第48話 良い夜を
この度とある出版社様よりお声がけいただき、恐れ多くも当作品『逆行悪役令嬢はただ今求婚中~近くに居た騎士に求婚しただけのはずが、溺愛ルートに入りました!?~』が書籍化、コミカライズをすることになりました……! ありがとうございます!
また、今話が第一部最終話となります。
午後に間に合えば第二部1話を上げたいと思っています。
加えて、第二部からは私生活とストックの兼ね合いもあり、当分の間は毎日更新から火曜日と土曜日の定期更新とさせていただきたく思います。
定期更新になっても皆様に楽しんで頂けるような作品を目指し頑張ります。
どうぞこれからも、よろしくお願いいたします!
私の視線に微笑みながら、グレン様はそう言いながら差し出してきたのは白のリボンで丁寧に包装された小箱だった。サイズは私の両手にすっぽり収まる程度。ブローチか何かかな? と予想をしながら、リボンを解いていく。
そうして蓋を開けると、箱の中には蝶を象った銀色の透かし細工の髪飾りが鎮座していた。
「髪飾り……!」
透かし部分にはめ込まれた大粒の魔石が光を受けてきらりと煌めく。両羽の大部分の透かしに填められていたのは魔石だったが、最下部──尾状突起部分だけは薄紅色の宝石が填め込まれている。
「毎年冬に領内に出た魔物を一掃していたのですが、例年よりも少し大型のが出現しまして。その中の一頭の魔石が蝶のような不思議な形をしていたので、その形を残して髪留めにしてみたのですが……どうでしょうか?」
「す、すごいです、綺麗ですわ……!」
「お気に召していただけたのなら嬉しい限りです」
魔石は基本的に菱形で発見されるが、Aランクを超える魔物であれば卵形やハート型、珍しいものだと剣型や大盾のような形のものも見つかることがある。当然、大きな菱形で見つかることもあるけれども。壊さないようにそっと取り出して光に透かすと、キラキラと魔石に含まれていた魔素が煌めく。
──これ、希少価値もそうだけれど、相当高いんじゃない……!? 壊すつもりはさらさらないけれど、慎重に取り扱わなくては……。気を引き締めて丁寧に丁寧に髪飾りを箱の中に戻そうとしたその瞬間、そっと私の手にグレン様の手が重ねられた。
「触れても?」
「……え」
「──ああ。髪に、ですよ?」
ちょっとドキッとしたけれど、なるほど髪か……! こくこくと頷いて肯定をすると、グレン様は恭しい手つきでメルの手渡した櫛で私の髪を梳き始める。途中で煩わしそうに身につけていた白の手袋を口で咥えて剥ぎ取った。──わお、やっぱりやる人がやると様になるんだね、それ。右側に髪を集めその束を手早く髪紐で纏める。サクッと軽い感触の後、メルが差し出してくれた手鏡を覗けばきちっとまとめられた髪に細工の蝶が留まっていた。
「……すみません、人の髪を結うのは初めてでして」
「いいえ! ありがとうございます」
グレン様はそんなふうに謙遜するが、本当に初めてかと疑いたくなるほどの出来栄えだ。きちんとした夜会用のドレスを纏えばさぞかし映えることだろう。
「似合いますか?」
「想像以上にとても良くお似合いです。──今日、直接届けに来て良かった」
グレン様はそう言いながら、自然な仕草で私の髪を一房手に取った。そして、壊れ物を触るかのようなゆっくりした手つきで──実際はもっと早い出来事だったのだろうけれど──取り上げた一房の髪にそっと唇を寄せた。
「っ……!?」
「ぎゃあ!」と叫びそうになったところをすんでの所で堪える。ひ、ひぇ……何てスマートな。嫌ってわけじゃなくて単純に驚いただけだけれども「ぎゃあ」は流石に失礼すぎるよ……ナイスだ私、よく堪えた。代わりに、鏡越しに赤くなる私の顔とグレン様の満足そうな笑顔が見えた。
「ず、ずるいですわ」
「そうでしょうか?」
私の苦し紛れの照れ隠しに、グレン様はいつものように余裕たっぷりに喉を震わせて笑った。
***
「やーい、不良令嬢。……こら、お兄様を無視して部屋に戻ろうとするんじゃない」
「……お兄様」
