第51話 叙任式2
「──この宣誓をもって、汝を騎士に任命す」
そう宣誓した陛下が右手に握った剣で、跪いたとある新兵の両肩を叩く。顔をうつむけ真剣に儀式に臨んでいるものの、紅潮したその頬は隠しきれない。そんな新兵の様子をチラッと見て、私は再びグレン様に視線を戻した。
うん、先ほどは色々重苦しいことばかり考えていたけれど、今はどうにもならないのでとりあえず思考は後回しにする。それよりも叙任式を──グレン様の新衣装を楽しもうではないか。
黒の制服も中々似合っていたが、やはり白も捨てがたい。デザインは一般団員でも団長クラス以上でもみな同じではあるが、見比べてみるとかなり雰囲気が違う。片肩から前部に吊り下げられた金糸の飾緒が日の光を受けて煌めいた。
新兵の代表者数名の式を終えたあと、遂にグレン様の順番が回ってきた。国王陛下の前に跪くと、近くのいずれ同級生となるのであろう少女達が色めき立つ。
──うんうん、そうでしょう? 格好いいよね、もはや国宝と言っても差し支えないよね! 本当、私が王太子から逃げ切るためだけに巻き込まれていい人材じゃなかったよなぁ……。
グレン様は慣例通り自分の剣を鞘から抜き出し、それを陛下に献上する。陛下は剣を受け取った後、跪いたグレン様の両の肩に剣の刃を置き騎士叙任の宣言と騎士に与えられる誓いの言葉を唱えた。
「──謙虚たれ、誠実たれ。礼儀を重んじ、いついかなる時も裏切ることなく、欺くこともなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましくあれ。己が品位を貶めることなく、民を守る盾と、主の敵を討つ矛となるように。そして、今この時から任を解かれるその日まで、騎士である身を忘れることなかれ。……この宣誓をもって、汝グレン・ブライアントを第二騎士団長に任ずる」
宣誓の言葉を唱え終えると、陛下はグレン様に向かって剣を向ける。
グレン様は差し向けられた剣の刃に口づけをし──そうして、ここに1人の騎士団長が誕生した。
***
叙任式もつつがなく終わり、入隊祝いだの昇格祝いだので一杯飲みに行こうと周囲の人々がざわめき始めた頃、群衆の向こうに見覚えのある狼耳がチラッと見えた。
「──兄貴、こっち!」
すかさずルキアが手を振りつつ声を上げると、そう暫くせずにグレン様が現れた。ぱち、と音を立てるように目と目が合って私は慌てて視線を逸らした。
──いや、ね?遠目に見ててもあれだけテンションが上がったというのに、これだけ近くだとなんというか……目が潰れそうになると言いますか……? 芸術鑑賞品は見る物であって使う物ではないように、イケメンは遠目で観察してキャッキャする物で別に認知はして欲しくないというか。
そんな思いもあって私はこちらに寄ってきたグレン様と、さり気なーく、ほんの少しだけ距離をとった。
「……セレナ?」
「は、はい? なんでしょうか?」
気持ちちょっと距離をとっただけだったというのに、グレン様は訝しげにこちらを見つめている。
うん、流石は最短で騎士団長に上り詰めた男。相手のちょっとした動作にも目聡い……! 本当は尊敬するところなのだけれど、素直に尊敬できない自身がちょっぴり憎らしい。
こんなこと言いたくは無いが、正直グレン様の顔立ちはタイプだ──いや、むしろドストライクだったと言っても過言ではない。今までは“巻き込んでしまったから”とか“今だけの関係”と1つ距離を置いて眺めることが出来たが、現在のように危機が取り去られて……となると途端に意識が芽生える。
──いや、最低だから! 生きるためとはいえ嘘を吐いた上に利用した癖に!
……そう思うと“稀代の悪女”などという根も葉もない渾名も、あながち嘘ではないのかもしれない。
私は平常心平常心と自分に言い聞かせながら何とか顔を上げた──次の瞬間、グレン様の端正な顔に“驚愕”の色が閃いた。それと同時に、私の視界にふっと影が差し、後ろから肩にポンッと手を置かれた。
「セリア?」
「……え?」
聞き覚えのないハスキーボイスが頭上から響いた。
かすれ気味で囁くような声にも関わらず、よく通る声で聞き取りやすく、不快というよりむしろ心地よい声。これが俗に言う“イケボ”なるものなのだろうか──と的外れなことを考える。
まあ名前は違うけれど、呼びかけられたのだから反応せざるを得ない。なんだろう怖いなぁ、嫌だなぁ──とうじうじしている間に肩に置かれていただけだったはずの手に力が込められるようになる。私は慌ててその手を払いながら振り返り──発するはずだった言葉を1度飲み込む羽目になった。
「……瞳の色が、違う?」
怪訝そうな表情で、私をじっと見下ろすその男の名を私は知っていた。
年頃は私の両親世代か、それよりももう少し若いくらいの成人男性。騎士団内でも高位の役職に就く者のみが纏うことを許されている白い制服。国の慣例に従って国王から恩賜されたのであろう高い襟のマント。そして何より嫌でも目を惹く、紅く燃える髪に鳶色の瞳。
「ご機嫌よう、クラウス・ハルバート……総長」
クラウス・ハルバート。
ヴィレーリア王国騎士団の総長にして、国内最強の名を恣にする武人である。




