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第57話 寮

「それではセレナ様、また食堂で会いましょう!」



「ええ、また後で」




──アルカジア学院女子寮内。

途中で再び合流したソフィアに別れを告げ、218号室の扉に手をかける。そっと扉を開けて中を覗いてみたが、そこには2人分の荷物がちょこんと置いてあるだけで中に人の気配はないようだった。


部屋は2人用の部屋と言うには手狭だが1人用と言うには広いといった具合で、向かって右奥には二段ベッド、左端には二人分のクローゼット、左右の壁に向かって長机が1つずつ、さらに中央には小さなラウンドテーブルと椅子といった間取り。


おお、これが新しい部屋……!

二段ベッドには既にふかふかの布団と枕が敷かれている。噂には聞いていたけれど、初めて見たわ二段ベッド! 上だろうか、下だろうか……。

他にも机やクローゼットを手当たり次第見て回る。


クローゼットは自分の魔力を認証させて鍵をつけることが出来る最新型が用意されていた。今はまだ未登録なので自由に開け閉めできるが、話によればドラゴンの攻撃も防ぐことが出来る程の強度を誇るとかなんとか。見た目に反してかなり大容量な所もポイントだ。

寮内の設備は学院とは違いかなり質素な雰囲気だが、私は案外こちらの方が好きだ。



その後も好き勝手見て回っていると誰かの声が近づいてくるのがわかった。私が振り返るのとほとんど同時に寮の扉が再び開いた。




「──うん、じゃあまた食堂で! あ、ごめんなさい人が居るとは……!」




扉の奥から現れた緋色の髪の少女が紫色の目を丸くし、慌ててポケットから学生証を取り出す。彼女は指先で部屋番号の印刷の上をなぞりつつ、再び口を開いた。




「ここって218号室であってる……よね? あたしはモニカ。モニカ・ハルバート。……あ! でも、貴族ではあるけどハルバート家は騎士爵家で本当に形だけだし、気にしなくていいから!」




貴族は上から順に公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵と続き、最後に領地を持たない騎士爵が存在している。ヴィレーリア王国において、家名を有するのは原則王族と貴族だけであるので相手が貴族か平民かは名前を聞けばわかる仕組みになっているのだ。




「ええ、218号室であっているわ。私はセレナ・アーシェンハイド。私も特に気にしなくて大丈夫よ、ルームメイトだもの。よろしくねモニカ」



「あ、アーシェンハイド!? ってことは貴族のお姫様じゃない! あたし、とんでもない人とルームメイトになっちゃったのね……」




それよりも、ハルバート……か。思わず眉間を抑えたくなる衝動に駆られる。附属でハルバートと来たら、もう、1人しか思い浮かべられない。モニカとよく似た緋色の髪がありありと瞼の裏に浮かんだ。




「えっ……と、ハルバートってことは、モニカはクラウス総長の……親戚さんなのかしら?」



「そうそう、おじさ……クラウス総長は父の兄弟なの。よくわかったわね」




そりゃまあ色々あったので……。

やっぱりか……まあそうだよな。クラウス総長はピアスなども身につけていなかったし独身なのは想定していたが、あー……なるほど親族か。

失礼とは思いつつも思わず苦笑い浮かべて遠い目をしてしまう。こうなってしまったからにはもう、変なことを吹き込まれてないことを祈るほかない。




「──それじゃあ、さっさと荷解きをしちゃおっか! 早く行かないと怒られちゃうし。セレナはどっちの机がいい? あ、それとベッドも」



「あ、うんそうね。私は──」




その後たわいもない会話を繰り広げながら荷解きを終わらせた。ちなみに二段ベッドについては話し合いの結果、モニカが上、私が下という話となったとだけ言っておく。




***




ほとんどの生徒が眠りにつき、寮内の灯りもほとんど落とされた頃、私はそっとベッドから抜け出して廊下へと忍び出た。二段ベッドというのは初めての経験だったから正直上でも下でも嬉しかったのだけれども、下段になって良かったと今ばかりは強く思う。


カーペットの敷き詰められた廊下に足音が響くというのはほとんどなかったが、万が一億が一を想定して細心の注意を払って足を進めてゆく。



4月とはいえ、冷え込む夜も多い。私はそっと身に纏っていたローブ──正確にはローブ型の魔道具の襟を引き寄せた。



寮棟の外に出るためには階段を降りなくてはならない。218号室は角部屋のため大きめの窓が設置されており、かつ近くには木が植えられていたため、やろうと思えば窓から外へ出ることも出来た。しかしモニカに気がつかれてしまっては元も子もないため、今回は断念することとなった。


