第16話 優雅なるお茶会議
──あれから三日が経った。
サンダードラゴン肉の料理は確かに美味しかった。
けれど、その後のやれドラゴンの皮の利権がどうだの、爪の配分はどうだの、臓器がどうだのこうだのといういざこざに巻き込まれてちょっぴり憂鬱な日々が続いていた。
いや、確かに卒業論文は書いたけど私の本分は研究者じゃないので……。
別に皮とか爪とか臓器とかはいらないかなぁって。
一応功労者だから! と言うことで幾度も幾度も確認があった結果、私は「全て研究に役立てていただけると幸いです」と言い残して残りをお兄様に丸投げしてきた。
いつもと違うところは、お兄様が嬉々としてその役目を買って出ていたことだろう。
希少価値が極めて高いドラゴンの皮はもちろん、あれほど状態の良い臓器はないとか何とかで宮廷魔導師──いわば研究職の皆さんは欲しくてたまらないらしい。
まあ、私はいらないのでどうぞ皆さんで好きにやって下さい……。
そうして、それらのいざこざから一歩離れると、途端に静かな生活が帰ってきた。
メイド達に起こされる前に自然に起きることが出来て、加えて目覚めも良いなんていつぶりだろうか。
確かに逆行してから本当に色々あったし、今日くらいはのんびりしてもいいよね──なんて二度寝を決めようとしていた、そのときだった。
「おはようございます、お嬢様。もう起床なさっていらっしゃったのですね」
「ええ……でもこんな爽やかな朝だもの、二度寝しても良いわよね?」
「ですがお嬢様、今日はアストラル侯爵家でお茶会のご予定だと聞きましたが……?」
──うん、忘れてたわ。
「……行かなきゃ駄目かしら」
「どちらかと言えば……行った方がよろしいかと」
***
「もうっ、セレナったら遅いのよ! 待ちくたびれちゃったわ!」
「ルイーズ、久しぶり。待たせてしまったのは本当に申し訳ないけれど……まだお茶会の開始予定時刻よりも30分くらい早いんですのよ?」
「1秒でも早く貴方に会いたかったってことよ!」
──ルイーズ・アストラル。
アストラル家は我がアーシェンハイド家と同じく侯爵家で、ルイーズはそのアストラル家の一人娘だ。明るく活発で交友の幅も広く、流行り物には敏感な、お洒落をこよなく愛する侯爵令嬢。
余談だがルーナとルイーズは物凄く折り合いが悪かった。
理由は今もよく分かっていないが、なんとなく合わない人間というのもいるだろうからあまり気にはしてない。
「セレナ、私貴方に聞かなくてはいけないことがいーっぱいあるのよ」
がっしりと掴まれた肩がじんわりと痛い。
この華奢な両腕のどこからこんな怪力が生まれているのだろうか。
「……例えば?」
「ああそうね──貴方の婚約騒ぎとかかしら?」
ルイーズ・アストラル。
明るく活発で交友の幅も広く、流行り物には敏感な、お洒落をこよなく愛する侯爵令嬢。そして彼女のなによりの特徴は──
「みっちり聞かせて貰うわよ?」
「……はい」
在学中、“愛の伝道師”と揶揄されるほどの恋バナ好きであったことだ。
本日ルイーズのお茶会に招待されたのは、仲の良い友人ばかりだった。
シェリー・エドヴァルド公爵令嬢、ソフィア・レスカーティア伯爵令嬢、そして私とルイーズを含む4名がぐるりと机を囲む。
──この人選は、私を安心させるための気遣いなのか、徹底的に聞き出すからな? という意思表示のどちらなのかが問題だ。
アストラル家のメイド達が次々に並べるケーキはどれも王都で今流行している物だ。
これ、並ばないと買えないやつだよね……?
しかもオーナーが変わり者だから、貴族もちゃんと並ばなきゃいけないってやつ。
純白のテーブルクロスの上で宝石のように煌めくフルーツタルトを一口食べる。
甘過ぎず、果実本来の味と食感が楽しめる、見て美味しい食べて美味しいの逸品だ。
「……それじゃあ、洗いざらい吐いて貰いましょうか、セレナ?」
一口食べ終わったところで、ルイーズがパチンと手を叩きそう切り出す。
「残念ですけれど、特にルイーズ達の乙女心を刺激するようなお話はございませんわよ……?」
「それを判断するのはセレナではなく、ルイーズ……いえ、私達よ。観念して話した方が身のためよ?」
「シェリー様の仰るとおりですわ、セレナ様。ささ、紅茶も淹れましたから思う存分語って下さいませ!」
話せと言われてもどこから話すべきなのか……。
キラキラとした少女達の期待の視線に耐えられず私は逆行してから今日までの出来事をぽつぽつと話し始めた。
「グレン様に……グレン・ブライアント様に初めてお会いしたのは、先日の王太子殿下の婚約者を決めるあのパーティーでした。その時私は何というか──一目惚れ、しまして」
「一目惚れ! やっぱりラブロマンスはちゃんとあるじゃない!」
まだ一目惚れしかしてませんけど……?
