第42話 外套の男
背丈はグレン様よりも僅かに低いくらいの長身で、黒いローブのフードの下から金色の髪と翡翠の瞳がのぞいている。
よく整ったその容姿よりも何よりも目をひくのは彼の抱えている植木鉢だ。何の変哲もない普通の植木鉢には、枯れかけた苗木が植えられている。葉を散らし今にも枯れてしまいそうな苗木は、不思議なことにおびただしい量の魔力をその身に秘めていた。
──な、何あれ……魔法具に植えられているのだから、魔木の一種だろうか? でも、魔木にしては魔力量が少ないような……。
私の視線には目もくれず、男は奥で店番をしていたもう1人の女性と言葉を交わす。──何を話しているんだろう……? 凄く気になる……。盗み聞きは悪いとわかりつつも、ついつい気になって私は聞き耳を立てた。
「──花系ポーションを売るのは全然構わないのだけれど、効果がなかったんだろう? その魔木だってこの間来たときよりも枯れてるし……」
「……ああ。でも、本来ならば既に枯れてしまっているはずが、まだ生き残っているという状態なんだ。全く効果がなかったわけでもないから、とりあえずこのまま続けることにするよ」
なるほど、あのお兄さんは枯れかけた魔木にポーションを注いで延命措置をしているらしい。
実際それは悪くない手だし、適切な療法だと思う。けれどあれほど枯れてしまった魔木に、市販のポーションで延命措置をしたところでたかが知れている。このまま行けばあの木も、もって数ヶ月と言ったところだろう。
チラッとグレン様の方を見ると、まだ楽しく歓談中のようだし──うん、これも何かの縁だ。ちょっとだけお兄さんに手を貸してあげよう。
「あの、お兄さん。何かその魔木でお困りの様子ですけれども、もしかしたら何か力になれるかもしれませんわ」
突然声をかけてきた私を、お兄さんは訝しげに見つめ返した。
「……君は?」
「通りすがりの魔法使い……の、見習いですわ。それよりも、雷系ポーションは試しましたか?」
実際、学院の卒業に必要な単位は取得済みなので一般的に言えば既に一人前の魔法使いなんだけれども、それは前回の私の話なのでとりあえず見習いとして名乗っておく。
雷系魔法は攻撃に極振りしている魔法というのは有名な話だ。様々な属性の中で回復魔法を持たない属性の一つで、身体強化などをはじめとした魔法達も雷系を専攻していない純人にはかなりの負荷がかかり使い勝手が悪い。
そんな攻撃しか能がない雷魔法だが、実は植物などの育成に効果があるとされている。雷魔法を使うとうっかり焼け野原にしてしまう可能性があるので効力を薄めたポーションを使う──というわけ。
魔法使い界隈ではよく知られているが、民衆にはあまり広まっていない豆知識だ。
私の言葉にお兄さんは思案顔になる。
……原理は確かに習ったけれど、説明するのは面倒だな。出来ればこのまま納得してくれるとありがたいんだけれど……!
私の祈りが通じたのか、お兄さんは1度納得したように頷いた。
「なるほど、雷系ポーション……それも一理ある。この店に雷系ポーションは置いてあるか?」
「え? ああ、すぐ持ってくるよ。ちょっと待ってな」
女性が店の裏に入り、そう時間をおかずにガラス瓶に詰められたポーションを持って帰ってくる。
「女店主、お代は?」
お兄さんが懐から巾着袋を取り出そうとしたところで、女性はそれを制した。
「……いや、良いよ。どうせ雷系ポーションなんて店に置いておいても売れないから廃棄するつもりだったんだ。それよりも早く見せておくれよ」
お兄さんはしぶしぶ懐に巾着袋をしまいなおした。親指で瓶の蓋を押し開けるとなめらかな琥珀色の液体が煌めく。丁重な手つきでそれを苗木の根元へと注ぎかけると、ポーションは淡い光を孕んで消えた。
数秒経って、枝先についていた茶色味をおびた葉が徐々に若々しい緑を取り戻していく。そのまま枝がぐんぐん伸びて店の天井を突き破る──なんて事はなく、変化はそこで終わった。
うわ、あんなに自信満々に提案したのにここで終わるの!? 変化はしたけどめっちゃ地味! 恥ずかしすぎる……!
そんな私の思いとは裏腹に、お兄さんは目を輝かせたかと思うと、いきなり私の手を取った。
「──凄い、君のお陰で助かったよ! まさかあんな状態だった魔木がここまで回復するだなんて……!」
いやいや、大げさ! 大げさですって!
あんなちょびっと変化しただけでこんなに感動されるだなんて恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい……!
──いや、待てよ? これはまさか「この程度かよクソが、期待させるなよ」という遠回しなメッセージなのか……!?
ひとまずこの場を離れたい。どっちの意味でも居た堪れなさすぎる。そんな思いを込めて私は口早に言った。
「残念ですわ、あまり変化はなかったですね、申し訳ないです! お代はカウンターに置いておきますね! ……それじゃあ私はここで失礼しますわ!」
「え、はっ!?いや、お礼を──」
「ちょっとしたお節介ですわ、気にしないで下さいまし! お代はテーブルに置いておきますわね! ……グレン様、いきましょう。私、花の鐘の丘には行ったことがありませんの!」
グレン様の手を取り、私は振り返ることもなく走り出す。
いや、もうあの場所に居たくない!
迂闊な行動はこれから控えることにしよう、と全力疾走をしながら固く誓った。




