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第30話 第二騎士団長の言うことには

「ヴォルク第二騎士団長、お疲れ様です!」



「おう、お疲れ様。今日はゆっくり寝て、明日に備えろよ~」



「はいっ!」




俺、ことヴォルク・アルテミスはヴィレーリア王国の第二騎士団長を務めている。


アルテミス家は代々騎士を輩出してきた男爵家で、俺も例に漏れず騎士になったというわけだ。


兄貴達よりもちょっぴり剣の腕があった俺は、30の時に第二騎士団長に抜擢され──それから今日で5年が経つ。



そんな俺に1年ほど前、大変優秀な部下が出来た。




「おい、グレン。飲んでるかぁ?」



「……団長。いえ、飲んでいません。今日は不寝番ですから」




満天の星空の元、野営地の片隅で暖をとっていたある男に声をかける。




「まーな。夏とはいえ、この辺りは夜になるとかなり冷え込むから酒を飲むなり着込むなり対策しておいた方がいいぜ」




そう言いながら、俺はその男の隣に座り込んだ。




──グレン・ブライアント。

弱冠18で第二騎士団の副団長の座にまで上り詰めた実力者。

ブライアント辺境伯家の長男で、物腰の柔らかなその性格と端整な顔立ちからか、常に王宮の侍女や騎士寮のメイド達に黄色い声を向けられている、同じ男としては憎らしい男。




「今回の長期遠征に、いの一番にお前が名乗り出たのは意外だったな」



「そうでしょうか?」




今回は第六騎士団との合同遠征であり、第二騎士団は希望者のみの参加だった。


俺の知るグレン・ブライアントという人物は人数が足りなければそっと名乗り出るような気の利く男ではあるが、自らこのような行事に参加する男ではない。




「まあ、包み隠さず申し上げれば、来月の“花祭り”当日の休暇が欲しかったので」




“花祭り”とは毎年9月の終わりに執り行われる豊穣を祝う祭りだ。

ヴィレーリア王国の国花、ダリアが花盛りを迎えるため“花祭り“の名称が定着した。



花祭りの主役となる豊穣の女神は愛の女神でもあるため、国中の恋人達の一大イベントとなっている。


当日は王都全体がお祭りムードで賑わう──その反面事件も増えるため、騎士団員の大半が出勤となるというのが悲しい現実だ。




「ああ、例の婚約者と行くのか?」



「はい……誘っていただけたらですけれど」




花祭りは豊かな実りを女神に感謝する祭り。神話において実りの季節は、女神の告白に対して後に伴侶となる神が応えた季節を祝福したため訪れるとされている。


それ故に、花祭りでは女性から男性に対して贈り物などをはじめとしたアプローチを行うのだ。




「──まあ、それは大丈夫だろ。あんだけ熱烈に求婚してたんだし、婚約したんだろ?」



「ええ、ふた月ほど前に」




グレン・ブライアントが王太子の婚約者を決めるパーティーで参加者に求婚されたという話は、その日の内に騎士団中に広まった。


騎士という職業が一部ご令嬢の憧れとなっているのは事実だが、流石に王子には勝てない。


それを蹴ってまで求婚した猛者はどこのどなたか──と団長クラスまでもが柄にもなく当事者たるグレンに詰め寄った。

……なんなら俺は求婚した現場も詰め寄られている現場も見てたしな。



最初は子供の戯言かと思っていたが、案外そうでもなかったらしい。




「まあ彼女はまだ12歳ですし、あまりがっつき過ぎないように気をつけなければ」



「12つったって、あと3年したら成人だぜ?」




俺の言葉にグレンは「……嫌われたくないもので」と、はにかんだような笑顔を浮かべる。


そこで、胸の内でおじさんのお節介な思いがムクムクと湧き上がってきた。




「──相手のことを慮るのは大切なことだが、それが気を抜いて良いと言うことにはなんねぇんだぞ?」



「経験則ですか?」



「うるせぇ! 俺には他の筋肉馬鹿どもと違ってちゃんと嫁さんがいるんだよ!」



「ええ、その話は酔っ払った団長から何度も聞きました。2つ下の幼なじみで、少し体が弱く、気が強くてかつ面倒見が良くて──よく尻に敷かれていると」




余計なところまで憶えやがって、この秀才副団長は……!




「子供の成長の速さは異常なんだ。気ぃ抜いてみろ? あっという間に立派なレディになるからな」



「……そういうものでしょうか」



「おうよ。今は“子供”って意識が強くても、すぐ1人の女性として意識せざるを得なくなるからな。それに、お前が意識しなくても、婚約者殿の同年代がそうとは限らないからな」




グレンの耳が俺の言葉にぴんっと反応した。

平常な色を浮かべていたその表情に、ほんの少し焦りの色が浮かぶ。



──よーし、しめしめ。暫く焦ってろ!



なみなみと酒を注いでいたはずのグラスが空になるまで、グレンは口を開こうとはしなかった。


飄々として何でもそつなくこなすエリートだから、こういう手合いにも慣れっこだろ……なんて思っていたのだがそうではないのかもしれない。



パチパチと爆ぜる薪の音と、澄み切った星空に浮かぶ満月が良い酒の肴になる。




こんな夜も悪くない──そんなふうに思った瞬間、今まで微動だにしなかったグレンがその腰に提げていた剣に手を伸ばした。




「どうかしたか?」



「──いえ、今一瞬声が……?」




どうやら本人も戸惑っているらしい。

獣人という種族故か、それとも本人の才能なのか、グレンが俺の部下になって以来彼の探知が外れた試しはない。


俺達のように不寝番をしている奴はこの野営地にぽつぽついるが、他に起きているやつは居ない。



そこは酷く穏やかな夜だ。



しかし、再び上を見上げるとその平穏は一瞬のうちに覆されてしまう。




「おい、月が翳ってるぞ……!」




翳っているというのが正解なのか、それとも……




「あれは……龍、でしょうか?」




美しい円を描いていた黄金の月に、蛇のような何かの影が浮かんでいる。


あんな高いところを飛んでいるなんて、どんな魔物だ!? Aランクは軽く超えてるだろ……!



俺は急いで首から提げていた緊急用の笛を吹いた。




「お前ら、起きろ! 魔物のお出ましだぞ!」




天幕からおのおの武器を持った団員達が、目を擦りながら飛び出てくる。だんだんと魔物が降下してくるのがわかった。




「弓兵、放てっ!」




第六騎士団長の声に合わせて、弓が唸り声をあげ、矢は天へと昇っていく。

魔物を迎撃したか──そう思いきや、放たれた矢は魔物の体表に届く前に稲妻に阻まれてしまった。




「雷系の魔物か?」



「でも、サンダードラゴンとはあまりにもシルエットが違いすぎないか……」




起きてきた団員達がざわめく中、一人、驚いたようなグレンがその端正な顔に微笑みを浮かべた。




「──花祭りには早すぎる贈り物だ」




この場においてその言葉の真意を知るものは、きっと俺以外居ないに違いない。

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