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第27話 洞窟

訳のわからない水辺の怪物に引きずり込まれてやってきたのは人気のない洞窟でした──と。




水中にあるらしいこの洞窟はどうやら入り口部分が大きな泡の様なもので覆われていて普通に息が出来る。

恐らく魔法具か何かで発生させているんだろう。

……人の手が入っているとかいやな予感しかしない。



私を掴んでいたソレが突然私の体を離し、自分はすっと洞窟へと消えていった。

勢いのままぽーいと放り出されたので、私の体は地面をゴロゴロと無様に転がってようやく止まった。




──いや、本当に死ぬかと思った!

最初は獄中死で、次は溺死? 圧死? たとえどちらだとしても笑い話にもならないわ。




幸いゴロゴロ転がっただけで、足を痛めたりだとか擦り傷だとかはない。

目が回るのが回復するのを待ってから、私はゆっくりと立ち上がった。




「せっかくの遊覧船ですから」とメルが出してきてくれた夏服のワンピースはぐっしょりと濡れて地味に肌に張りつく。

いつものドレスだったらもっと酷かっただろうな、なんて考えると背筋が震えた。


──ナイスだわ、メル。

無事に帰れたら、何かお菓子でも贈らなきゃ。




泡のドームに触れると、ぽよんとした感覚でその先に行くのを拒まれた。

どうやら外には出られないらしい。





「(……うーん、となると)」





私はゆっくりと振り返る。


そこには大きな岩壁と、ぽっかりと空いた洞窟が待ち構えていた。





「やっぱりここを行くしかないのか……」





ドーム内は上から光が差し込んできて問題の無い明るさだけれど、この先は洞窟──つまるところ暗闇。

そして残念ながら光源はない。


雷魔法で何とかしのげるだろうか……?




──まあやってみないとわからないし、ここで待っているわけにも行かないからな。





「よし、頑張れセレナ・アーシェンハイド!」





パチンと両の手のひらで頬を叩き、己に活を入れる。


そうして私はようやく一歩踏み出した。





***





洞窟内はあまりにも静かだった。


せせらぎの音も生物の声も聞こえず、ただただ私の歩く音と呼吸音だけが響いている。



洞窟内は意外にも乾いていて夏用サンダルの私でもなんとか歩ける。

これが湿ってたりしたら、転ぶのは確定だったんだろうなぁ……。



何も考えずに足を進めていたが、気がつけば入り口の光が届かなくなるほど奥まで来ていたようだ。



特に分かれ道も無いので迷うことはないが、同時に新たな発見もない。




──これ、帰れるのかな……?




そんなことを考えると、少しだけ薄ら寒いような気持ちになった。




「(……一旦引き返してみる?)」




どこまでも続く道に不安になったその時だった。




「あ、お頭! この女じゃないですか!?」




──私の嫌な予感は見事的中していたらしい。




気がつけば目の前に厳ついお兄さん達が立っていた。

人数はだいたい6人で、誰も彼もが見慣れない異国風の服を纏っている。



先頭を歩いていたお兄さんが“お頭”って言ってるよ。

もうこんなの盗賊か海賊か山賊か義賊でしょう。

しかも“この女”って言っている所を見ると、私がここに連れてこられたのはこの人達の仕業で間違いなさそうだ。




「十中八九そうだろうな、あの結界を越えてこられるガキが易々いたらたまらねぇ」



「あの……どなたですの?」




出来れば一番最後の義賊とかが良いなぁって思うんだけど……?



一番後ろを歩いていた細く引き締まった体格の男がじっと私のことを見つめる。

思わず視線を逸らしたくなる気持をぐっと堪えて、私は彼を見つめ返した。



黒い髪に浅黒い肌。

項まで伸びたその髪を紐で括った姿はどこか色気を醸し出す美しさだ。

鮮血のように赤い瞳がギラギラと輝く。



異国風の服を纏った男と見つめ合うこと一分。

先に口を開いたのは彼の方だった。




「アンタがメープル伯爵令嬢か?」




相手は恐らく堅気の人間じゃない──そして彼らはメープル伯爵令嬢、すなわちアルナ様をお捜しである……と?


