第114話 放牧場
更新が大幅に遅れてしまい大変申し訳ございません……!
今日~明日辺りにもう1話更新できたらと思っておりますのでどうぞよろしくお願いします!!
国境から街道を王都方面へ進むこと暫く。
幾つかの宿場町を越えてようやく私達が辿り着いたのは、王都の外れにある広大な敷地を持つ放牧場だった。
「──こちらが、グリフォン達の住む王家直轄放牧場になります」
「なるほど、よく出来ているな」
奥の方に視線を遣ればグリフォン達の獣舎と、それに隣接して建物が二棟建っているのが見てとれる。
私達の他にも放牧地の職員らしき人々や、同じく様子を見に来たのであろう人達の姿もあった。
「グリフォンが逃げたりはしないのか?」
「放牧地全体に結界を張っておりますので大丈夫です。……いえ、“今までは大丈夫でした”が正しいのでしょうね」
恐らくアンジェリカさんは私達の巻き込まれたグリフォン脱走事件の話をしているのだと思う。
本来張ってあるはずの結界が何者かに壊され、グリフォンが外に出てしまい、そして孤児院に迷い込んでしまったあの事件のことを。
「(うーん……思い返してみても、やっぱりあれは、ヴィレーリアと獣人王国の対立を煽ろうとしているとしか思えない)」
例えばあのままグリフォンを放置していて、孤児達が怪我を負ったとすれば少なからず獣人王国への不信感が生まれる。
また、捕まえるのに失敗してグリフォンに怪我を負わせてしまっていたら獣人王国側の印象は良くはない。
そして両国の対立で得をするのは──やはりゾルド帝国ということになるだろう。
恐るべし、北の大帝国……!
これから先の知識があったとしても足元を掬われてしまいそうだ。
アンジェリカさんが席を外した後、お兄様はちょいちょいと私を手招きした。
「私とグレンは“例の件”について職員に探りを入れてくる。グリフォンを扱う職員の中には1人くらい医術を学んだ者も居るだろうからな。その間、お前はグリフォンと戯れながら時間稼ぎをしていてくれ」
ついつい忘れてしまいがちだが、ここに来た何よりの目的はグレン様の治療法の手がかりを探すことで、また表向きの目的は助けたグリフォンと再会することだ。
正直私もお兄様達に着いて行きたいところだけれど、それだと不審がられてしまう可能性もある。
私が無邪気にグリフォンと戯れている間、お兄様達は自由に行動できるはず。
私はお兄様の囁きに頷くことで肯定すると、無意識にグレン様へ視線を滑らせた。
そうして目と目が合うとグレン様は口元に笑みを浮かべて見せた──が、しかしその姿はどことなくぎこちない。
どうしたのかな……? と不思議に思っているとグレン様はそっとポケットから小さな鏡を取り出した。
「……どうぞお体はそのままで、この鏡を覗いてみて下さい」
言われたとおりグレン様の手元の鏡を見つめる。
そこには私の背後でグリフォンを眺めていた少女の姿が映っていた。
かなり距離があるため顔立ちははっきりとしないものの、大まかな特徴は判別できる。
「金の髪、大きな角、朱色の瞳──直接お目にかかったことはありませんが、恐らく彼女は獣人王国の王家に連なる姫君だと思われます」
「……獣人王国の王家が接触をはかってきた、と言うことでしょうか?」
金の髪、大きな角、朱色の瞳。
それは獣人王国の王家に連なる人の身が有する特徴だった。
鏡越しな上に距離があるため、誰かまでは特定できないが確実に獣人王国の王家側の人間であることは分かる。
「断定は出来ませんが、その可能性は高いかと。こちらに気づいている様子はありませんが、推測通りであれば必ず声をかけてくることと思われます。本来ならば私が側でお守りするべきなのでしょうが……どうかお気を付けて」
「はい、お任せ下さい!」
「……ふむ、不安だな」
お兄様の呟きに私はむっとする。
不安とはなんだ、酷いじゃあないですか!
私だって巻き込まれることは多くても、揉めたり相手の機嫌を損ねることはそうそうない……と思いたい。ちょっと自信がないけれど!
お兄様の呟きに少しばかり苦笑を浮かべたグレン様は、考えるような素振りをみせる。
そして次の瞬間、すっと両腕を広げた。
「……少し失礼しますね」
「え? ひゃあ!?」
グレン様に抱きしめられたのだ──そう理解するのには数拍かかった。
しかし理解してしまえば後は早い。ぴょんと大きく心臓が飛び跳ねる。
大きな体、頬に触れる髪のくすぐったい感触、胸いっぱいに広がる甘い香り、じんわりと伝わる心地良い温もり。
「気休めですが、私の存在を向こうに知らしめる程度には役に立つと思います」
「ひぇ……ええ、ああ、なるほど……」
俗に言う、マーキングだとかそれに近しい行為なのだろう。
お兄様の、野次めいた生暖かい視線が逆に痛い。視線が煩い、とでも言うのだろうか。語法的には間違っているのだけれど、そう表現するのが最も的確だった。
グレン様と出会って3年。私も精神的には21歳の良い大人。
ハグくらいで照れるような年頃ではないというのに……。
「(やはり、鍛えなければ……このままじゃ心臓が持たないわ……!)」
獄中死を回避できたとしても、その後早死になんてしたら元も子もない。
死因が婚約者の一挙一動に振り回されたから、なんてお兄様に爆笑され続けること間違い無しだ。
強くなろう──ぎゅっと拳を握り締め、私はそう決意した。
お兄様とグレン様が放牧場を後にし、建物のある方へと向かった後、私は放牧場内の一角に屈み込んでグリフォンを観察していた。
日差しが心地良いのか、だらりと地面に寝そべり日向ぼっこに勤しむグリフォン達。
その顔には王獣の威厳など欠片もない。
ぐぅ……可愛い。私を物珍しそうに眺める表情も、うとうとと船を漕ぐ姿も、その何もかもが言い表せないほど愛おしい……!
ヴィレーリアでは、他者から危害を加えられることのないよう一般への公開をしていないためこうやってまじまじと見る機会は滅多にない。
その影響で、グリフォンへの印象は物語に忠実なもの──神秘めいた印象が強かったのだ。まあ、このギャップに“萌える”のだけれども!
「はぁ……餌付けしたいわ……」
「餌付け、か。職員に言えばいくらか餌をわけてくれるはずだぞ。ちょうど昼時だしな。掛け合ってみると良い」
ぶつくさと独り言を零していると、不意に視界に影が差した。太陽に雲がかかったのではない。
明らかに人形のそれを認めたくなくて思考を停止させていると、追い打ちをかけるように少女の声が頭上から降ってきた。
見上げると、そこには金の髪、大きな角、朱色の瞳の──先ほどグレン様と鏡越しに覗き見た少女の姿があった。
にこりと笑って見せたい少女は、有無を言わさぬ態度で私の隣に屈み込む。
ああ、どうしましょうグレン様。これじゃあ一本釣りです。あっという間に釣れてしまいました。