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第20話 宝飾店“フェリチタ”

婚約の取り決めはつつがなく行われ、この度私とグレン様は正式な婚約者になった。


──が、私が王太子の一件で揉めたので、婚約を祝うパーティーは今回は見送りという手筈になった。



うん……なんかいろいろごめんなさい。

そうでもしないと私、義妹に裏切られて冤罪で監獄に入れられて高熱で死ぬので……。



が、何はともあれこれで今日から正式な婚約者!

ルイーズから送られてきた手紙鳥を完全無視してやってきたのは、ブライアント辺境伯領都にある宝飾店だった。



ドレイク湖をはじめとした観光名所かつ、国境線を有する事で有名なブライアント辺境伯領だが、長年の近辺国との戦争により武器製作などをはじめとした細やかな技術が目覚ましく発展しているということはあまりにも有名な話である。

そして、その延長線で、宝飾品などの細工技術も発達しているのだとか。


ブライアント家も御用達の宝飾店“フェリチタ”にやってきたのは他でもない、婚約者の居る証、耳飾りの相談をするためだった。




以前も触れたとおり、ヴィレーリアでは婚約者や恋人がいる場合左側に7センチ程度の細いチェーンのピアスを付けるのが慣習だ。それは純人だろうが、獣人のような亜人であろうが変わらない。

フリーな状態ならば何も付けないし、結婚してようやく両耳にピアスを付けることが許される。



婚約証明のためのピアスはチェーンオンリーのシンプルなデザインの他に、最近では一粒宝石を先端に付けるのが流行なんだそう。


婚約相手の髪の色や瞳の色に合わせるのも良し、相手の領地の特産品を使うのも良し、希少価値が高く有事の際に売却できるような物にするのも良し。


余談にはなるが、前回は至極シンプルなデザインを強制的に選ばされるはめになった。王太子がまともに付き合ってくれなかったためである。



──でも! 今回は違うので!!




「ようこそおいで下さいました、グレン様。……そちらの女性は?」



「久しぶりですね、店主。彼女はセレナ・アーシェンハイド嬢……私の婚約者です」




店の奥から出てきたのは、壮年の男だった。ロマンスグレーの髪と髭が素敵なおじさまである。銀製のモノクルはきらりと輝き、落ち着いた紳士風の雰囲気を纏っている。



──しかし、彼は私の鼻先ほどの背丈しかない小柄な人だった。




「……ドワーフ?」




私の身長が155センチ程度。

そんな私よりもずっと小さいというのだから、まず純人ではない。


私の呟きを店主と呼ばれた彼は肯定した。




「ええ。父がドワーフで母が獣人だったのですが、私は父の血を色濃く継いだようでしてね……一応、ハーフではあるのですが」



「ごめんなさい、不躾なことを聞いて」



「いえいえ、お気になさらないで下さいませ」




「奥へどうぞ」と店主は私達を招き入れる。



おお、素敵なおじさまだ……! 紳士的で素敵。

そんなふうに感動していた私だが、その瞬間グレン様がどこか不満げに尾を動かしたことは露ほども知らなかった。





***





「定番は銀製の物ですが、最近は金製の物も人気が出てきていましてね。珍しいところだとピンクゴールドなどの合金も最近は市場に出回っているそうですね」




このピアスの文化は、戦乱の絶えることのなかった時代、もし死別した際に伴侶に僅かでも資産を残したい──と願ったとある下級貴族の策が始まりだったと言われている。

その相手が、やがて恋人へ婚約者へと変化し今へと続いてきたのだ。

確かにお金とか資産って大事だよね。




「──セレナ嬢には銀の方が映えますね……」




耳に当てて試してみて下さい、と差し出されたピアスの見本と鏡を使いながらグレン様はうんうんと考える。


その眼差しは真剣そのもの──だけれど、やっぱり私ばかりじゃなくてグレン様に合う色やデザインの方が良いのでは……?




「あの、私ばかりではなく、グレン様に似合う色を……」



「心配ご無用です」




ピアスは基本、どんなときでも身につけて離さない。

私は一応貴族令嬢なのでそんなにアグレッシブに動くことはないと思うけれど、グレン様はまがりなりにも現役の騎士。邪魔にならないようなシンプルなデザインで、かつ身につけやすい方が良いのでは──と言い募ろうとしたときだった。




「──これは、目印ですので」




グレン様がすうっと目を細める。

ぞっと背筋に震えが走った。



……あれどうしよう、何かちょっと──?



驚き固まった私の頬にグレン様がそっと手を添える。




「……め、目印」



「虫除け、の方がお好きですか?」



「虫除け!?」




もちろん、私も意味が分からないほど鈍い女ではない。


侯爵家との縁というのは、どの家にとっても大変魅力的な物だ。

だから令嬢がよっぽど手のかかる我が儘娘でなければ、幼少期から大量の婚約を申し込まれる。当然恋愛感情を抱いて婚約を申し込む、という方も居るには居るのだろうけれど、貴族の結婚なんてお家の事情だからね。

ここまで来ると、もはや無差別婚約申し込みだ。



ちなみに私は早々に王太子と婚約したのでその後婚約話が来ることはなかったが、同じく侯爵令嬢──しかも一人娘のルイーズはいつも婚約話に悩まされていた。




「もう、婚約しましたからそこまで気にすることではないかと……」




王太子は国内権力ナンバーワンの存在だったのでそのような強大な存在に果敢に挑む愚者はいなかったが、そもそも婚約者の居る人にアプローチする人、居る? という話である。


そんな非常識な貴族は居ない──ああ、ルーナは別だけれど。




「……セレナ嬢は、こういう束縛はお嫌いですか?」



「ん?」




グレン様の声色が途端に弱々しい物になった。

よくよく見れば、いつも凛々しくぴんっと立ち揺れ動いている耳や尾も心なしかぺしょんと寝そべっているような……?




