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第35話 観戦

お兄様に連れてこられたのは歓声と野次馬の声が入り交じった騎士団の訓練場だった。

数名の騎士達が木剣を持ち訓練場の各所で手合わせをしているのを、他の騎士達がぐるりと囲んで見ている。


そんな中、お兄様は訓練場の一番左のペアを指さした。




「ほら、セレナ。あそこに居るのがグレン……だと思うぞ」




中々距離があるのでよく見えないがちょっと目を細めてみると──確かに! 右側の獣人の騎士はグレン様っぽい!




さっきはサクッと終わらせて帰るなんて言ったけれど、前言撤回、私は死んでもここを離れません!!




グレン様はまごう事なきイケメンだし、今手合わせをしているどこぞの騎士様も中々のイケメン。

そんなイケメン二人が真剣な表情で手合わせをしている──前回の学院時代の同級生達が見たら、確実に黄色の歓声ものだよこれは。



私は言うほど面食いではないと思っているけれど、そんな私でさえこんなにテンションが上がっているというのだから間違いない。



やっぱりイケメンって凄いな。

イケメンを見ることによって生み出される幸福な感情は生きて腸まで届く……!





訓練場の2階から観戦をしていると、通りがかった騎士様に下に下りますか? とお誘いをいただいたのでお言葉に甘える。


1階に下りると、一気に歓声と野次馬の喧騒が強くなった。

やっぱり至近距離で見ると迫力が違うな……!




「来月、花祭りがあるだろう? その際の休暇を誰が取るかを、今年は試合で決めるんだと」




お兄様がそう説明をする。


──ああ、花祭り……花祭りね……。

思わず苦々しい表情を浮かべそうになった。



花祭りと言われると、前回、意気込んでサプライズの用意をした上しっかり約束を取り付けていたのに「公務が入ったから無理」とドタキャンされたあの日のことを思い出す。

しかも後々聞いたらそれは午前中で終わるものだったらしく、午後は城下町にお忍びで出ていたそうだ。



本当に……! 本当に嫌いだわ、王太子なんて……!



不意に一際強い打ち合いの音が響き、次の瞬間カランカランと木剣が乾いた音を立てながら地面に落ちる。

その音で私は現実へと引き戻された。


どうやらグレン様の一閃が、お相手の木剣を弾き飛ばしたらしい。




「──勝者、グレン・ブライアント!」




審判を務めていた白地の騎士団の制服を纏った男性が左手──グレン様側の旗を上げる。

グレン様とお相手を取り巻いていた騎士達から歓声が上がり、私もつられて拍手をした。



──やっぱり、グレン様って強い……?

前々から強い方だとは思っていたけれど、よくよく考えれば18歳で副団長って偉業だよね。



グレン様は相手の落とした剣を拾い上げて渡す。

その動作のうちに、一瞬だけ目があった。

グレン様はふわりと貴公子の笑みを浮かべた後、こちらへと向かってきた。





***





「──セレナ、それにセベクも。どうしてここに?」



「セレナもお前も疲弊した様子だったからな、私からのささやかな贈り物だ」




そう言ってお兄様はとんっと私の背を押した。大して強くない力だったけれど不意打ちだったため、私はふらついてグレン様の懐に飛び込む。

──お兄様、謀ったな……!


どうやらお兄様の言う“良いこと”とはこのことだったらしい。

確かにこれは良いものを見せて貰ったけれども……!


というか、私はグレン様に会えると諸々の意味で嬉しいけれど、グレン様の疲労はその程度のことで回復するのだろうか。




「ありがとうございます、セベク」




グレン様は少し手を彷徨わせた後、私の頭を優しく撫でた。




「どうだ、少しは元気が出たか?」



「ええ、日頃の疲れが嘘のようです。──今年は突然、休暇取得は試合で勝ち残った者のみ権利を与えると言われまして……あの2ヶ月間はなんだったのか、と」




グレン様の私を撫でる手は止まらない。

なんだか何かペットになった気分だ。

でもまあ、これで少しでもグレン様のお力になれるというのならば私も甘んじて受け入れましょう。

私が癒される一方な気もするけれど!




「今のところ、勝率はどうなんだ?」



「問題なく勝ち進んではいますよ。……まあ、まだ一度しか団長クラスとぶつかってないので何ともいえませんが」




いやいやいや、騎士団長クラスって国内屈指の戦士ってことですよね!? 既に一勝を収めているってこと!? グレン様ってどれだけ規格外なんだ……!



それだけの腕の騎士がいたら絶対話題になってるはず。

けれど前世でグレン・ブライアントという名前はほとんど耳にしたことがない──ということはやはり




「(グレン様は五年後に亡くなられる……?)」




そう考えると、背筋が薄ら寒くなった。

やっぱり、身近な人の死ってのは考えたくない話だけれど、多分私の考察は間違ってない。


王太子と婚約するのも、私が冤罪で死に至るのもお断りしたいが、グレン様をはじめとした周りの人が死ぬことも避けたい。

それにグレン様は私が必ず幸せにするって決めたし……!



そこまで思考を巡らせていると、不意に頬を誰かにつつかれた。




「ぐ、ぐれんふぁま……?」




ぷに、ぷに、と不規則に頬をつつかれる。


見上げればグレン様のにっこりとした──しかしどこか恐ろしい笑顔があった。


笑ってるはずなのに笑ってないというか、綺麗すぎて現実味がないというか……?

怒ってるわけではないんだけど……。


グレン様は何も言わずに跪くと、そっと私の耳元に唇を寄せた。




「せっかく会いに来て下さったのに、考え事ですか?」



「ち、ち、ちが……わないですけれども……!」



「たまには私にも構って下さらないと、嫉妬で次の対戦相手を塵芥にしてしまいそうです」




そのセリフ、グレン様が言うと冗談には聞こえないんですけれども……!?


ちなみに次の対戦相手はアレン様に決まったらしい。ヤバい、アレン様が塵芥になる! グレン様ならきっとやる……!


一瞬想像しただけなのに、一気に背に冷や汗が吹き出た。




「グレン様のことを考えてましたの……その、お怪我をしたら嫌だなぁと!」




嘘は吐いてない、ちょっと違うけど嘘は吐いてない。五年後の話だけど、ちゃんとグレン様のことを考えてたから!




「そうですか」




グレン様は疑問符がつきそうな声色で首を傾げる。

誤魔化せてない感は否めないけれどこれ以上つっこむと藪蛇なのはわかっているのでだんまりを決め込む。




「それでは、元より負けるつもりはありませんでしたが──貴方が他の男に目移りしないように尚更負けるわけにはいきませんね」




違いますって!と反論しようとしたその瞬間、審判の「アレン、グレン・ブライアント、前へ!」という声が響く。どうやらグレン様の順番が回ってきたらしい。


グレン様はフィールドへ向かおうと一歩踏み出し──くるりと振り返った。




「──そうだ、この後の試合全てに勝利した暁には、貴方から私に1つ褒美をいただけませんか?」



「ご褒美……?」



「はい」




グレン様はこくんと頷く。

まあグレン様のことだし大金を用意しろ!とか無理なことは言わないはず。

ここは私の名誉のためにも、引き受けておこうかな。




「私に出来ることならばなんでも! ……あ、でも事前に教えていただけると嬉しいです」



「──それでは、貴方に口づける許可を」




グレン様はそう言って微笑むと、ぶんっと音を立てて木剣を振った。



“それでは、貴方に口づける許可を”──ってことはつまり、キスってことですか!?

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