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第55話 従兄弟

まず結論から言うと、入学式は恙なく終わった。途中、長ったらしい祝辞のお陰で何度も船を漕ぎかけたが、こっそり手の甲を抓ってみたり、以前お兄様が教えてくれた祝辞の途中に挟まる「えー……あー……」といったような言葉を数えるという方法で何とか耐えきった。

まさか最前列に並んでいる侯爵令嬢がそんなことを考えながら自分の話を右から左に流しているとは誰も思うまい。ありがとう、お兄様。そして、ちょっとどうかと思います、お兄様。


どうにかこうにか入学式を終えると、私達新入生は係員──2年生の指示に従って別室へと移動する。

事前に知らされていたプログラムによれば、この後は適性検査や学生証作成などがあるらしい。




「──それでは、それぞれの列に並んで下さい!」




まずは学生証の作成からだ。

作成、といっても私達は特に何をするわけでもなく、用意された魔法具に魔力をちょっと注ぐ程度の簡単なお仕事。後は魔力を元に自動で名前や魔法属性、生年月日や割り当てられた寮の部屋番号に至るまで全てカードに印刷してくれるのだから便利なものだ。


係員の指示に従って列を成していると、不意に誰かが私の肩をつつく。驚き、振り返るよりも前に、懐かしい声が耳元で囁かれた。




「──よ、セレナ」



「ネロ……!」




仰ぎ見た彼は、口元に人差し指を添えた後「また後でな」とぼやきつつ、ひらひらと手を振って立ち去ってしまった。長い間手紙のやりとりはしていたものの、顔を合わせたのはあの一件以来だ。背もぐんと伸び、髪も伸ばして、しかしあの頃の面影を残したままの大人びた顔つきをしていた。たった3年、されど3年。驚きの成長具合である。



──それに比べて、私は……。

私は無意識に己の胸を見下ろした。家系的にも、もともと豊満な方ではないが、なんとなく前回の時よりも一回り二回り小さい気がする。断崖絶壁……ではないんだけど……ねぇ?

背は伸びてもこっちの成長は見込めないらしい。むしろ縮んでるような……。



悲しみの眼差しを胸部に向けていると、あっという間に私の番が回ってきた。私は説明を受けたとおり、手をかざして魔力を注ぐ。すると、箱形の魔法具の右脇についたハンドルが勝手にくるくると回り、あっという間に銀色の薄い板──学生証らしきものが飛び出てきた。




「はい、これは君のね。再発行は出来るけど、出来るだけなくさないように。……じゃ、経路に従って次の部屋に移動してね」




飛び出てきた学生証を係員から受け取る。出来たてだからか、その学生証はまだ少しばかりの熱を孕んでいる。

……ふーん、学院に入学したときにも同じ作業をしたけれど、やっぱり魔法具って凄いな。

天井から釣り下がる照明に学生証を翳すと、きらりと縁が煌めいた。




***




「あっ、いたいた! セレナ様、一緒に移動しましょう!」




まだ熱を孕んだ学生証を弄りつつ別室へ足を踏み入れると、前方から小さく潜められた声が飛んできた。ふっと視線を前に向けると、3人ほど誰かが並んでいるのがわかる。どうやらソフィア、ルキア、そしてネロという珍しい組み合わせらしい。




「あら、珍しい組み合わせね」



「ついさっき、そこで会ったんですよ。……そういえば。セレナ様、部屋番号はどうでしたか?」




そういえば、学生証には部屋番号が刻印されているんだよね。ソフィアに言われるがまま、上から順に部屋番号の欄を探していく。




「私は218号室みたい」



「あ、じゃあお隣の部屋なんですね! 218号室って角部屋なんですよ。いいなぁ……」



「俺とネロは105号室だったんだ」



「へぇ、女子寮は2階なんだな」




1年生の寮は1階が男子寮、2階が女子寮と決められている。部屋割りは身分やその他要素関係なく、完全ランダムで割り振られているのだとか。だから王子と平民が同じ部屋ということもザラにあるし、対立している貴族の子息同士が同室なんて事もあるらしい。ルキアやネロのようにばったり廊下ではち合わせない限りは、全てのプログラム終了後まで相手はわからない。

