第2話 求婚
王太子殿下は「面倒くさくなさそうだから私を選んだ」と言っていた。
ならば、面倒くさい女になれば良いのだ!
自分の婚約者を決めるパーティーで他の男に求婚する女──なんと面倒くさいのだろう。私だったら絶対関わりたくない。
荒仕事のようにも思えるが、何せ時間がない。これくらい大胆な行動をすれば王太子含む王家側は私を候補から外す他ない。
不祥事と言えるほどではないけれど、王家の面目は立たないからね!
騎士様は私の発言にあっけに取られてぽかんとしていたが、やがてくっくっと喉を震わせて笑った。
「──随分と、面白いことを仰る」
男くさい、どこか獰猛な獣のような笑顔がその端整な顔立ちに浮かぶ。
王太子も中々の美形だったけれど、騎士様も相当な美形だ。
「ほ、本気ですわ!」
くそ、誤算だった! そりゃあ12歳の子供に一目惚れされたと言っても本気にとっては貰えないよね。ついさっきまで18歳だったから忘れてた。
「──それは失礼いたしました、レディ。……ですが、貴方のような可愛らしい方が、私のような獣人に一目惚れなど俄には信じられない話です」
確かに、ヴィレーリアの貴族の中には獣人のような亜人を毛嫌いする人もいる。これは根強い民族性の問題だ。
しかし、それが大半ってわけではない。
お父様やお母様、お兄様だってそういう差別意識はないタイプだったし、当然私だってそう。
……ああでも、義妹はそういう差別があるタイプだったかな。
「私、そういう差別は好みませんわ。そもそも、一目惚れするのに人種など関係ございませんもの」
一目惚れなんて嘘なんだけどね…! 騙してごめんなさい!
騒ぎはだんだんと広がっていった。よしよし、計画通り。それに、見た感じ令嬢からの視線は困惑が入り交じっていたけれど悪いものではないように感じる。何故かはよく分からないけれど、好感触なら問題ない。
このままある程度広がっていってくれれば、王宮側は私を候補から外さざるを得なくなる。アーシェンハイド家にとってはこの騒動でマイナスな評価を被るかもしれないけれど、一族の中から投獄される人間が出るよりはマシだと思う。
当の騎士様はと言うと──それはもう、曖昧な笑顔を浮かべていた。
悪くもないけど、良くもないって感じ!
これは何というか……微妙!
押さないと負ける気がしてきた!
「もちろん、お名前を聞いた以上私も名乗りますわ。私はセレナ・アーシェンハイド。どうぞ、セレナとお呼び下さいませ」
18年間侯爵家の令嬢として、はたまた王太子の婚約者として厳しく躾けられてきた自慢のカーテシーを披露する。
愛らしさでも、発想でも義妹には勝てなかった私だけれど、作法だけは自信がある。
しかし騎士様の方からは何も返ってこなかった。
嘘でしょう!? 何も言わないのが怖い! うんとかすんとか言って欲しい!
おずおずと騎士様の顔を見つめると、騎士様の感情の読めないその目と目がかち合った。
それから彼は「小さなレディの思いには、騎士として応えねばなりませんね」と言いながら襟を正し、再び私にしっかりと向き直った。
「グレン・ブライアントと申します。現在は、ヴィレーリア王国騎士団の第二騎士団の副団長を務めております」
「ブライアント様、と仰いますのね……」
グレン・ブライアント?
どこかで聞いたような気がするけれど、ぼんやりとしていて上手く思い出せない。高熱で記憶が曖昧になってしまったのか、それとも──。どうにも今は思い出すことが出来なさそう。
それよりも、ブライアント様を口説く方が先だ。私は固く拳を握ることで自分に活を入れた。今、ここで逃がしたら後はない。誰も彼もに求婚しまくるなんて醜聞甚だしい。王太子と同じくらい最低だ。
「ブライアント様、私は先ほど一目惚れしたと申し上げましたが、それは戯言でもなければ子供特有のそれでもございませんわ。アーシェンハイド家の娘に二言はございません。必ず私がブライアント様を幸せにいたします」
とにかく勢いに任せて言っちゃったけど、これってなんだかとても恥ずかしい気がしてきた。周囲から視線が集まると共に、顔が熱くなるのが分かる。
ええい、こうなったらやるしかない! 女は度胸だ!!
真面目な顔をしていれば大抵のことは何とかなると王宮付きマナー教師の誰かが言ってた!!
「あなたは……」
ブライアント様が小さくぼやく。
恥ずかしすぎて、ブライアント様の顔を直視出来ないのでどんな表情なのかは分からない。声色もなんだか淡白なもので、感情が全く読み取れない。
頑張ってくれ、私の厳しい妃教育の成果達。ここで仕事をしなくてどうするんだ。
ブライアント様は一度呟いた言葉を取り消すように、重ねて言い募った。
「恐れながら、レディ。貴方のような未来ある方が私のような者にそのような言葉を言ってはいけません。あなたは、その言葉の重さを十分理解していらっしゃらないようだ」
──まさか、ブライアント様。私に軽薄だと仰るのね!?!?
「決して、そんなことはございませんわ!!」
私の声に、ぴんっとブライアント様の狼のような獣耳が立った。
あっ……驚かせてしまったかも? と後悔するのはもっと後の話となる。
未だ王太子が到着する気配はない。
もちろん最終的には「子供の戯れですわ、おほほほ」と言う流れに持って行きたいが、今いなされてしまうのは少しだけ早い。いや、早すぎる!
加えて思ったよりも騒ぎが広がっていないことに私は焦りを感じていた。
ほら、令嬢のみんな、あなたたちの大好きなスキャンダルだよ? ラブストーリーだよ? だから、もっと噂してくれてもいいんだよ?
このままだと、王家との繋がりを欲しがった両親の力でこの騒ぎの一件が掻き消され、王太子の耳に届かない可能性がある。
それは──不味い。
ただ恥ずかしくて迷惑を起こしただけだなんて最悪すぎる。
「私は、まだ12歳です。貴方様にとっては、まだまだ子供でしょうし、きっと私の言葉も子供の戯言のように聞こえるでしょう」
私だって嘘を吐いてしまった以上、どのような展開になったとしても必ず幸せにするつもりだ。その思いに嘘はない。
それに私の勝手な、いわば私情に巻き込まれたブライアント様に謝罪の意はあるが、ここで引く選択肢は私にはないのだ。
旅は道連れ世は情け、と東方の言葉で言うとおり、巻き込んだ以上必ず私が責任を取る!
「ですが、私もあと3年もすれば成人の身。結婚も出来るようになります。それにアーシェンハイド家の娘として生まれたからには、この言葉の重さも重々理解しているつもりですわ!」
だから今だけ黙ってこの茶番に付き合ってくれ!!
「もう一度……いいえ、この思いが伝わるまで何度でも申し上げます、グレン・ブライアント様。私は貴方様に一目惚れいたしました。どうか、私にチャンスを下さいませ。私は必ずや貴方様を──」
「待て、セレナ! それ以上は駄目だ!」
聞き覚えしかないその声と共に、私の口元は大きな掌で覆い隠される。
言えなかった! ちゃんと求婚出来なかった! 一番良いところだったのに!
私は一世一代の求婚を邪魔した犯人をキッと睨み付ける。
「邪魔をしないで下さいまし、お兄様!」
「お前こそ、何をやっているんだ!」
見て分かるでしょう、求婚していますわ!!
その叫び声は兄の掌の中にあっけなく消えた
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