第3話 邪魔者
アーシェンハイド家には現在2人の子供がいる。
1人は私──セレナ・アーシェンハイド。
そしてもう1人は私の兄、セベク・アーシェンハイド。歳は私の6つ上で、少し前に学院を卒業し現在は魔導師として王宮に勤めている。
あと2年もすれば、両親を失い本家たる我が家に引き取られたルーナと言う義妹がやってくるのだが、今回は割愛しよう。
今回の婚約者取り決めのためのパーティーには、他の令嬢達もそうであるように、私もまた親族──兄を連れてきていた。
連れてきていた、と言うか兄が勝手についてきたというか、そもそも兄の職場がここというか。
そんな兄がこの騒ぎを聞きつけて邪魔をしにやってきたのだった。
しかも、物理的に!
「このような場で求婚など──正気か!?」
「ええ、正気ですわ」
王太子は、とっくに開始時間が過ぎた今でも姿を現さない。
このパーティーが王太子が主動となる婚約者決めのパーティーだとするならば、まだ王太子が姿を現していないこの場は“控え室”であると言っても過言ではない。だから、私が求婚しても王宮側が怒ることは出来ないのだ。パーティーは始まってすらいないのだから。
要するに、遅れてくるやつが悪いってこと!
そもそも、いくら出来レースとはいえ、形式的には王太子が好きな令嬢を選ぶパーティーなのだ。嫌ならば選ばなければ良いだけの話。
我ながら暴挙に出ているとは思うが、王宮側にケチ付けられる筋合いは……あるだろうか? あるかもしれないな、うん。
けれどまあ、私は正気だ。
私は何とか口元だけ兄の拘束から逃れると、口早にその耳元で囁いた。
「随分と焦っていらっしゃるのね、お兄様。まるで、魔法実験が上手くいっていないときのお兄様みたい」
「……っ!」
もうこれ以上突っ込まれたくないので、計画が上手くいってなくて焦ってるんでしょ? と煽ってみる。
兄の立場からしてみれば、うんとはとても言えないはずだ。まさかこのパーティーが出来レースだと言えるほど兄に度胸があるとは思えない。
兄は、苦虫を噛み潰した様な──いや、磨り潰して飲み込んでしまったようなそんな苦々しい表情を浮かべた。
ふん! 私が冤罪をかけられたときも、ろくに味方をしてくれなかったんだからこれくらいやり返されても仕方がないわ!
……でもまあ、王太子と違ってルーナの味方をしていたわけでもないから、仕返しはこのぐらいにしておこう。
「私は今本気でブライアント様に告白しているのです──邪魔はしないでいただきたいわ」
軍人や歴戦の戦士だと威圧だとか覇気だとかを出せるらしいが、残念ながらそのような講座は妃教育に組み込まれていなかった。
──ただ、似たようなものは魔法で再現出来る。
理屈はよく分からないしほぼ勘でやっているようなものだが、こう……ふんっ! と相手の脳天に向かって魔力で圧をかけることによって威圧を再現出来るのだ。
使い道がないようで意外とある小技である。
私のエセ威圧に兄は眉をひそめた。
まあ、相手は王宮魔導師。
大した効果はないけれど、実妹に凄まれた衝撃はそこそこ大きいものだろうと願う他ない。
「悪いなグレン、妹が迷惑をかけた」
「……やはり、セベクの妹だったのですね。アーシェンハイドと聞いてそうだろうとは思っていましたが」
兄は私の説得を諦めて、標的をブライアント様に変えたらしい。
いや、これはマズいぞ。私が言いくるめられないように粘り勝つことは出来ても、兄対ブライアント様なら利害が一致して会話が終わる可能性が大だ。
だいぶ大きな騒ぎになったようだからここで諦めてもいいが──念のため、もう少し粘らせて貰いたい。
「お兄様! 勝手にブライアント様を誑かさないで!」
「誤解を生むような言い方をするんじゃない! それに俺とグレンは元同級生だし、名前で呼び合う仲だからな、お前より進んでるんだよ!」
嘘でしょう、張り合ってきたよこの兄!
まあ良い、このまたとないチャンスに便乗させて貰う。
「まぁ、お兄様! 共にいた時間よりも濃度が重要ですわ!」
「お前のその“濃度”ってのは迷惑をかけた度合いなんだよ!」
「ブライアント様、騙されないで下さいませ……! この兄の愛は安物ですわ。私はまだブライアント様と出会って暫くしか経っておりませんが、既に一生を捧げる覚悟は決めております」
「おい、セレナ! 勝手なことを言うんじゃない! ……グレン騙されるなよ、安物だとか信じてくれるなよ!?」
兄の言っていることは至極正しい。
しかしこのやりとりを見たならば、それは五十歩百歩のようにしか見えないだろう。雰囲気って凄い。
きゃいのきゃいのと言い争っている間、大人しくこのやりとりを聞いていたブライアント様はとても偉いと思う。
しかしそうやって言い争いをしているうちに、遂にあれやこれやと言い募られた兄の堪忍袋の緒が切れた。
「もう良い、お前は帰れ。一旦頭冷やせ!」
「ちょっ…! お兄様っ!」
「今回は迷惑をかけてしまい、すまなかったよグレン。この詫びはまた後日」
ふわりとドレスのスカートが重力に逆らい、足が地から離れた。
兄お得意の風魔法“浮遊”である。
これが誰か高名な魔法使いであったならば浮遊魔法から逃れられたのだろうけれど、生憎私の魔法技術は兄には劣る。
加えて、私は風魔法とは相性の悪い雷魔法を専攻しているため抗う術はない。
半ば引きずられるように戸口へと体が動く。
ああ、もう退場か……。
騒ぎが思ったより広まらなかったけれど健闘した方じゃないだろうか。
私はじっとブライアント様を見つめる。
相変わらず、とても綺麗な顔立ちをしていらっしゃる。もしかして、こうやって言い寄られるのは日常茶飯事なのかも……?
感情の見えない瞳が、揺れたような気がしたのは私の願望だろうか。
会場から退出する寸前で、私はブライアント様のその瞳をはっきりと見つめて宣言した。
「ブライアント様、また、お会いいたしましょう」
──私達兄妹とブライアント様を引き離すように、会場の扉が重々しい音を立てて閉まった。