第36話 最終試合
その後のグレン様は驚きの快進撃を見せた。
まずはじめにアレン様との試合。
幾度か打ち合い、グレン様がアレン様の首筋に木剣を突きつけ一本の判定に。
次に第三騎士団の副団長様との試合が執り行われたものの、これも難なく勝利を収めた。
その後当たった新兵との試合では、グレン様は開幕早々横に木剣を一閃して相手の木剣を弾き落とし、騎士団内最短戦闘記録を更新したのだった。
これはあまりにも新兵が可哀想すぎた。
グレン様、容赦がない──そ、そんなにご褒美が……!?
そして最終試合。お相手はグレン様直属の上司──ヴォルク・アルテミス第二騎士団団長。
執行猶予付きで奴隷の身分からも解放されたネロを引き取ってくれたのがヴォルク団長だった。
何でもヴォルク団長には最愛の奥方がいらっしゃるが、お体が弱く子供が望めない。ネロ本人さえ頷けば我がアルテミス家に養子として迎え入れたい──とのこと。
そういった経緯で現在ネロはアルテミス夫妻の元、日々穏やかに過ごしていると風の噂で聞いた。
そんな恩もあるこの方、実は前回の時間軸で私と関わりがあったりもする。詳細は省くけれど、なんなら知り合いの騎士様の中では屈指の仲の良さだった。
私の知っているヴォルク団長の左の瞼には縦に一筋刀痕が残っていたが、今のヴォルク様にはない。
ということは今から6年の間についたのかな……? と考えてみたり。
フィールドで対面する二人の間には静寂が広がっていた。
しばらくの間続いたそれを破ったのは、ヴォルク団長の方だった。
「いいか、グレン。お互い忖度無しだせ?」
「──かしこまりました。殺す気で挑ませていただきます」
ヴォルク団長の挑発に、グレン様は獰猛な笑みを浮かべる。空気がひりついて、賑やかだった観戦席が静まり返る。
審判の声に、両者が木剣を構えた。
「……どっちが勝っても枠的には両方休暇取れるのにな」
「お兄様、それは言ってはいけない約束ですわ!」
最終試合といえども、既にお互い休暇取得権が与えられる順位に達している。
こんな言い方はしたくないが、要はこの試合──茶番なのだ。
まあ勿論グレン様にはご褒美がかかっているので無意味というわけではないだろうけれど……。
「──はじめっ!」
審判の声に合わせて、グレン様が踏み出した。
最初は間合いをつめ鋭い一閃。ヴォルク団長はその一振りを受け止め、更に弾き返す。その後もグレン様の激しい攻撃に、ヴォルク団長が耐えるという状況が暫く続いた。
私は戦闘にはあまり詳しくないから細かいところはわからないけれど、グレン様が優勢なのが見て取れる。
カンッカンッ、と不規則な打ち合いの音が響く中、不意にヴォルク団長が半歩引いた。その上で、ヴォルク様の低いカウンターが決まる。
ギリギリのところでそれを受け止めたグレン様だったが、今度はヴォルク団長が激しく打ちグレン様が受け止める──攻守が反対となってしまった。その後暫く膠着状態が続き、遂にグレン様は振り下ろされたヴォルク団長の木剣を受け止め損ねる。
その瞬間、グレン様の木剣が悲惨な音を立てて折れた。
「──そこまで! 勝者、ヴォルク・アルテミス」
***
──所変わって、王宮内の食堂。
この食堂では基本は料理人がつくったものをバイキング形式で取っていくらしいが、持ち込みも可能なんだとか。
隅の方の席を取って貰い、そこに私、お兄様、グレン様、そしてヴォルク団長が座る。
お兄様にサンドイッチを作ってこいと言われ多めに作ってきたものの、騎士二人に魔導師二人のこの構成じゃ絶対に足りないよな……。そんなことを考えながらおずおずと持ってきたバスケットの蓋を開けると、3人から歓声が沸いた。
……ちょっと恥ずかしいな、これ。
「あー! まじで死ぬかと思った! もっと忖度しろよ!」
「忖度しなくても良いと言っていたではありませんか。……ですが、やはりこれは悔しいですね」
そう言うとぺちょんと音を立てるようにグレン様の耳が垂れた。心なしか尻尾もしゅんとしているような気がする……!?
「──すみませんセレナ、ご褒美はお預けですね」
「あ、いや、それはその……」
思わずしどろもどろになってしまう。
いや、ね? グレン様が負けてしまったのは悔しいけれど、実はキスをしなくていいと思うとほっとしたというか……?
婚約者は居たけれど不仲を極めていた私にとって恋人らしい経験など片手でこと足りる程度しかない。むしろ片手すらみたされない。恋人らしく手を繋いだり、ハグしたことだってない。キスなんてもってのほか。
たとえ中身は成人だったとしても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ……!
ちら、とグレン様の方を見ると、しょんぼりとした表情が窺える。
う、うーん……? どうしてだろう、凄く良心が痛むような……。
いやいや、ご褒美はご褒美だし! グレン様も次に持ち越し~みたいな雰囲気だったし!
「本当に残念です」
──あーはいはい、わかりました! わかりましたよ! 私が折れます! そもそも人前で求婚してて恥ずかしいも何もないよね!
私は意を決して隣に座るグレン様に向き直った。
「グレン様、少しよろしいですか?」
「どうかいたしましたか?」
もぐもぐとハムレタスサンドイッチを頬張る手を止め、グレン様は小首を傾げる。グレン様の端正な口元がふわりと柔らかな弧を描く。
──よし、頑張れセレナ。ちょっとぶちゅっとするだけだ…。異国では家族間や友人間でするって風の噂で聞いたこともある!女は度胸だ!
「……失礼、しますっ!」
私はグレン様の胸ぐらをおもむろに掴むと手前側に引き、その頬にそっと唇を添えた。
ちゅ、と勢いに似合わぬ可愛らしい音が響く。
「──今はこれで精一杯ですわっ!」
向かいに座るお兄様やヴォルク団長、近くのテーブルの騎士達がこちらを凝視する中、逃げ出したい気持ちをぐっとこらえて口早に叫ぶ。
やった、やったよセレナ・アーシェンハイド。顔が急に熱くなり、今まで体験したことのないくらい心臓が早鐘を打つ。
……おかしいな、ポーカーフェイスなんて妃教育で嫌と言うほどやったのに、グレン様が関わってくると急に出来なくなる。
照れ隠しで私はバスケットの端にあったサンドイッチを掴み頬張る。それがお兄様用に作った激辛サンドイッチとは気がつかずそれを咀嚼した瞬間、口いっぱいに言葉では言い表せぬ程の痛み──辛味を感じた。
「……辛い!」
世の中そんなに甘くなかった。
本日は誠に勝手ながら午後の更新をお休みさせていただき、各話の編集・統合を進めさせていただきたいと思います。
当作品は読みやすさの面を考慮して千字~二千字程度の短い話を投稿してきましたが、やはり読み辛い・見直しが甘いなどのご意見があり、この度修正させていただくこととなりました。
また確定事項ではありませんが、今までのように午前と午後に1話ずつ更新するスタイルではなく日に一度2話分を統合した1話、もしくは2話同士投稿のような執筆スタイルで進めていきたいと考えております。
急な変更により読者の皆様に多大なるご迷惑をおかけすることをこの場をかりて謝罪いたします。
これからも当作品『逆行悪役令嬢はただ今求婚中~近くに居た騎士に求婚しただけのはずが、溺愛ルートに入りまた!?~』をお楽しみ頂けましたら幸いです。




