第17話 婚約
皆様のおかげで、日間ランキング2位、総合10000ポイントまで辿り着くことが出来ました……!
これもひとえに皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
初投稿から4日足らずでここまで行くことが出来て本当に嬉しいです。
これからも精進して参りますので、暫くお付き合いいただければ幸いです。
最後になりましたが、いつもご愛読ありがとうございます!
大空には羊の毛のようにまだらに雲が広がっている。
峠道から続く街道は爽やかな風が吹き抜け、どこからか初夏の香りを運んでいた。
アーシェンハイド侯爵領、レスカーティア伯爵領と街道を馬車で抜けると、グレン様のご実家──ブライアント辺境伯領へと入る。
レスカーティア伯爵領とブライアント辺境伯領の境にある砦を通過し、そう暫くせずにお父様が窓の外を指さした。
「ほら、セレナ。あれがドレイク湖だよ」
指を指されるままに窓から顔を覗かせると、そこには海と見間違えるほどに壮大な湖が広がっていた。
青の水面は太陽の光が反射し、魚の鱗のように銀に輝く。
「お父様、ドレイク湖って詩によく出てくるあの?」
「ああ。古今詩人達が──いや、人々が愛してやまない“ブライアントの藍玉”、それがドレイク湖だ。伝承によれば、その湖底には水を司る龍が住んでいるとか」
ドレイク湖は詩にもよく出てくる観光名所の1つだ。
どこまでも果てしなく青い湖と、その周りを取り囲む深い森林が人気の理由の1つだろう。
確かに、ため息が出そうなほどに美しい自然だ。
それに、水を司る龍……!
「(やっぱり、サンダードラゴンみたいに美味しいのかな……?)」
まるで私がとんでもない食いしん坊に見えるかもしれないが、そんなことは断じてない。
──さて、本題に入ろう。
あのお茶会から約一週間、今日はお父様と共にブライアント辺境伯領へやってきている。
そう、婚約の件での呼び出しだ。
ここでグレン様と私の未来がどうなるのかが決まるわけだが、意外にも私の心は落ち着いていた。
「(だってお父様とブライアント辺境伯は知り合いだって聞いたし……)」
何という幸運か、お兄様とグレン様が知り合いであったように、お父様達もまた友人だというのである!
例えこれが「二度と近づくな!」と言うパターンだったとしても、友人とその娘が関わる話だ。悪いようにはしないと思いたい。
──そうこうしている内に、街道の終わり……砦の姿が見えてきた。
***
──拝啓、お仕事中のお兄様、そして今頃そわそわしているはずのルイーズへ。
「本日は、あの愚息が不在で本当に申し訳なく思います。──それでは、息子共々よろしくお願いします」
「いやいや、急な魔物討伐任務だったのでしょう? こちらこそ、どうにも手のかかる娘ですがどうかよろしくお願いします」
今日は領内に魔物が出現し、その討伐にグレン様が駆り出されていたらしく、グレン様不在の状態で婚約の話が進められた。
結論から話すと、婚約締結は速やかに執り行われた。ブライアント辺境伯夫婦が恐ろしいほどこの縁談に乗り気だったのだ。
な、なんで!? 身分が釣り合っているとはいえ、王太子と揉めた令嬢との婚約にそんなに乗り気になる!?
……などとパニックになっているうちに、凄腕外交官の父が好条件で婚約締結まで持って行った。
私も力の限りを尽くしてお話ししようと思っていたけど、出る幕なんてなかったよ……流石国一番の外交官な父……。
「いえいえ、お若いながらに勉学においても魔法においても優秀と名高きセレナ様に求婚していただいた愚息は本当に幸せ者ですよ」
そう私を持ち上げて微笑む紳士は、ザカリア・ブライアント辺境伯──グレン様のお父様だ。
体格こそ屈強な戦士そのものだが、その物腰は柔らかく国内の貴族に引けを取らない。
こんな素敵な紳士だけれど、二児の父で、実はまだ現役の戦士だとか。俄には信じられない話だ。
父とブライアント辺境伯が楽しそうに話しているのを眺めていると、ブライアント辺境伯の隣に腰掛けていた女性が困ったような表情を浮かべているのが見えた。
ブライアント辺境伯夫人である。
さっきまであんなに笑顔だったのに、やっぱり実は婚約に乗り気じゃない!?
いずれ嫁姑の関係になる……かもしれない人との遺恨は残しておきたくない。その一心で私は声をかけた。
「あの辺境伯夫人、どこかお加減でも……?」
「え? 体調は問題ございませんわ、どうか心配なさらないで」
やっぱり、反対派なのでは……!? と思った直後の事だった。
「セレナ様は本当によろしかったのですか?」
「と、仰いますと……?」
申し訳ないけれど質問の意図が分からない。
ん……? よろしい……とは……?
思わず尋ね返すと、夫人は意を決したように私を見つめて口を開いた。
「こんな話をするのも何なんですがね、私達獣人は純愛を誓う種族なのですよ」
「……純愛」
「ええ。国や人によって違いますが、愛人を囲ったり、第二夫人第三夫人を設ける方も一定数いらっしゃるでしょう? 私達みたいな獣人はその逆で、一人しか愛せない。極端に言えば、愛した人が他の人に恋情を抱いたりしたら耐えられない……そういう種族なのです。まあ、亜人にはままある話のようですが……」
──あ、なるほど、そっちね!
ぽん、と思わず手を叩きたくなる。
要は愛が重いけど大丈夫? ということだ。
様々な種族が入り交じり生活しているこの世界において、種族ごとに恋愛観や常識が違うのはよくある話で、そしてまたそれが原因で離婚や破局に繋がる──というのもある話なのだ。
「ご心配なさらないで下さいませ、辺境伯夫人。私は、生半可な覚悟でグレン様に求婚したのではございません。──必ず幸せにする、とお約束いたしましたもの」
王太子と婚約することから始まる“最悪の未来”から救って下さったグレン様にそんな失礼なことはしない!
それに、男──ではないけれど、私に二言はない。
そう胸を張った私に、辺境伯夫人はハンカチを握り締め、瞳を潤ませた。
……え? 夫人、それはどういう感情ですかね……?