第14話 討伐
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皆様に楽しく作品を読んで頂けるよう、これからも精進して参ります。
森の中心部へと近づくにつれ、交戦音が大きくなっていく。
そして森が不自然に開けた場所へと至ったとき、再びサンダードラゴンと相まみえることとなった。
先ほど誘導を行ったときよりも羽が幾ばくか傷ついてとても飛び立てる状態ではなさそうだが、致命傷は与えられていないのだろう。
五分五分と言ったところか。
「あ、お兄様だわ……!」
最前線で戦闘をしているのは、本来後衛のはずの魔導師の兄、セベクだった。
流石にこのまま飛び出すわけにも行かないので、近くの茂みに身を潜めて様子を窺う。
人生2回目、精神年齢18歳の元王太子の婚約者とはいえ、流石にドラゴンの討伐経験なんてのはない。
誘導役は買って出たものの、これじゃあただのお荷物だ。
戦闘で役に立てないのなら何か情報を出せると良いんだけど……。
「(サンダードラゴン、サンダードラゴン……?)」
そういえば、卒業論文を手伝って下さった魔導師の方が雷魔法について何か言及していたような……?
喉元まで出かかっているのに、どうしても答えに辿り着けない。
うっ……モヤモヤする。
そうこうしているうちに、お兄様がサンダードラゴンの尾になぎ倒され後方へ吹き飛ぶ。
「お、お兄様っ……! 大丈夫ですか!?」
「──ああ、セレナか。受け身を取ったから問題ない」
念のため腹部を確認したが、かすり傷程度の物はあるものの目立った外傷はない。
なんだかそのセリフ格好いいな……いつか一度は言ってみたい……。
「セベク、大丈夫か?」
「ロベリア先輩。はい、特に問題はないです……が、そろそろ魔力が危ないかもしれないですね」
「それは他の者も同様だな。想定よりも魔力消費の速度が速い。かといって不利属性の水魔導師達を出すわけにも……」
左腕を押さえながら現れたのは、暁色の美しい髪を1つの三つ編みにまとめた、宮廷魔導師の女性だった。
やや釣り上がった金色の猫のような瞳が彼女の美しさを際立たせる。
私は彼女のその面影に見覚えがあった。
「ロベリア・ジェイス様……?」
「ああ、私がロベリア・ジェイスだ。よく知ってるな……セベクから聞いたのか?」
私がかつての恩師の名を呟くと、彼女は不思議そうにしながらも私の発言を肯定した。
ロベリア様は私が卒業論文を書いていた今から6年後に所長として勤務していた炎系宮廷魔導師の女性だ。
明るく溌剌としているお姉さんという印象が強い。
世間一般で言うと、ロベリア・ジェイスと言えば、魔法相性の見直しに貢献した賢女として知られている。
従来は水魔法は炎魔法に強く、炎魔法は花魔法に強く──とぐるりと円上に記すことが出来た魔法相性だが、ロベリア様の研究によりその相性が見直されたのだ。
この発見は魔法界に大きな影響を及ぼし、彼女は宮廷魔導師の長として任命されたと言うわけである。
「(……あ、そっか!)」
打開策、思いついたかもしれない!
***
「さてさて、これは一体どうするべきかねぇ……」
ロベリア様がお兄様から目を逸らし、サンダードラゴンの方へと視線をやった。
先ほどまでは五分五分と言ったところだった戦況は、今ではこちら側が少しずつ劣勢となってきている。
魔導師達の一部が出払っていたことがかなり影響しているのだろう。
「あのお兄様、ロベリア様、提案があるのですが……」
「ん? なんだい、妹ちゃん」
「水魔法はどうでしょうか?」
ロベリア様はおろか、お兄様までもがきょとんと目を丸くする。
いやまあそんな反応にはなるとは思うけど!
「お前、まさか魔法相性を知らないのか……? 水魔法は雷魔法に弱いことなど、幼子だって知ってる常識だろうに……」
「ち、違いますわ!」
お兄様の呆れかえったような声に私は慌てて反発する。
「よくお考えになって、お兄様。水魔法が雷魔法に弱いのは、水を精製する際に不純物が混ざってしまうからでしょう?」
「──なるほど。不純物を取り除いた精製水を使えば、雷魔法は効かなくなる……ということだね?」
流石、ロベリア様! よく分かっていらっしゃる!
