんなにも太陽がさんさんと照り、暖かいそよ風が薔薇園の花々を揺らしているというのにどうにもサロンは薄ら寒かった。




「どうぞ、最近王都で流行っている紅茶なんだ。きっと気に入ると思う」




その言葉と共に差し出されたティーカップを私は震える手で受け取る。




──なんだこの地獄のような状況は。

恐ろしくて涙が出そうだ。これは天罰か何かなのだろうか……?




ティーカップに角砂糖を1つ放り込み、銀の匙で丹念に回す。

毒でも入ってる……なんてことはまだないと思うけど、身構えてしまうのは仕方がないことだと思う。



かつて冤罪を被せ、冬の終わりの牢獄に閉じ込めた末、衰弱死に追いやった男が目の前にいると思うと、恐ろしくてたまらない。



──もちろん、泣いたり逃げ出したりなんて無様なことはしないが。



銀の匙に曇りがないことを確認して、ティーカップに口を付ける。

ただただ温かい液体が食道を通っていった。




「どうかな?」



「ええ、とても……美味しいですわ」



「口に合ったようなら良かった」




味なんて感じる余裕があるわけないでしょう…! と叫ばなかった私、偉い。

私と王太子の間にあるローテーブルの上にクッキーが広げられたが、流石に手を付ける気にはならなかった。




「さっそくなんだけれど、本題に入らせて欲しいんだ」



「……はい」




遂に来てしまった。

私があの日起こした騒動は全て無駄だったということか。



手足の感覚がなくなる──そんな思いで私は王太子の次の言葉を待った。




「私は、いずれこの国の王となる。私はこの国に平穏をもたらしたい──だが、その未来に辿り着くには決して穏やかとは言えない道を辿るだろう。その時、君が支えて欲しいんだ。君のような強く賢い女性が、傍にいて共に歩んでくれたら、と思う」




ああ、これで私のやり直し人生も終わりか。

また、この男のために尽くし、そして塵のように打ち棄てられる。




そんな未来がまた───




「(……いや、まだ)」




まだ、終われない。

私はあの日、確かに牢獄で18年の人生に幕を下ろした……それは事実だ。


けれど、今私は、逆行して別の未来を歩む機会を得た!


意地汚かろうが、はしたなかろうが、不敬だろうが、そんなものはどうでも良い。

私は、私として生きる。



義妹に騙され、婚約者に裏切られ、人々に罵られたあの未来以外に辿り着けるならば、今殺されたとしても悔いはない。




「僭越ながら、殿下。発言をお許し頂けますか?」



「ああ、もちろん……君の答えを聞かせて欲しい」




王太子が喜ばしげに微笑む。

ああ、そのお前のムカつく顔面にこの紅茶をかけてやりたいぐらいだよ。




さあ、笑え、セレナ・アーシェンハイド。

世界で一番美しく微笑むんだ。




「お断り申し上げます、殿下。だって私……どうしても、好きな方がおりますもの」




────誰がお前なんかと添い遂げるかよ、クズ!




王太子が、唖然とした表情のまま、ティーカップを取り落とした。

幸い、中身は既に空だったようで乾いた破裂音が静かなサロン内に響き渡る。



──ああ、その顔。待ってました。




「私が殿下のような素晴らしい方の隣を歩くなど──不遜な栄誉にございます。いずれそう時間も経たぬうちに、殿下に見合った素晴らしい方が現れますわ」




あのクソ女──ルーナとかね!

思えば、お似合いのカップルだわ。きっと何年経ってもおしどり夫婦でいられるでしょうね。




「……だが、私は君にっ」




ああ、そうでしょうね。

かつての私みたいに王族に萎縮して意見も言えず、ただただ踊らされて簡単に始末出来る女なんてそうそういないからね!


けれど、今の私は違う──そんな未来、お断りだ!




「申し訳ございません、殿下。殿下の申し出は、侯爵家の娘の私には身に余る光栄にございます。二度とこのような機会は訪れないでしょう。──ですが、私はとある方に今求婚中ですので」




ホイホイと乗り換える女なんて嫌でしょう?




「私は、その方に──殿下にも、真摯でありたいと思うのです」




いくら王家の取り決めといえど、このような際に王命を出すことは出来ない。

いや、実際は出来るが、そのようなことをすれば王家の評判は地に落ちる。


元々以前から他の貴族を好いており、パーティーにも……直前ではあるが欠席した令嬢を無理やり婚約者の座に据えたなど、とんでもない醜聞だ。

それは王家も我が家も望まない展開だろう。





よし、言った! 遂に言ってやったぞ!

もうこれで一族諸共皆殺しだろうが、何だろうがどうでも良い。凄くすっきりした!

口元が緩むのを必死に抑えるが、中々おさまらない。





王太子が悔しそうに拳を握り締め、そして俯くのを、指を指して笑いたい衝動を抑えながら見つめていると──不意に上からクスリと上品な笑い声が零れた。




「……何がおかしい、ブライアント」



「いえ、随分と熱烈で──真摯な求婚だと思いまして」




あ、そうだった。いるじゃん、当事者。

王太子との攻防に夢中になって、すっかり忘れていた。



見上げた先のブライアント様は、酷く愉しげに目元を歪ませていた。


貴族らしく品がある──が、どことなく野性味を感じさせる荒々しい美しさだ。




私は、不意にある事実に気がついて背筋を震わせる。


──あれ、もしかしてこれマズい?

ブライアント家の呼び出しの方は子供の戯言ということで丸く収めるつもりだったんだけれどこれだと……




「セレナ・アーシェンハイド嬢。今までの非礼をどうか、お許し下さい」



「ぶ、ブライアント様。非礼など、そんなっ」



「そして、どうか願わくば──私にチャンスをいただきたい」




先日のパーティーの際の私の言葉をなぞるように、ブライアント様が言い募る。

何か愛おしいものを見つめるかのような、そんな光を瞳に灯して。




「ええ、そうです──私に、貴方に求婚させていただくチャンスを賜りたい」


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