第24話 日課
怒濤の展開があった後、家に帰宅してからの私はまさに廃人状態。情報量が多すぎて、脳がショートしかけていた。
そんな私をメルを始めとしたメイド達は心配し、ノーラのようなベテランメイド達はそっとクッキーを供え、お兄様からは「普段煩いんだからそれくらいがちょうど良いのかもな」と暴言を吐かれ、そしてお母様からは「どうせ腑抜けてるんだから一緒に鍛錬をやらないか?」と勧誘を受けた。
主に血の繋がった家族からの当たりが酷い。あんまりだ。
まあ、腑抜けていてもどうしようもないのは事実だ。グレン様は今長期遠征で王都にはいないわけだし。
ということで今日はお母様のお言葉に甘えて、鍛錬の見学をすることにした──のだが。
「はい、とりあえず素振り百回!」
中庭に着いた途端にお母様から手渡されたのは日傘でもファンサ団扇でもなく木刀だった。
「……私もやるんですの?」
「当然です、セレナ。こればっかりは実戦あるのみですもの!」
普通に見学しに来ただけのつもりだったのだが、それは許されないらしい。
だから動きやすい服に着替えさせられたのか……。
こうなったお母様は梃子でも、お父様がお願いしても動かない。大人しく従うに限る。
日頃お母様が軽々と操っている木刀は、見た目以上にずっしりとした重さがあった。
これをあんな風に振るの!? か弱い令嬢には無理無理。というかお母様あの華奢な腕でこれを振ってたの!?
でも、身体強化魔法を使えば何とか──
「セレナ、ズルは無しよ?」
「はい、お母様」
人生二回目の私も、母には勝てなかったよ……。
妃教育には護身術という科目が入っていた──だがしかし、やはりそれは“護身術”に過ぎない。
小刀とか、ナイフとかそういう小さな得物は扱ったことがあるけれど、木刀に触れるのはほぼ初めて。
不格好な素振りをお母様が丁寧に、かつスパルタに鍛え直していく。
「お、お母様! もう素振り百回は終わりましたわ!」
「……? 気のせいじゃないかしら」
──いやいや、絶対気のせいじゃないですって!
***
その後何回素振りをさせられたのかは忘れたが、気がつけば私は地面に寝そべり肩で息をするような有様だった。
流石に私体力なさ過ぎるのでは!? いや、お母様が化け物なだけかもしれないけど。
回復魔法のある属性──例えば水属性とか花属性を専攻していればこんな疲労はちょちょいのちょいで回復できていたのだろうけれど、生憎私は雷系魔法使い。
雷魔法の性能は攻撃力に振り切れていて、回復魔法のない珍しい属性なのだ。
なので自己回復するか、ポーションなどの回復薬を使うしかない。
ぜーぜーと必死に息をする私の傍でお母様は軽々と木刀を振っている。
──流石は元騎士、美しすぎる太刀筋だわ。
私の視線に気がついたのか、お母様は素振りの手を止めてにっこりと微笑んだ。
背筋が震えたのはおそらく気のせいではない。
「まあ、誰しも最初はそんなものよ」
「……そうでしょうか」
ようやく体力が回復してきたので、上半身を起こす。
立ち上がるほどの気力はまだない。
「お母様はどうして今日、私にこんな指導をなさったのですか?」
理由の1つとしてそう遠くない未来に辺境に嫁ぐから、というのはあるだろう。
けれどアーシェンハイド家は代々魔法使いを輩出してきた家。お兄様が良い例だ。
それを踏まえるならば別に武道では無く魔法の鍛錬で良かったのでは? と思うわけである。
やっぱり男女の力の差ってのは確かにあるわけだし、魔法の精度を上げるってのが安全策だと思うんだよな。
私がぐるぐると疑問を脳内で巡らせる反面、お母様は私から視線を外すとどこか遠くの方を見つめて呟いた。
「……お母様ね、今度ヴィレーリア王国騎士団附属アルカジア学院で教師になるの」
「絶対やめた方が良いですわ」
──ヴィレーリア王国騎士団附属アルカジア学院。
貴族の子息令嬢達の通う王立エリシオン学院と並ぶ、二大名門校。
国内で王立の名を冠しているのはこの二つだけであり、エリシオン学院を“学院”、アルカジア学院を“附属”と呼ぶ風習がある。
附属は学院よりも一年短い二年制で、附属卒業者はその九割以上が王国騎士団に所属することになる。
学院の騎士科を卒業しても騎士団に所属することは可能だが、附属は実技重視──いわゆる叩き上げ校なので即戦力になるとかなんとか。
ちなみにこの附属はお母様やグレン様の母校でもある。
「え~? でも就職決まっちゃったし……」
以前お兄様は教えるのが下手くそ、という話をしたが、それは完全にお母様の遺伝である。
今日の鍛錬の相手は初心者の私だったので多少手加減はしていたのだろうが、これが附属の生徒──しかも自分の後輩だとしたら? 考えるだけでぞっとする。
初めての子供に対して倒れるまで訓練させる母が教師だって!? 冗談じゃない!