私はロベリア様の言葉にこくこくと頷いた。
「セベク、君の妹は随分と優秀で博識な姫君だな」
「勿体ないお言葉です、ロベリア先輩。だとすると問題は水魔導師達が精製水を作れるかどうかだな……サラ! お前、精製水作れるか?」
怪我をした騎士達を水魔法で癒して回っていた魔導師の一人が、お兄様の呼び声でひょいっと顔を上げた。ボブヘアーの淡い水色の髪をした、背の低い女性だ。
ただ、その耳がほんの少し純人よりも尖っているところを見るとハーフエルフか何かの種族なのかもしれない。
「えっ? いやまあ、出来るとは思うよ。やったことがないから、ちょっと時間はかかるとは思うけど……」
「よし、いけそうだな。後は時間稼ぎのための足止めだが……」
「それでは、私が出ましょう。その間、セレナ嬢をお願いします」
お兄様の視線の意を汲み取るように、グレン様が頷く。
今まで私や他の魔導師達の護衛をしてくれていたグレン様だが、彼の所属する第二騎士団の本分は魔物の討伐。加えて、ブライアント辺境伯領は魔物の多い地域として知られており、領民達は幼少期から魔物退治を経験する。
ここから総合的に判断するに、グレン様は魔物との戦闘のプロフェッショナルと言っても差し支えないだろう。これは頼もしい……!
「了解だ……セレナ、よくやったな。お手柄だぞ」
「ありがとうございます、お兄様──でも、まだ分かりませんわよ?」
そう、八割方上手くいくだろうとは思っているけれど、百パーセントとは言い切れない。
不安さを交えて兄を見上げると、どこか可笑しそうにお兄様は微笑んだ。
「そんな顔するな。お前みたいなちびっ子が頑張ったんだからな──俺達も頑張らなければ宮廷魔導師の名折れと言うものよ」
***
ぱっ、と飛び出したグレン様が腰に提げていた剣を引き抜きサンダードラゴンに果敢に挑む。
遠目に見たその剣やグレン様自身がぼんやりと光っているように見えるのは、《身体強化》の魔法を使っているからだろうか。
グレン様は決して小柄などではなく──むしろ背が高く、細いながらもしっかりと引き締まった騎士らしい体格の持ち主だ。
しかし、そんなことも物ともせずに、グレン様は軽々と木々を利用してサンダードラゴンに斬擊を与えていく。
あんなに騎士団が苦戦していたのに、グレン様一人が参加しただけで優勢へと向かっていくなんて、もしかしなくても相当強い……?
お兄様と同い年で小部隊の副隊長の任を拝命しているのだからそれはそうなんだけど……。
単騎でサンダードラゴンを圧倒するグレン様に感化されてか、少しずつだが騎士達の動きが蘇ってくる。
魔力に余裕のある魔導師達が彼らのサポートをする中、集められた水系魔導師達が精製水を生み出していく。
「精製水の準備が出来たぞ!」
「よし! お前ら、ひけ!」
「──汝は水柱 岩までも削る荒波 汝は悪しきを捕らえる聖水 流れ澱まぬ鋼鉄の鎖 《中級水魔法:曲水の鎖・改》!」
お兄様に“サラ”と呼ばれていた魔導師の女性が、掌から水で出来た鎖を放つ。
鎖はまずはじめにサンダードラゴンの尾を絡め取ると、後ろ足、左翼、右翼、前足──最後は首を拘束し、地面へと縛りつけた。
「……首を!」
中年の騎士が叫ぶ──それと同時にグレン様が地面を蹴った。
右の手に持っていた剣を素早く左の手に持ち替えると大きく振りかぶった後、サンダードラゴンの首を切り落とした。
「やったぞ!」
「うおっしゃぁ!!!」
──広大な森全体に割れるような歓声が広がった。