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第54話 入学式前

遂にやってきてしまった入学式当日。といっても総合点が下から3番目の私に、新入生代表の挨拶などと言った大それた役割が回ってくるはずもなく、落ち着いて入学式に臨めそうだ。

代表とか生徒会とか責任のある役職って苦手なんだよな……ないならないに越したことはない。




「お嬢様、お荷物は以上でよろしいでしょうか!」



「ええ、それで全部よ! ありがとうマルトー」




家中のマルトーを始めとした若い執事達が私物を詰めたトランクを運び出していく。私物、といってもその量は大した物ではない。制服や着替え、下着類と、それから日用品と本やレターセットなど僅かな趣味の物。

学院とは違い、附属では1年生の間は相部屋で過ごすらしい。2年に上がれば個室を貰えるが、学校生活の半分は相部屋で過ごすわけなので沢山の私物を持ち込むわけにはいかない。


相部屋、相部屋ね……! 学院は入学時から卒業までずっと個室のため、ちょっとわくわくしている。



3日前袖を通したばかりの、まだ新しさを失わない制服に再び袖を通す。

附属の制服は多少違いはあるのだろうけれど、基本的に男女同じデザインとなっている。そのため、騎士団でもそうであるように女子生徒もズボンスタイルなのだ。

貴族令嬢は狩りにでも行かない限りズボンなんて早々履かないので、なんだか新鮮な感覚だった。好き嫌いが別れるようだが、動きやすいし保温性もあるし私は結構好きだったりする。



しわやゴミは無いだろうかと姿見の前で睨めっこをしていると、不意に誰かがクローゼットルームの戸を叩いた。

そう暫くせずに、見慣れたお団子頭がひょいっと顔を覗かせる。




「お嬢様、御髪を整えに参りまし──えっ!」




紐と櫛を携えながら自信ありげに現れたメルが、目を丸くしながら素っ頓狂な声を上げる。

え、何? 虫でも居た?と首を傾げて見つめ返すと、メルは震えた声を零した。




「お、お嬢様、ご自身で結ばれてしまったんですか……!?」




──ああそうか、髪ね!

そこでようやく、メルは私が自分で髪を結んだことに対して驚いているのだと合点がいった。確かに毎日結んで貰っていたから驚くのも無理はないかもしれない。


基本的に、附属に使用人を連れて行くことは叶わない。そうなると必然的に身の回りのことは自分で出来るようにならなくてはいけないので、私も色々──自炊や髪を結ぶことを練習したのだ。貴族令嬢はその生活習慣上身の回りのことが出来なくても、平民は普通に出来るからね。むしろ騎士としてやっていくならば出来ないと困る。

……まあ、私は騎士としてやっていくつもりはないけれど。




「ええ、あ、うん。そうね。おかしくはないかしら?」



「はい、それはとても……」




賛辞の言葉を口にしつつも、悲し気なその表情を隠し切れていない。

なんだか、耳を垂らした子犬みたいだわ……。そう思うとチクチクと良心が痛み出す。ま、まあ別に何度やっても悪い物ではないしね? 明日から毎日自分でやるしね……?

謎の言い訳をしつつ私はそっと自分の髪を解いた。




「……やっぱりメルにやって貰いたいわ。自分でやると、すぐ崩れちゃうんだもの……?」



「……! はい、お任せ下さい!」




花も綻ぶような明るい笑顔を浮かべるメルに、私は曖昧な微笑みを返した。ま、まあ、良いんだよ別に。誰も損してないし、幸せならそれで。




***




ヴィレーリア王国騎士団附属アルカジア学院、その裏門。天空へと向かって聳える門の二柱は、見るものを圧倒させる堅牢さを孕み、分厚い鉄製の門は新入生を乗せた馬車達を迎え入れようと開かれていた。




「申し訳ありません、暫く時間がかかりそうです……」



「気にしないで、マルトー。ゆっくり行けば良いわ、それにまだまだ時間には余裕があるもの」




学院とは違って、附属は平民の生徒も少なくはない。そのため特別に王都から附属までを行き来する馬車も出ているとかで、裏門はかなり混雑していた。私を乗せたこの馬車も門付近までは来ていたのだが、ここからまた校内の馬繋場までは距離がある。進みも大して早くないのでもうしばらくはここで待機するのだろうなと思っていたところだった。


謝罪の言葉を口にしながら、いかにも申し訳なさそうに眉を下げる御者──マルトーを元気づけるよう、そう微笑みかける。そう、マルトーは執事でありながら御者も出来るハイスペックな男なのだった。噂では趣味は料理で裁縫が得意らしい。こんな素晴らしい執事がいるだなんて、お兄様は幸せ者だ。


そんな余裕の笑顔を浮かべて見せていたわけだが──その実、私の心臓は今にもはち切れんばかりに大暴れしていた。


だって新しい学校だよ!? 上手くやっていけるかな、とか友達は作れるかな、とか普通にドキドキするでしょう!?

私はその感情を押し隠すように、マルトーに声をかけた。




「……そうだ、キャラメルはいかが?」



「いえ、私のような使用人にそのようなお気遣いは……」



「あらキャラメルは嫌い? それなら……ほらほら、クッキーもビスケットもあるわよ」



「な、なんでそんなに……!」




ポケットから無限に出てくるお菓子の山に、マルトーは目を白黒させる。

何故私がこんなにお菓子を持ってきているのか? ふっふっふ、その疑問にお答えしましょう!

正解は──家のメイド達に餞別として山ほど貰ったからだ。皆私のことを子供扱いしすぎな気もするが、貰えるというのは嬉しいことである。

とりあえず、遠慮するマルトーの胸ポケットに街で評判のキャラメルと、メルお手製のクッキーをいくつかねじ込んでおいた。

いつも温かな感想をありがとうございます……!

全てに目を通して、執筆の励みとさせていただいております! これからも沢山の方に楽しんでいただけるよう精進して参りますので、どうぞお付き合いただけますと幸いです。

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