「それで、こう……逃がしたらいけないと思って、その場で求婚いたしましたわ」
このチャンスを逃がしたら王太子の婚約者となって、また牢獄入りするからね。
私も必死だったわけですよ。
逆行してまでまたあの人生を辿ろうと思えるほど、私に被虐趣味はない。
「ではやはり、セレナ様の方から求婚したというお話は本当だったんですね!?」
「それはまあ……事実ですわ」
ソフィアがティーカップを片手にきゃいきゃいと黄色い声を上げる。
なんだか話しているうちに恥ずかしくなってきたような……?
いや、気のせいだと自分に言い聞かせて私は話を進める。
「そのあとは、数日の間お兄様に謹慎を言いつけられていたのですけれど」
「愛の障害ね……!」
「謹慎が解けた後に登城を命じられまして。そこで王太子殿下から婚約のお話をされたのですが、お断りしました。サロン内には、どういう縁かグレン様が警備として配置されていましたから、少し張り切ってしまいましたの」
そこまで話し終えると、気がつけば他三人が顔を赤らめて互いの顔を見つめ合っていた。
王太子と婚約していたときはこんな話はしなかった……と言うか、恋バナが出来るほどの何かはなかったからちょっぴり新鮮な感じ。
「そ、それでまだあるんでしょう?」
「ええ。その後、もう一度王城に向かう機会がございましたのですけれど、不覚ながら道に迷ってしまいまして、騎士団の訓練場に迷い込んでしまいましたの。そこで木刀が飛んで来る不慮の事故がございまして──庇って下さったのが、グレン様でした」
***
「──という感じです」
洗いざらい吐かされた頃には、既に日が傾きはじめていた。
いや、自分の経験したことを語るのはやっばり恥ずかしい……!
半ばげっそりした状態の私と相反して、他三人はやいのやいのと楽しげだった。ご満足頂けたならまあいっか……。
「ね、セレナ。今度のソフィアの家での舞踏会ではちゃんとブライアント様を連れてくるんでしょうね?」
「え……? それは分かりませんわ、まだ婚約もしてませんもの」
ルイーズから話を振られたが、私はひとまず否定しておく。
この国では舞踏会に参加する場合、父兄なり婚約者なり異性と共に入場するのがセオリーだ。
姉妹や兄弟で入場する人達も一定数いるが、大抵の場合は父兄の友人や知人など誰かしら見繕ってエスコートして貰う。
今までは基本独り身のお兄様と入場していたし、前回──王太子と婚約していたときは王太子がエスコートして下さっていた。
まあ、王太子には入場した後はぽーいと放っておかれてましたけれどね!
やっぱりあんな男と婚約しなくて正解だ。
メープル伯爵令嬢は満面の笑みで自慢していたけれど、後で痛い目を見ると予測している。
「え……? 婚約してないのですか!?」
「え、ええ、ソフィア。だってまだ出会って一月も経っていませんのよ? 来週、ブライアント家にご招待賜る予定ですけれど……」
そこでだって、婚約が百パーセント締結するという確証はないのだ。
「うちの子に二度と近づかないでくれ!」と言われる可能性だってなくはない。
ないとは思いたいけどね……。
私は基本的に優秀なお兄様がいるから何の問題もないけれど、グレン様はブライアント家の長男なので向こうの事情というのもあるだろうし何とも言えないところだ。
「いい? セレナ。絶対逃がしちゃダメよ、そんな素敵な婚約者。逃がしたらすぐ取られるわよ! いいわね!? そして必ず舞踏会に連れてくるのよ!」
「に、逃がしませんわ!」
有無を言わさぬ勢いでルイーズに詰め寄られ、その勢いに負け首を縦に振らざるを得なくなる。
これ、友達の恋心を応援したいって言うよりも、普通に気になるからちょっかい出してきてるだけだな……!?
そうだね、うん。それでこそルイーズ・アストラルだよ。
──そうしてシェリー様やソフィアに「ちゃんと仲良くするのよ!」と活を入れられながら、お茶会はお開きとなった。