下手をすれば死者が出るんじゃないだろうか。
「お、お母様、本気ですの!? 将来、学院の長期休暇の時に会えないのは寂しいのですけれど……」
「まあ、確かにそうねぇ。休暇の時も仕事が入るかもだし……」
無理やり話の方向を捻じ曲げていく。
就職内定が決まっても、もう教員として働いているわけではないんでしょう?
まだ何とかなるかもしれない。
──うん、希望の光が見えてきた気がする!
私が重ねて言い募ろうとしたとき、お母様はまるで名案を思いついたかのようにぽんっと手を叩いた。
「──じゃあ、セレナが附属に来ればいいんじゃない? どうせ王太子とは折り合いが悪いんでしょう? 附属に通えば王太子と顔合わせしなくていいし、私も毎日会えるわ!」
そ、そ、そういうことじゃないですから!!!!
一体何を考えているんだ、お母様は……!
普通の貴族は出来るならば我が子を学院に入れたいと思っているし、学院卒というのは今や一種のステータスとして浸透している。
別に附属の人がどうとかそう言うわけではないが、貴族令嬢が学院に通って卒業して結婚する──それが“常識”。
お母様が附属卒で型破りな性格であるのは確かだけれど、前回は有無を言わさず学院に通っていたし、それに対して好きとも嫌いとも思わなかった。
だから今回のお母様の発想はあまりにも飛躍しすぎていると──
「(……ん? 待てよ?)」
前回のお母様は、教職には就いていなかった。
恐らくこれは私が前回とは異なった行動をとったから、というのはだいたい予想がつく。
私が冤罪を被せられ投獄されたのは卒業パーティーでの出来事なので、既に私は学院を卒業済みと言っても過言ではない。
わざわざ履修済みの勉学に励み、王太子やルーナ達との不毛な共同生活を送るメリットは──ない。
むしろ、これはチャンスなのでは?
同じ学校に通っていなければ、ルーナが私に冤罪を被せることは出来ない。
侯爵令嬢が附属に通うというのは違和感があるが、それも将来辺境伯夫人としてやっていくためという言い訳が出来る。
まだ決めるのは早計だが、選択肢を増やしておいて損はないだろうし、戦闘経験はいつか必ず役に立つ日が来る。
卒業後は必ずしも騎士団に入らなくてはいけないわけではないからそこも問題ない。
──あれ?メリットしか無くない?
「で、でも今からでも間に合うでしょうか?」
懸念事項はこれ。
普通附属に通う子供は騎士や軍部の家系が多く、幼い頃から戦闘経験を培っている。
今の私は12歳。附属の入学可能年令は15歳から。
単純計算だとあと3年しかないけれど大丈夫か……? と。
「……セレナ、それは1日に同じ分だけ鍛錬したときの話でしょう?」
「……え?」
「足りないのなら1日に皆の倍以上練習すれば良いだけじゃない」
お母様は酷く純粋な瞳で笑った。
私──セレナ・アーシェンハイドはうっかり忘れていたのです。淑女の鑑と讃えられるお母様は、実は根性論の権化のようなレディでもあることを。
「……ご指導、よろしくお願いします」
「一緒に頑張りましょうね!」
【読み飛ばしていただいても大丈夫です】
いつも本作をご愛読いただきありがとうございます。
最初は息抜きとして始めた本作でしたが、たくさんの方に反響をいただけて本当に感謝しかありません。ありがとうございます。
さっそく本題に入りますが、本作では基本的にセレナをはじめとしたほとんどのキャラクターの色彩や髪型、身長などを記載してきませんでした。
これはひとえに作者たる私の中でキャラクター達の像が決まっていなかったこと、またその状態でストーリーが進み読者の皆様の中にもそれぞれのキャラクター像が出来てしまっていると考えていたからです。
ですが、より本作での没入感促進のために色彩などを含めた登場人物紹介を作るべきか否か、色彩を含めない登場人物紹介は必要かどうか迷っております。
大変私事ではございますが、感想欄、もしくはメッセージで皆様のご意見をお聞かせいただけたら幸いです。