階段を降りきり、裏口から出ようと角を曲がったとき、不意に視界の端に不規則に揺れる橙色の光が映る。柱に身を潜めつつ奥の様子を探ると、どうやら見回りをしていた寮母さんのランプの光らしい。




「(視覚遮断の魔道具があるとはいえ、流石にここを突破するのは無理か……)」




彼女が1階の見回りを終え、階上へと上がっていくのを見届け私はようやく外へと抜け出した。




──4月のヴィレーリアは風が強い。例にも漏れず今日も風の強い夜だった。


生徒達が寮で寝泊まりするように、教員達にも部屋が与えられている。それは常勤であろうが非常勤であろうが同じこと。現に、消灯時間を過ぎた今でも教員棟の方ではちらほらと灯りが付いているのが見てとれる。




「(騎士団長達に用意されている部屋は2階の東側……)」




昨夜告げられた言葉を幾度も頭の中で繰り返す。不意に「こんなことをして大丈夫なのだろうか」という思いが浮かんできたが、私はその考えを振り切った。

……仕方があるまい。こうするしか方法がないのだから。



今日一日、学校を見て回ったが寮を忍び出ることは出来ても忍び入ることは出来ない、というのが私の見解だった。となると建物内に入れないのならば、外から侵入する他ないだろう。


見上げた先には、私達の寮でもそうだったように、教員棟にもまた、木が一定間隔で植えられていた。ちょうど3階ほどまで枝葉を伸ばし、15歳の少女1人を支える事の出来そうな木が。




私──セレナ・アーシェンハイドは“稀代の悪女”と謳われ、非業の死を遂げた侯爵令嬢である。

私の噂の中には“毎日のように商人を呼び寄せて宝石やドレスを買い漁っている”とか“領民からの税で毎日男を買って遊び暮らしている”などという全く以て事実無根のヤベぇ物もいくつか存在していた。

真面目に学校に通っているのにどうしてそんな噂が回るのか私には理解しがたい。第一、ねだられた物は何でも買い与えルーナと遊び暮らしていたのは王太子の方だというのに! ……いや、もしかすればあの噂は王太子に対する皮肉だったのか……?


まあしかし実際は、あるときは領内を駆けずり回り、またあるときは暴れ馬と名高き馬を乗りこなし、挙げ句の果てには泥んこになって帰ってきて馬鹿みたいに怒られる、というそれはそれでちょっとヤベぇ令嬢だった。

……自分で言ったものの、なんだか悲しくなってきたな。



とにかく! そんなやたら活動的な令嬢な私は、侯爵令嬢でありながら木登りが出来る。むしろ得意分野だ……いや、得意分野が木登りってなんだよ。

そんな自問自答……自問自答? を繰り返しながら私は木をするすると登っていった。



幹を登り、体を支えられる程度の枝へと移った私はそのままとある部屋のバルコニーへと飛び移る。

多少物音がしてしまったが、まあ視覚遮断の魔道具を身につけているし大丈夫でしょう! そう信じて私はバルコニーからバルコニーへと渡り歩いていく。


目的の部屋のバルコニーに到着すると、まずはじめにローブを脱ぎ、私はそのガラス戸を3回ノックした。レースのカーテンで締め切られた室内にはまだ明かりが灯っているため、部屋の主はまだ起きていることだろう。

間もなく、カーテンが開かれ驚いた表情の彼──グレン様が現れる。




「……私は、夢でも見ているのでしょうか」




冷静に状況を分析しつつも困惑した表情を隠しきれないグレン様に、ムクムクと悪戯心が湧き上がって来る。




「──こんばんは、グレン様。……夜這いをしに参りました」



「……は?」




私の突然の発言に、グレン様はぴんっと耳を立て、まるで目が覚めたような表情を浮かべる。基本的に冷静なグレン様の驚愕の表情……! これはいい物を見てしまった。

はくはくと口を動かして何か言いたげ──しかし二の句が告げない様子を見るうちに、湧き上がっていた悪戯心がおさまっていくような気がした。

あらかた満足したので私はとっとと訂正をする。




「というのは半分冗談でして。我が父、アーシェンハイド侯爵から、ブライアント辺境伯家長子グレン様宛ての、内密の手紙を届けに参りました」




入学早々、“秘密裏に手紙を届けて欲しい”なんて、人使いの荒いお父様である。


私が懐から取り出したその白い手紙を見留めるとグレン様は、ふっと表情を緩めた後「寒いでしょうから」と私を中へ招き入れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >というのは半分冗談でして つまり夜這いの残り半分は本気ですねわかります。 [気になる点] >苗字を有するのは〜 世界観的に“家名”の方がしっくりくるかな?と思いました。 >廊下へ…
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