第117話 離宮
招かれた離宮──エヴリン姫の屋敷は、王宮から少しばかり北東に離れた場所に位置していた。
正確には王宮の敷地内であるのだが、獣人王国では慣例的に王位継承の見込みのある子供達にそれぞれ屋敷を与えるのだった。
エヴリン姫の2人の姉、すなわち第一王女殿下と第二王女殿下は既に国内貴族に嫁いでおり、王位継承権を放棄している。
そのため、現在王宮内には3人分の屋敷が設けられていた。
「ああ、良く来てくれたセレナよ! それにそなたらは兄君と、セレナの婚約者殿だな。ようこそおいで下さった」
エヴリン姫はそう言いながら笑顔で私達3人、それからついてくると言って聞かなかった水龍を迎え入れる。
ワイバーン達は昨夜別れたため、そのまま水龍も共に行くのかと思ったのだが……彼女はちゃっかり宿に残っていた。
近くの川で水浴びをしてきたのだろうか、鱗はしっとりうるつやだった。彼女なりに身なりを整えたと言うことなのだろうか。
「水龍殿も良くいらした。獣人王国の乾いた気候はさぞかしお辛かった事でしょう。今、水槽を用意させましょう」
水の乏しい砂漠地帯のただ中にある獣人王国において、水龍などを始めとした水を操る魔獣や神々は信仰の対象となっている。
そのため、エヴリン姫を始めとした獣人王国の皆さんの水龍を見る目は、心なしか輝いているように見えた。
エヴリン姫はそう言いながら優しく微笑み、そっと水龍を撫でる。
エヴリン姫の言葉を理解してか、水龍は異議を申し立てるように一言「きゅっ!」と鳴いた。
そしてみるみるうちにその体が小さく小さく縮んでいく。
そして最後には両手に乗る程度のサイズまで小さく縮んでしまった。
「えっ……ええ!?」
「おお! 凄い、素晴らしい! 一体どうなっているのだ!?」
「きゅいきゅい」
まあ当然だよね? と言わんばかりの声で水龍は再び鳴いてみせる。
まさか水龍が小さく縮めるなんて……! もっと早く教えてくれれば移動中目立たなかったのでは!? ああいや、ワイバーン達が居るからそんなことはないか。
「なるほど、これがドラゴン種の御業と言うことか……! セレナよ、水龍殿は他にどんなことが出来るのだ!?」
「え、えっと……」
知らない。分かるわけがない。だって今日この瞬間に至るまで水龍が縮めることはおろか、鳴き声を出せることさえ知らなかったのだから。
戸惑う私を余所に、水龍はするすると体をうねらせて飛んでいく。彼女の進む先にはうねる段差を上から下へと流れ落ちていく噴水が。
噴水の上を旋回し始めた水龍が「きゅっ!」とひと鳴きしてみせると、流れ落ちる水は重力に逆らい上へと吹き上がる。そして水を器用に操り、見事なハート型を作り上げた。
「なんと! なんとなんと!!」
「で、殿下、どうか落ち着いて下さい」
声を大にして喜ぶエヴリン姫を周囲の侍女達が慌てて諫める。
その声を聞いて、エヴリン姫ははっとばつの悪そうな、あるいは気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「む、むぅ……すまなかった。水龍と言う存在は物語の中でしか聞いたことがなかったから少し取り乱してしまった。見苦しい姿を見せてしまい申し訳ないな、セレナよ」
「い、いえ、大丈夫です。私も今しがた初めて彼女の業を見ましたので、とても驚いております」「ああそうか、それは良かった! 流石は我が妹分だ、よく理解してくれている」
お兄様の視線が痛い。ビシビシと尖った視線が刺さるようだ。
違います、違うんですってお兄様。エヴリン姫がはちゃめちゃにフレンドリーなだけです。妹分になった記憶なんてこれっぽっちもないんです……!
「──どうぞ、楽にして欲しい。明日の父上の晩餐会には遠く及ばないだろうが、国内の名産品や名物を多く用意した。口に合うといいのだが……」
そうして始まった昼食会は、大変和やかなものだった。
水の入ったたらいを用意して貰った水龍は泳いでみたり浮かんでみたりと、気ままに過ごしている。気を利かせたある侍女が赤い木の実を持ってくると嬉しそうにかぶりついていた。
普段雄山羊丸々1頭分の干し肉を平気でバリバリ食べるのに……猫を被っているんじゃないだろうか。
穏やかな昼食会は、なんて事ない歓談を交えて前菜、スープ、魚料理、と順々に進んでいく。
話題の提供者はもっぱらお兄様か私、時折グレン様といった塩梅で、エヴリン姫は話題を広げるのに徹している。
そしてようやくメインディッシュが用意されたところで、初めてエヴリン姫が話題を切り出した。
「ヴィレーリアの客人よ。其方らが獣人王国に訪れた理由は、グリフォンに会うためではないな?……ああいや、これだと語弊が多すぎるか。グリフォンに会うため“だけ”ではない、か?」
この度、本作『逆行悪役令嬢はただ今求婚中~近くに居た騎士に求婚しただけのはずが、溺愛ルートに入りました!?~』が双葉社様より発売させていただくことになりました……!!
眠介先生の描いてくださった可憐で美しいイラストによって世界観がより広がったお話を、ぜひ一度手に取っていただけましたら幸いです。
巻末には作中よりも少し前のグレン視点のお話や、電子書籍にはレスカーティア伯爵家での舞踏会前のお話、またゲーマーズ様でご購入頂いた際の特典としてブライアント辺境伯邸のメイド・マオ視点のグレンとセレナのお話のブックレットなど、ここでしか読めない様々な書き下ろしエピソードが加筆されています……!!
どうぞよろしくお願いします!!