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第29話 四面楚歌……?

獄中死ルートは回避できているのかまだよく分からないし、現在進行形で賊に捕まっているし、このまま逃げられなければ他国に売り払われるようだし、おまけに将来婚約者が死ぬ可能性があると発覚してしまった、どうもセレナ・アーシェンハイドです。



いやどんな災難だよこれは。

分かってはいたことだけれど、改めて並び立ててみると冷や汗が吹き出るような思いだ。


東方の言葉でこういう状況を四面楚歌と言うらしい……違ったかな……。




震え始めた私の事情など露知らず、ネロは「冷えたか?」と心配してくれる。

ごめんね、そっちじゃないんだ……。




──ひとまず、落ち着いて考えよう。


とにもかくにも、ここから脱出しなければどうにもならないのは確か。


そして先ほど頭の男は「次の案がある」というような発言をしていた。

行き当たりばったりな性格ではない──かつ、密輸などで一定金額を稼げているとしたら潜水艦などの逃走用ルートは確保していると考えて良いだろう。




「(運が良ければ、連れて行って貰える……けれど)」




運が悪ければ──例えば、私を探しに来た人々がこの洞窟を探り当てたとすれば、密輸の証拠を隠すためにもあえて私を残して魔法具の結界を解く可能性が高い。

そうすれば私も証拠も全て水底に沈んでさよならだ。


……彼らが用意した逃走ルートには頼れない。別の方法で脱出しなければ……。




「(……密輸の商品の中に何か使える物があれば)」




けれど、今は見張りがつけられている。

仮にネロを説得して自由に動けるようになったとしても、周りの大人の視線がある──





そんな中、不意にネロが上を見上げた。


つられて私も見上げるものの、そこは特になんの変哲もない普通の洞窟だ。




「どうかしましたの?」



「……揺れてる」




じっと私も身を固くしてみるけれど、特に揺れは感じない。


気のせいじゃない? と口を開こうとした次の瞬間だった。




「……! 伏せてっ!」




ネロが私の頭を庇いながら地に伏せたのと、洞窟全体が激しい揺れに襲われたのがほぼ同時だった。


息をつく間もなく、激しい揺れが野営地を襲い、ガタガタと音を立てながら木箱の中身が地面に散乱する。




嘘でしょ、前回ヴェリタリアで地震なんて──いや、あったか。

確か人身被害はそう酷くなかったけれど、家屋とかがダメージを受けたって話を聞いた気がする。



暫く地面に伏せていると、キィン!と何か金属が打つかるような音が聞こえた。




「──不味いです、お頭! 結界用の魔道具が破損して……!」



「は!? マジかよ!?」




よし、決めた! 私無事にここから逃げ出せたらお祓いに行くわ! 聖地巡礼する! なんなら断食とか滝行もする!




「おい、ジャル! 潜水艦動かせ!」




読み通り、彼らは逃走用の潜水艦を用意していたらしい。

けれど──




「駄目です、地震でぶっ壊れていやがる!」



「嘘だろ!? このままじゃ全員洞窟の中で溺死っ……」




年甲斐もなく──いやまあこんな非常事態だからそうなるのは仕方がないのだけれど、あわあわとしている大人達の間を抜けて、私は一目散に木箱に歩み寄る。




「セレナ? 何を……」




困惑したネロの問いかけに答える余裕はない。とにかくここを脱出しなくてはいけないのだ。


しかし、中を覗いてもそこにあるのは惚れ薬、回復用ポーション、巨大化ポーション、縮小化ポーション、それと割れた水槽から逃れた生きの良い魚達──




「……これですわ! ネロ、魚の木箱ってどの辺りですの!?」



「えっ!? そっちだけど──」




ネロが指さした方を見れば、地面でピッチピッチと飛び跳ねながら水を乞う魚達の姿があった。


その中から私はある種類の魚を数匹選り分ける。




「おい、セレナ! 無視するなよ! 一体動物対話用ポーションと巨大化ポーションと魚で何するつもりだ!?」



「テイムしますわ」



「テイム? テイムってのは普通調教師達のやる事でそんなポーションじゃ……」




テイムというよりは契約、もしくは交渉の方が正しいだろうか。


小馬鹿にしたような口調で言い募るネロを無視して、私は右手で動物対話用ポーションを飲み干し、左手で巨大化ポーションの封を開けた。


……うわ、ポーション苦い。

口の中に広がる何とも形容しがたい苦みにはいつまでも慣れることはなさそうだ。




「──水のあるところへ連れて行ってあげるから、私達を岸まで連れて行って」




私の言葉に応えるように、魚は我先にというようにぴちっと大きく飛び跳ねた。



よし、これはいける……!