とりあえず私はメープル伯爵令嬢ではないのでそこはきっちり否定しておく。




「それは私じゃないです」



「は?」



「私はメープル伯爵令嬢じゃなくて、アーシェンハイド侯爵令嬢ですので……?」




なんとなく、語尾が疑問形になってしまった。

私の受け答えを見て、彼は顔をしかめながらガリガリと頭をかいた。




「あー、そっちか!」



「なんか……ごめんなさい?」




クソと悪態をつくお兄さんを眺めながら、内心「これでアルナ様に恩を売れたってことにならないかなぁ」と考えていたのは秘密だ。





結果からお伝えすると、お兄さん達に捕まりました。


逃げたところで袋小路だって知ってたから、特に抵抗もしなかった。

それを考慮してか縄で縛られたりはしなかったけれど、代わりに俵担ぎにされて運ばれている。




──どうしようもないのは分かっているけれど、貴族令嬢としてこれは屈辱だわ……!




「わざわざ大枚叩いて魔法具買ったのになァ、これじゃ大損だぜ」




私を担いだ一番大柄な男の後ろを歩いていた“お頭”と呼ばれていた男が、わざとらしくため息を吐く。



あの巨大な泡を発生させていた魔法具も、先ほど私を連れ去った生物?魔法具?も安価に手に入れられるような代物でないのは素人目にも分かる。

まあそりゃ高かったでしょうね、アレは……。




「一応我が家も侯爵家ですので、身代金程度ならぶん取れると思いますけれど……」



「アンタ案外口悪ぃのな。まあそれでもいいけど、今回俺達の依頼主サマはメープル伯爵令嬢をご所望だったンだよ。あーあ、俺達の計画丸潰れだぜ?」




……うーん、それはなんか申し訳ないけど、誘拐は犯罪なので勘弁して欲しい。



王家の人間の婚約者が狙われるのは今も昔もよくある話だ。

しかも今の王太子の婚約者──アルナ様は、言い方は悪いが大した後ろ盾もない一般貴族の令嬢。排除しようと古狸達が目論むのは分からなくもない。





暫く大人しく運ばれていると、三つの分かれ道が存在していた。その内の一つは布で覆われており、ここが彼らの野営地となっているらしい。


中に入ると数名の男達と大量の木箱がぱっと視界に入った。




「……で、どうしますこの女。処理しておきますか?」




──あ、だよね、そうなるよね!?


予想のついていた展開ではあるけれど、いざ自分がその状況に追いやられたと思うとビクッと体が震えた。

とりあえず、このままだとお魚の餌コースだ。

どうすればいいんだこれ……!? と戸惑う私をよそに、頭の男は首を横に振った。




「いや、まあいいさ。使い道は色々あるだろ。他国の貴族に愛玩奴隷として売るなり──ああ、工作員用に王族に献上するのもありだな。とりあえずソイツはその辺に置いておいて、次の計画に移るぞ」 




頭の男の指示に従って、私を担いでいた男は私を地面へ降ろす。



──乱暴に扱われるかと思ったけれど意外にも、そっと降ろして貰えた。

しかも椅子用の空き木箱と濡れた体を拭うタオルを見繕ってきてくれた。


……もしかして、いい人? いや、そんなわけないか。




「誰か見張りを──ああ、チビ。お前暫くコイツを見張っとけ」




頭の声に、ふっと、とある少年が顔を上げた。


身なりは見るからにボロボロで、体格は痩せ型。

“チビ”──薄汚れた少年のその首には、子供がつけるには仰々しい金属製の首輪が填められていた。




「(……奴隷だ)」




ヴィレーリア及び周辺の国家は奴隷制禁止の共同声明を出している。

そのため人身売買は死罪と言われるほどの重罪であるが、毎年相当数の行方不明者が出たり、孤児達が売り飛ばされているという話も事実だった。



奴隷は主人に抵抗することのないよう、魔法具の首輪をつけているらしい。

私も実際につけているところは見たことはないが、前回、まだ学院に通っていた頃に訪れた資料館でもう使われなくなった実物を見たことがある。


少年の首輪はそれとはところどころ違えど、類似品であることを確信出来るような見た目であった。




少年は頭と呼ばれた男に向かって深々と頭を下げると、私の元に駆け寄って座った。



黒髪に、黒い瞳の珍しい色彩の少年がまじまじと私を見つめる。

いや多分あの人が言っていた“見張ってろ”って命令は、じっと見つめてろって事じゃないと思うよ!? なんだかこの状況居た堪れないのですが……。




「んじゃ、大人しくしてろよ? 俺達忙しいから」




──チェンジ!チェンジで!!

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[気になる点] > 私も実物は見たことはないが、前回、まだ学院に通っていた頃に訪れた資料館で実物を見たことがある。 見たことはないが、見たことがある。 実物を見たことはないアル? [一言] 「荷物を…
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