グレン様と別れた後、両親に見つかる前に早く自室に戻らねばと急ぎ足で廊下を駆け抜けると、ちょうど自室前に“ソレ”は居た。赤らんだ頬と、相対的に乱れることなくきちっとしたままの白シャツと左手に抱えられたローブ。壁に背を凭れ掛けながら、ニヨニヨと地味に腹が立つ笑顔を浮かべた青年。──そう、酒に酔った兄である。酔っ払いの相手は面倒臭い……うちのお兄様は特に。目と目が合ったら負けだ。確実に絡まれる。幸い我が家の廊下は広いので無視して駆け抜けてやろうかと思ったが、無駄に長いその腕にあえなく阻まれてしまった。
「素敵な感謝祭の夜ですわね、お兄様。何かありましたか?」
「冷たいな、我が妹は。健康優良児ならもうとっくに眠っているはずの時間だが?」
いや、お兄様が手引きしたんでしょうが! と思いつつも、私はニッコリ笑顔を貼り付けてあらかじめ用意していた言い訳を口にした。
「眠れなくて……少し庭園に散歩へ」
私の言い分を聞いたお兄様は少しの沈黙の後、「なるほど、そう言う筋書きか」と呟いた。
……私はなんの茶番をやらされているのだろうか。自室に戻りたいな~帰りたいな~と視線で訴えかけたものの、残念ながら酒の入ったお兄様にその思いが届くことはなかった。お兄様は何やらがさごそと自分のローブのポケットに手を突っ込むと、手のひらに収まる程度の何かを取り出した。
「ほれ、感謝祭のプレゼント──もとい優しいお兄様からの餞別だ」
その言葉と共にお兄様はプレゼントと称されたそれをこちらへ投げた。ぽーんと緩やかな弧を描いてそれが宙を舞う。危ないながらも何とかキャッチしてよくよくそれを観察すれば、なんと小さな箱形の何かだった。ああ……うん、そりゃプレゼントを剥ぎ身で渡すことはないよね……。とっとと蓋を開けて退散しようとすると、待ったをかけられた。
「それを開けるのはお前が成人してからにしろ」
「……何故ですの?」
「それはお守りみたいなものだからな。ここぞと言うときに開けてくれ」
よくわからないが、用意した張本人がそう言っているのだしとりあえず従っておくか。よくわからないけど!
肯定の意を込めて私が頷くのを見届けると、お兄様はひょいと道を空けてくれた。ああ、ようやく帰れる──なんて安心して部屋に一歩足を踏み入れたその瞬間だった。
「セレナ、お前なんだか少しだけ変わったよな」
「──え?」
くるりと振り返ると、訝しげな表情のお兄様が立っていた。
「ど、どういうことでしょうか?」
「ここ一年程度の話だ。具体的に言うと……そうだな、お前がグレンに会ったくらいから」
グレン様に出会ったときから──つまるところ逆行して以降の話、か。なんの脈絡もない、しかしある意味的確なその問いに心臓が跳ねる。お兄様の癖に、鋭い。……いや、それよりもいつから?質問の仕方的には“逆行してます!”なんていうおかしな真相には辿り着いて居ないようだけれど。
お兄様が一歩こちらへ脚を踏み出す。
「──仕草も、話し方も、今までのお前と寸分の違いもない。だというのに、どことなく変化を感じる」
「……そうですか」
「どうしてだろうな。心当たりはあるか?」
逆行してから約1年。お兄様に真相を打ち明けようかと悩んだことは何度もあった。お兄様に限らず、メルやノーラ、ルイーズにだって。……けれど、結局今日まで打ち明けることはなかった。理由は単純だ。前回においてお兄様も、メルもノーラもルイーズも、結局私のことを助けてくれることはなかったから。
酷い言い方をすれば、信用に足りないと。正確に私の感情を言語化するならば──怖かったから。
私が誰かに真実を打ち明けることはこの先にもきっとないのだろう。私が傷つかないようにするために、誰かを巻き込まないようにするために。……といっても、もう多くの人を巻き込んでしまったけれど。
「(……それでも、獄中死するのは私だけで良い)」
私は立てた人差し指をそっと己の唇に寄せた。
「理由は、内緒ですわ! それに私もお兄様の考えを読むことは出来ませんもの」
「……お互い様、ということか」
「どうしても、その疑問を解決したいというのならば私からお兄様にとっておきの答えを差し上げます」
私は口元にとっておきの笑顔を貼り付けて言った。
「私が変わったのは、きっと恋をしたからですわ!」
いやぁ……私が変わったのは手酷く婚約者に裏切られたから、なんて口が裂けても言えないや。
「それではお休みなさいませ、お兄様。良い夜をお過ごしくださいませ」