ごうごうと洞窟内にこだましていた水の音がどんどん大きくなる。

洞窟が水没するのも時間の問題だろう。



ふと手元の木箱の中に契約書が入っているのが見えた。

一度名を記して契約すれば違えることが許されないという、恐ろしい代物。

恐らく密輸の商売に使ったのだろう。




──このタイミングでこれが見つかったってことは、恩情をかけてやれということだろうか。




うーん今更運命の女神にそっぽ向かれたくはないしな。大人しく彼らにも恩情を与えてやることにしようか。




「あの、おじさん達」



「まだおじさんって言われる年齢じゃねぇ!」




こんな緊急事態でもそこは気にするのか……!




「ではお兄さん達──助かりたくありません?」




私の発言に、おじさん──お兄さん達は目の色を変える。

私は昔お父様が浮かべていた黒い笑顔を真似するように、笑顔を浮かべた。




「大人しく騎士団に捕まって洗いざらい情報を吐くと約束してくれたら──助けてあげても良いですわよ?」





***





ネロが、我先にと契約書にサインをするお兄さん達の相手をしてくれている中、私は選り分けた魚たちを既に浸水しはじめた通路に並べた。



この魚達は遡河魚と呼ばれる魚たちの一種で、名前の通り川を遡る習性を持っている。

名前を“鯉”というらしく、東方の地域から運び込まれた外来種だ。


種類によっては泥臭いと言われる“鯉”だが、確かこの種類は美味しく食べられると料理人達が絶賛していたような気がする……?




その上からドバドバと惜しげもなく貴重な巨大化ポーションをかけると、あっという間に通路が魚達で埋め尽くされた。




「──契約書集め終わったぜ!」




ネロから契約書を受け取ると、私はそこに自分の名前を魔法で焼き付ける。

契約者両名の名の記された契約書は宙に浮かび上がると、ぱんっと軽い音を立てて光の粒となり消えた。


へぇ、密輸用の契約書ってこうやって消えるんだ……そりゃ証拠も見つからないし捜査も進まないよね。




巨大化した魚達の背に二人ずつ跨がるようお兄さん達に促してから、私は自身とネロを背負う鯉の背中に手を添えた。




「じゃあ、行きましょうか」




私の言葉を皮切りに、鯉たちは一目散に分かれ道の真ん中の通路を目指して泳ぎ出す。



思ったよりもスピードが速い!

風に煽られた私の髪が顔にぶつかるのか、時折ネロの「痛ぇ……」という呟きが聞こえる。


ごめんね! 攫われたときに髪留めを紛失しちゃったから! 恨むなら君の雇用主を恨んでくれ!



狭い洞窟から抜け水中へと突入すると、鯉たちは私達のことを慮ってか水面へと泳ぐ。

彼らの協力もあってそう時間も経たないうちに顔が水面から上へと出た。




「ぷはっ……!」




後は岸辺に寄ってくれれば……!

そう合図をしようとした瞬間だった。




「な、なぁ、セレナ? こいつらなんか……光ってねぇか!?」




私の位置からネロの表情は見えないけれど、その声色が動揺した物だということははっきりと分かる。



ネロの言うとおり、鯉たちの体表が淡く発光していた。それだけではなく、鯉たちの体が奇妙な熱を放っている。


夏場とはいえ冷たい水流の中を泳いでいるわけだからこちらとしては多少の熱はありがたいけれど、明らかにこれは異常だった。




「おい、滝が……!」




誰かの声で前方に視線を戻すと、気がつけば、目の前には滝が差し迫っていた。


「降ろして」と交渉してみるも鯉たちはそんな素振りを見せない。



まさか密輸だから粗悪品が混ざってたとか!? ……ありそう。




──とうとう滝は目前まで迫った。




いや、まさか登るつもりじゃ……!? と思ったのも束の間、先頭を泳いでいた私達の鯉が滝を登りはじめる。



嘘でしょこんなの溺死するわ……とぼんやりと考えているうちに、今度は淡い光を孕んだ彼らの鱗がポロポロと剥がれ落ちていく。




「(……そういえば)」




鯉の原産国方面の地域に、鯉が滝を登ったら龍になるって伝説があるってお兄様が言ってたっけなぁ……。





不意に、顔に当たる水飛沫が少なくなったなぁと閉じていた目を開くと、私達の跨がっていた鯉はその姿を蛇のような魚の形に変えていた。


髭が生え、爪のある動物のような手があり、角が生えている。

そして何より──空を飛んでいるのだ。



もはや驚きすぎて声が出ない。

むしろ声を出す気力すらない。


うん、いいよ。こんな日があってもいい。

死ななきゃ安い。生きてるだけで丸儲けだよ、本当に。





龍と成った鯉たちは、そのまま川の上流──北西方向へと私達を乗せたまま空を泳いでいった。

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