第47話 応接間
大人達に気がつかれないよう、広間には近づかずぐるりと遠回りをして応接間室へと向かう。
久しぶりに会えて嬉しいと思う反面、わざわざお越し頂いて申し訳ないという気持ちが胸の底に在る。
──でもせっかく来て貰ったのだから、粗相のないようにしなくては……!
「緊張していらっしゃいますか?」
「……ちょっとだけ」
メルのその問いかけに私は苦笑いを浮かべた。
もちろん冬の間も定期的に手紙のやりとりはしていたけれど顔を合わせるのは実に数ヶ月ぶり。うん、やっぱり緊張……して当然だよね?
応接間室に到着しても中々その扉に手をかけようとしない私を、メルは辛抱強く待ってくれている。くそ、もっとちゃんと心の準備をしてくれば良かった……!
「よ、よし、いくわ……!」
「お嬢様、お顔が歴戦の戦士のようになっております! 笑顔大事!」
覚悟を決めて1つ頷くと、メルが扉を開けてくれる。そして扉の奥に見えたのは──
「……ひゃっ! 何事ですか!?」
「ああ、すみません。警備員か誰か男手を呼んできていただけませんか?」
メルが驚きのあまり悲鳴を上げる。
それもそのはず、中に居たグレン様は我が家の使用人の服を纏った──しかし見覚えのない女を床に取り押さえていたのだから。
がっちりと取り押さえられた女の口からは、潰れた蛙のようなあまりにも悲惨な声が零れ落ちる。そんな女に目もくれず、グレン様は困ったように眉を下げつつもにっこりと微笑んでいる。
──え、何? 何で……?
グレン様の発言や状況を鑑みるならば不審者を取り押さえたと考えるのが妥当だろう。普段の私ならきっとそう判断していた。
しかしその時の私は何を思ったのか──混乱に混乱を重ねた末、1つの答えを導き出してしまった。
「……浮気?」
「まさか、お嬢様という人がありながら!?」
「──は!? 違います!」
私達が三者三様の反応を繰り広げる中、グレン様の下敷きとなっている使用人は再び悲痛な声を零した。
「ぐ、苦しい……」
***
メルが少し間を置いてから我に返ったかのように他の使用人達を呼びに行き、ようやく使用人モドキは拘束された。
うちの使用人のフリをして侵入してきた不審者であり、応接間で待機していたグレン様にナイフで襲いかかったところを取り押さえられていたらしい。確かに壁際には不自然にナイフが転がっていた。
グレン様はお忍びでやってきていたし、本館の方の大人達のパーティーのために人員を割いていたこともあって、その場にいたグレン様一人で対応された。
そこに私達が到着して──今に至る、と。
流石に浮気ではなかったらしい。いやぁ、以前の婚約者で、人の家にアポなしで押しかけては婚約者の義妹とイチャついて挨拶もせずに帰るというクソ野郎が居たものでつい……。
自業自得なのだが浮気発言のせいでどことなく間の悪い雰囲気が私達二人の間に降りる。
──話すことが、ない! いや、沢山話したいことがあったのだけれど全部吹っ飛んでしまった!
メルが白磁に金の絵具の華やかな花々が描かれたティーポットを傾けると、柔らかな蒸気と共に薄茶色の液体がティーカップに注がれる。目の前に差し出されたティーカップにミルクと蜂蜜を注げばいつものミルクティーの出来上がりだ。それを一口含んで、私は意を決してようやくその沈黙を破った。
「あの、今日はわざわざありがとうございます」
「いえ、どうしても顔が見たかったのでセベクに無理を言ってしまいました」
流石はグレン様、麗しの騎士。相手に責任を感じさせない言葉選びだ。例えお世辞だったとしてもこれは嬉しい……!
幸せを噛み締めながらミルクティーをもう二口ばかり口に含む。蜂蜜のほんのりと甘い香りが広がった。
グレン様も私につられてティーカップに手を伸ばし、口をつける。その様子を見ていると、以前グレン様の所作が綺麗だという話をぽろっとしたときに「……附属でしごかれるのよ」とちょっぴり嫌そうな顔をしながらお母様が言っていたのを思い出した。……何か苦々しい思い出でもあるのだろうか。
「──隣に座ってもよいでしょうか?」
「え? ええ、もちろん!」
“はい”とは答えたものの、質問の意図がわからず私は思わず首を傾げる。私が不思議そうにしている間にグレン様は私の座る二人がけのソファに腰を下ろした。
テーブル1つ分距離が近くなると、先ほどは気がつかなかったがグレン様が何か箱のようなものを持っていることに気がついた。
「叶うのならば、感謝祭のプレゼントは直接貴方に渡したいと思いまして。開けてみて下さい」




