第5話 恋バナ
王城に再び足を踏み入れたのはあの朝からそう時間の経っていないある日の話だった。
兄と、一連の騒動を聞きつけて急遽王都へ帰宅したお母様と馬車に乗り、王城の正門をくぐり抜ける。
本当はお父様が来るべきだったのだろうけれど、現在隣国の要人を接待中のためお母様が臨時で付き添いをしてくれたのだ。
お母様は帰宅して早々私の頭に拳骨を落とした。
お母様は見た目は華奢な淑女そのものだが、その実、かつて王妃殿下直属近衛隊の隊長を務めたバリバリの武人でもある。
恐らくお母様は手加減してくれていたのだろうし、私も雷系身体強化魔法である程度カバーはしたけれど、今の私は12歳の小娘。
結局、殴られた衝撃で暫く意識を飛ばすはめになった。
ついでに、兄は自業自得だと言って慰めてくれなかった。
まあ、それはしょうがない。予想していたことだ。
それに、無実の罪で牢獄に閉じ込められ、殴られるわ蹴られるわ寒いわ痛いわのあの日々と比べたら百倍──いや、百万倍マシだ。
近衛隊隊長の職を辞し、普段は淑女の鑑と讃えられる程のお母様が肉体言語に頼ったということは、言わずもがな、相当怒っていらっしゃるということ。
王都にあるアーシェンハイド邸から王城の正門へ、また正門から馬繋場へと馬車を走らせる間、重くるしい雰囲気が続く──と思いきや。
「それでそれで、セレナちゃんはグレン・ブライアントのどこに惚れたのかしら?」
案外、恋バナに花を咲かせていた。
「……いや、それはその」
「あ、もしかしてセベクに聞かれるのは恥ずかしい……? そうよね、兄とは言え異性だものね。じゃあお母様にだけそっと教えてくれるかしら?」
食い気味のお母様から、お兄様の方へと視線をずらして助けを求めると、兄はふるふると首を横に振った。
──救援失敗! お兄様の馬鹿!
後にお父様から伝え聞いた話だが、若い頃のお母様は既に騎士として名を揚げており、男装の麗人と同世代の少女達からもてはやされて恋バナをしたことがなかったそう。だから、恋バナをする──しかも自分の娘と! ということでテンションが上がっていたのではないだろうか、と。
当然その時代のお母様のことを知らない私には、現時点でそれに思い当たる術はない。
「お、お母様は怒っていらっしゃったのではないのですか!?」
「……ええ、怒っていたわよ? みんなに迷惑をかけた──だから拳骨を落としたわ」
それに何か問題が? と、お母様は恋バナにキャッキャしていた時と変わらぬ、無邪気な笑顔で首を傾げる。
いやいやいや、怒っていたならこう……不機嫌になるとか? 口も利いて貰えないとか? そういう流れになるんじゃないの?
少なくとも王太子はそういうタイプだったし。
しばらくは怒られ続けるものだと思っていたのだけど──まさか拳骨1つで終わり? 確かに痛かったけれども……。
お母様は呑気に首を傾げていたが、やがてふっとその顔から感情が抜け落ちる。
「セレナ、ブライアント家の爵位は分かるわね?」
「え? ええ、ブライアント辺境伯ですわ」
「そう、侯爵家と辺境伯家の差は、階級1つ分。加えて、グレン・ブライアントには婚約者がいない。身分がある程度釣り合っていて、婚約者もいない……」
お母様の瞳に、強い光が灯った。
「──そんな相手に恋するのがそんなに悪いことかしら?」
お母様は「私は、そうは思わないわ」と呟きかぶりを振る。妙な沈黙が馬車内に広がった。
「貴方が責めを負うべきは、騒ぎを起こし周りに迷惑をかけたという点のみ。けれどその騒ぎだって大したものではなかった。会場から退出したときも、体調不良名目で退出した──そうよね、セベク?」
「ええ、あの時セレナは確かに正気ではないと思っていたものですから」
「私は先ほど“母親”として、貴方を叱りました」
叱るというか……肉体言語ですよね? なんて野暮なことは言わない。
ここは黙って聞いておくに限る。
「ならばもう、私に怒る権利はありません。セレナ・アーシェンハイド、貴方も自分のしたことならば最後までやり通しなさい」
「お母様……!」
……何言ってるのかさっぱり分かりませんけれど、ご機嫌ならばセレナは嬉しいです!
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