「私は獣人で、純人の恋愛感情というのは同僚達から聞きかじった程度しか知りません。私達の普通と、セレナ嬢の普通は違うのかもしれない。理解したいと切に思います──ですが、至らぬ点も多いでしょう」




いつも平坦なグレン様の瞳が、僅かに揺れた。




「だから……重ければ重いと、嫌であれば嫌だと、どんな些細なことであったとしても遠慮せずに教えていただきたい。──これも、ピアスの話も、重いでしょうか?」



「……そ、そんなことはございませんわ!」




グレン様は私の回答に満足したのか、再びピアスを選び始める。



──しかし私は呟かずにはいられなかった。




「……ひ」



「ひ……?」



「……人たらし」



「そうだと肯定することは出来ませんが──そんな私を誑し込んだのは紛れもなく、セレナ嬢、貴方だ」





***





「こちらの銀製のデザインでよろしいですか?」



「はい、お願いいたしますわ」



「かしこまりました」




結局、グレン様がいくつか候補を出した上で私が最終的に決めた。選んだのは候補の中でも一番シンプルで、かつグレン様の狼耳に似合いそうな物。



グレン様は「セレナ嬢に似合う物を……」と言ってくれていたが、それは丁重にお断りした。


だってあれだけ悩みに悩みまくった上で選出された候補達だもの、私がどれを選んだとしても似合うに決まっている。

となるとお揃いでつけるグレン様に一等似合う物をと思うのは当然のこと。




その選び方にグレン様は若干ご不満の様子だったが、それはそれとして上機嫌でもあった。



──たぶん、あの応酬が関係しているものと推測。


いつもかっこいいグレン様がペちょんと耳を垂らして不安げにしているというのに、肯定するとか私には無理!!



──それにまあ、約束したしね。幸せにするって。

監禁とかはご遠慮願いたいが、これぐらいは許容範囲内。種族の違いはもうどうしようもないからね。


王太子の前例があるから私は尻軽よりも重い方がありがたいというか……。




「このタイプのピアスですと、先端に宝石をあしらうことも出来ますがいかがなさいますか?」



「あ、その件なのですが、こちらを使うことは可能でしょうか?」




私は鞄から小さなポーチを取り出す。

そしてまたポーチの中から、お兄様から託された小さな箱を取り出した。




「拝見しても……?」



「はい」




私の手渡した小箱に触れる前に、店主はピタリと動きを止めた。



どうかしたのだろうか?

不審に思うも、心当たりはない。

あるとすれば私から漏れた魔力が静電気化し、ぱちっとなった……くらいか?

でもそんな初歩的なミスはしないと思うんだけれど。




「──随分、珍しい物をお持ちでいらっしゃる。もう長くこの仕事をしておりますが、サンダードラゴンの魔石、まして“幻獣の双玉”など初めて見ましたよ」



「分かるんですか?」




困惑しきった私の表情を見て、店主は苦笑いを浮かべた。




「ええ……今となっては真偽は確かではありませんが、我々ドワーフの祖先は石から生まれたと言い伝えられておりましてね。種族的に、石のことは何でも分かるのですよ」




お兄様から託されたこれはこの間討伐したサンダードラゴンの魔石の欠片だった。


サンダードラゴンのようなSランク級の魔物となると巨大な魔石のみならず、小さな魔石をその体内に有していることがあるらしい。

それを“幻獣の双玉”と呼ぶ。

この間美味しくいただいたあのサンダードラゴンもその類だったそうな。




宮廷魔導師でもなく、騎士でもない一侯爵令嬢の功労者──私に対する報酬が肉料理だけって王宮の面子的にどうなんですか? と主張し、お兄様がもぎ取って帰ってきたのだ。


あの時は、何やってるんだよお兄様……と若干引いたが、今は感謝の思いしかない。



ありがとう、お兄様! あの時若干引いてごめんね!




小箱の蓋を開けた店主が目を丸くし、その瞳に歓喜の色を浮かべる。




「既に魔方陣の刻印が施されていますね。素晴らしい出来だ。この刻印はどなたが?」



「……宮廷魔導師の兄に指導をいただきまして」



「では、お嬢様が……! お若いのに素晴らしい技術を身につけていらっしゃいますな」




魔方陣の刻印は学院の必修科目だ。

そのため、学生ならば卒業までの3年間嫌でもその授業を受ける。


なのである程度は出来て当然なのだが、こう持ち上げられると……少しばかり照れてしまう。




「穴を開ければつけられそうですか?」



「ええ、問題なく加工できると思います。お預かりしても?」



「はい、よろしくお願いいたしますわ」




私が頭を下げるとグレン様が小声で囁いた。




「……よろしかったんですか? 貴重な物でしょうに……」



「もう、グレン様ったら今使わなくていつ使うおつもりですの?」




それに刻印の仕方はわかっているけれど怪しまれないようにするため、わざわざ教えるのが下手くそなことで有名な兄に教わりながら刻印したんだよ?

あれはもう二度とやりたくない……。



──ちなみに刻印した魔方陣は身体強化などをはじめとした魔法達の効力アップを図る物だ。細かい模様が多くてそこそこ面倒だったが、これがグレン様のお役に立つならどうってことはない。


回復系の魔方陣でも良かったのだけれど、そちらは難易度が高くお兄様に止められたのでしぶしぶこちらの魔方陣にしたのだ。


まあ3年間授業を受けた私ならまだしも、12歳の初心者がやるような難易度ではなかったんだよな。




「それでは、改めてよろしくお願いしますわ」

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