第31話 到着
龍達は体感約半日ほど空を泳ぎ続けた末、ドレイク湖とヴェリタリアの中腹ほどにある川辺へと降下していった。
ああ……まあ君たち元は水生生物だもんね……水辺に帰りたがるのはわかりますよ……。
上空から見るとあちらこちらからぽつぽつと松明や焚火の炎が見える。
恐らく、商人か誰か大きな団体が野営しているようだ。
今の私には彼らに被害が及ばないことを祈る事しか出来ない。
商人かな……ごめんよ……。
地上から誰かの喚くような声が響き、その瞬間矢が放たれたことを悟る。
龍は無事でも私達が射られたら無事じゃすまない!
「《雷壁》!」
咄嗟に口に出た魔法で矢を落としていく。
あれ、これ下から射っているなら打ち落としちゃ駄目だったやつ!? などと後悔してももう遅い。
判断ミスで打ち落としてしまったのだから、土下座くらいは覚悟しておこう。
──既に、川の水面がよく見える程地表に降りてきていることに気がついた。
不幸中の幸いと言うべきか、ぱっと見浅い川には見えないので、骨折なんて羽目にはならないだろう……と信じたい。
──龍達は引き寄せられるように水面へと飛び込んだ。
***
「し、死ぬかと思った……!」
川に飛び込んだ龍に押し上げられて、私はようやっと水面へと顔を出した。
く、空気が美味しい……生きてるって素晴らしいな。
息を整え、周りをぐるりと見回すと盗賊のお兄さん達もあちらこちらで顔を出している。
向こうではネロが岸辺に上がる姿が見えた。
──とりあえず、全員生きているって事でいいのかな?
命の危機から逃れられたという実感が湧き上がり、急に体の力が抜ける。
うわ、やばい。早く岸に上がろう……。
いくら夏とはいえど、ヴィレーリアの夜は冷える。
発熱していた龍に触れていたから凍死は免れていたけれど、長時間の飛行で体の芯まで冷えてしまったようで身震いが止まらない。
こんなの、冗談抜きで低体温症になるわ!
岸に辿り着いてふと森の方へ視線をやると、木々の影から揺らめく炎が見えた。
「団長、恐らくこの辺りに魔物が──」
あれ、この声はどこかで聞いたような……?
そんな声が響いたと思った次の瞬間、茂みから姿を現したのは、騎士団の制服を少しばかり着崩したグレン様だった。
「……グレン様!」
「──やはり、貴方はいつだって私の予想を上回る」
「お見苦しい姿を、申し訳ありません」と言いながらグレン様は開けていた2つのシャツのボタンを留め直した。
あ、別に直さなくていいのに──という言葉が零れかけたが、グレン様の声で遮られる。
「どうしてこのような場所に?」
柔らかな、しかしどことなく困惑したような笑顔を浮かべてグレン様はそう尋ねる。
「……まあちょっと色々ありまして」
王太子の今カノ? と遊覧船に乗ったりとか、誘拐されたりとか、地震のせいで溺死しかけたりとか、龍の背に乗って凍死しかけたりとか……本当に色々! 色々あったんだけれども!
「失礼、このような物しかなく申し訳ないですが」
どこから説明するべきかと悩んでいると、グレン様は自分の制服の上着を脱いで私の肩にそっとかける。
その瞬間、ふわりとフィルの花の香りが全身を包む。
──これはまずい! 妙に意識してしまう……!
私はその意識を振り払うように口早に話した。
「……あの、事情はあとでお話いたしますわ。その前に黒髪の少年を残して、全員拘束して貰って良いですか? 密売人で人攫いで──ゾルドの間者らしいのです」
「……っ! 確保!」
私の言葉に、近くに立っていた団長の地位を表す白い制服を纏った男性が鋭い声でそう叫ぶ。
密売用と思わしき契約書で契約を交わした賊のお兄さん達は当然逃げることは出来ず、騎士団の人々に大人しく拘束された。
とりあえず、これで私の役目は果たしたってことで良いよね……?
チラリと川底を覗くと、ゆらりとその身をくねらせながら悠々と泳ぐ龍達の姿があった。
流れ淀まぬ清流に、心なしか彼らも嬉しそうに見える。
良かった良かった、とほっこりしていると今まで穏やかな笑顔を浮かべていたグレン様が、急にストンと表情を落として私を抱え上げた。
「……ひっ!」
いや、わかるよ。
せめてここは「きゃあ!」とか百歩譲っても「ひゃっ!」とか可愛い声で叫ぶべきだったってことぐらい自覚してます。
「ひっ!」とかどれだけ可愛げがないんだ……!
「ぐ、グレン様!? どうかいたしましたの!?」
「ええ、まあ──私にも独占欲というものがございまして。御身を長時間同僚の目に晒すことすら耐えられない私の狭量さをお許し下さい」
グレン様は再びにっこりと笑顔を浮かべた。
──背筋がぞっとするような、恐ろしい笑顔を。