こういうの、ちょっとドキドキするよね……!子供のようにドキドキと小さく踊る心臓に目を逸らしつつ、私は別の話題を口にしようとした──その瞬間だった。




「──よう、趣味悪令嬢。実に6年ぶりだな。久しぶりの再会を祝して抱擁でも交わしておくか?」




うげ……この声は間違いないわ。ある意味因縁ともいえる人物の声に、私は思わず苦虫を噛み潰したような心地になった。振り返りたくない。超、面倒臭い!私この人苦手というか嫌いなんだよな……。けれど禍根を残したいわけでもない。本当は無視していたいところだけれど、相手が高位貴族だし……。そんな葛藤を抱きつつ、私はゆっくりと声の主を振り仰いだ。




「……ご機嫌よう、アベル・アラバスター様。そしてさようなら」




──アベル・アラバスター

アラバスター公爵家の次男で、私の母方の従兄弟といえる存在。その性格は傲慢、強欲、憤怒と七つの大罪のうち3つを獲得しているヤベぇ奴である。歳が近いこともあってか、会う度にこうやって絡んできては去って行く、質の悪い男だ。なお、弟がいて、その弟は今年附属に入学予定である。つまるところ、同級生だ。




「なんだ冷たいな、いつもみたいにアベルお兄様と呼ばないのか」




……アベルお兄様なんて呼んだことないし。というか、そもそもそんなに親しくないし!

お母様と実家の仲は良好のようだが、私自身母方の親族達と顔を合わせた経験はあまりない。だというのに顔を合わせれば頻繁にだる絡みしてくるこの男はなんなのだろうか。


私が黙っているのを良いことに、アベルは更に言い募る。




「ふーん、生意気に育ったな。それもこれも、全部愛しの婚約者殿の影響か? ……獣人はまともな挨拶も出来ないんだな」



「……は?」





どうやらこの男の思考回路では、私の評価がそのままグレン様の評価に繋がっているらしい。

アベルの言葉に反応して、ルキアが顔を顰めた。うちの馬鹿がごめんね……。



本当に、何言ってるんだコイツ。いくら選民思想があってもそうはならないだろ。というか礼節も守れない奴が騎士団長になんかなれないし、そんなこともわからないなら1年生からやり直したら良いんじゃなかろうか。──次々と浮かんでくる罵倒の言葉をぐっと飲み込む。

落ち着け、セレナ。相手は高位貴族、しかも先輩。頭ごなしに罵倒するのは悪手だ。

つまり正解は──こう!




「……自分が初恋の人で婚約者のイザベラ様と上手くいっていないからって、僻むのはどうかと思います」



「は……?」



「ついでに可愛がっていらっしゃる子犬のチェリーさんに中々懐いて貰えない八つ当たりを、私にしないでいただけませんか? いくらグレン様が犬系獣人で羨ましいといっても……それはあんまりです」




哀れみの視線を投げかけてやれば、アベルの顔は茹でた蛸のように赤くなる。

図星でしょう? 図星なんでしょう?

私には理不尽を捻じ伏せるだけの力は無いが、その代わり前回分の知識はある。その情報が本人にどれだけの効果をもたらすのかは定かではないが、今回の場合は上手くいってくれたらしい。

アベルは口をはくはくとさせながらも押し黙ってしまった。ルキアもなにを思ってか「あの、俺ので良ければ触るか……?」と耳を差し出している。

ルキア、多分それ逆効果……。そう思いつつも面白いので止めたりはしなかった。あら、私って意外と悪女……?





「──いや、結構だ。悪いが俺はまだ仕事が残っているんでね」



「あら残念ですけれど仕方がありませんね」




もし引き下がってくれなかったら、お兄様から押しつけられた「獣人の素晴らしさに関するレポート」を音読してやろうと思ったのだが、出る幕がなくて残念だ。


早足に立ち去ってしまったアベルの背を眺めつつ、私はべーっと舌を出してやった。

ふん! おとといきやがれ!

新章に入りましたので、怒濤の新キャララッシュです。ご容赦下さい。

ちなみに兄がアベルで、弟がカインです。

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