第46話 感謝祭
春の感謝祭は基本的に一族の起源となった本家──我が家ならばアーシェンハイド邸に集まる。
花の感謝祭が終わるとあまり時間をあけずに新年1発目の宮廷舞踏会が開かれるため貴族街の屋敷で執り行われる場合が多い。冬の間、主人達が屋敷を留守にしている頃に春の感謝祭に向けて大掃除を行う。
そうして飾り付けられた家に帰ってきたのは春の感謝祭の3日前であった。
あらかじめ招待状は送ってあるし、その他準備も前々からすませてあるので特段やることはない。……が、そわそわと落ち着かない日々が続いた。
──だって、今日の動き次第でルーナが義妹になるか否かが決まるんだよ!? ディア子爵夫妻の生死が関わってくると言うのもあるけど!
……でもまあ失敗したらその時はその時だよね。ショックを受けている暇があるならば、次の対策を考えた方がずっと有意義に時間を使える。逆行した以上、割り切って生きていくしかないのだ。
そうして迎えた春の感謝祭では、裏工作をお願いしたリアンの活躍で無事に馬車はディア子爵の元へと渡っていった。思った以上に設計図が高く売れたので中々質の良い馬車を購入することが出来た。ぜひ1年後まで持つように大切に使って生き延びて貰いたい。
感謝祭の最中に何度かルーナの姿を見かけたけれど最初の挨拶以降は特に接触もなく終わった。
──ということで、現在。
何とか感謝祭を終えることが出来たという安堵からか、それとも入浴で血行が良くなったからか、体がぽかぽかとして眠い。
子供達が各々家に帰った後も大人達の感謝祭は続く。窓を開けてじっと耳を澄ませば、どこからか楽しそうな声が響いてくる。成人をすればお酒を飲めるようになるのであの賑わいにも混ざれるが、悲しいかな今の私は未成年。
もう少しの辛抱だ──と自分に言い聞かせていると、扉の奥からプレゼントを抱えたメルが入ってきた。
「失礼いたします、お嬢様。感謝祭のプレゼントが皆様から届きましたよ!」
そう言いながらメルは抱えていたプレゼントを1つずつ順にローテーブルに並べていった。
丁寧なラッピングにはそれぞれの家紋の蜜蠟の刻印が施されている。右から順に、ルイーズ、シェリー様、ソフィア、アルナ様、そしてヴォルク・アルテミス様ご一家だ。
──子供じみているとは重々自覚しているんだけれども、どうしてもこういうプレゼントを開封するときはドキドキしてしまう。
ゆっくりと包装紙を破らないように開封していく。そうして開封したプレゼントの中身は、ルイーズからは流行りの化粧品、シェリー様からは花や蝶を象った彫刻の美しい手鏡、ソフィアからは綺麗な宝石のあしらわれたナイフ付きのレターセット、アルナ様からは見事な花とアーシェンハイド家の紋の刺繍が施されたポーチ、そしてアルテミス一家からは美しい螺鈿細工の櫛だった。
す、すごい……! 私の好みをしっかり押さえている……!
私もそれぞれ吟味に吟味を重ねてプレゼントを贈ったけれど、見劣りしないか心配になるラインナップだ。
そこで私ははたと気がつく。
──あ、あれ? グレン様のは……? と。
「あの、とっても聞きづらいのだけれどこれだけだったかしら……?」
「え? ──ああ、お嬢様。安心して下さい!」
だよね、だよね!? 主役は最後に登場するものだものね!
ああ、心配した。花祭りの一件で嫌われてしまったのかと──
「私達使用人からの分もちゃーんとありますから!」
「違う、そっちじゃない! ……ですわ!」
悪意なくにっこり笑うメルに、私は勢いよくツッコミを入れた。
え、ないの!? やっぱりないのね!? どうしよう……嫌われる心当たりが多すぎる……。
とりあえず王太子とルーナからの魔の手から逃れたとはいえ、今グレン様と不仲になるのは流石にいただけない。
万が一……いや、億が一婚約破棄なんて事態が起きたら──そんな最悪な状況なんて想像したくもない。
私の現状を言語化すれば王家の縁談を断った変わり者で、なおかつ不仲が極まればそんな変わり者を引き取ってくれた変わり者と婚約破棄した令嬢に進化してしまう。そんな令嬢なんて正直言って価値がない。
じゃあどうなるのか……?
そんな令嬢に残されたのは二択。修道院送りか、老年貴族の後妻として有無を言わさず嫁がされるか。
……まあ別に私は死ななきゃそれでいいかとも思うけれど、出来るならば楽しく人生を送りたい。ついでにグレン様を騒動に巻き込んでしまった自覚はあるので責任を取らねばならない。
──とにもかくにも! 不仲は良くない! 顔面を蒼白にして慌てる私を見て、メルはもう堪えられないと言わんばかりに肩をふるわせて笑った。
「も、申し訳ありません! セベク様にちょっと意地悪してくるように言われまして……!」
お兄様め、謀ったな!? 憶えてろよ……!
嫌われたわけじゃなくてよかったとは思ったけれどもね、それとこれとは別の話だ……。
お兄様への復讐の決意を固くしたところで、メルは言葉を継ぐ。
「グレン様が応接間の方にいらっしゃいますが、向かわれますか?」
「──え、いらっしゃってるの!?」
感謝祭は基本家族や身内で過ごすので、こんな風に出向いて下さるのは異例中の異例。獣人の常識はわからないけれど、純人ならば貴族でも平民でもそんなものだ。
「はい、サプライズだそうです!」
「す、すぐいくわ!」
「では、何か羽織るものをご用意いたしますね」
感謝祭は現実世界で言うところのクリスマスのようなお祭りです。




