第113話 国境越え
お知らせもなく、更新が大幅に遅れてしまい大変申し訳ございませんでした………!!
一足遅れて私がブライアント辺境伯領に到着し、それから1日が経過した。
一晩だけという短い期間だったが、とても良くしてくれたブライアント辺境伯夫妻にお礼を言い、私達は獣人王国との国境へ向けて発つ。
天には澄み切った青空が広がり、ぽつぽつと羊毛のような白い雲が浮かんでいる。
澄み渡る空、険しくも美しい峰々、生命力溢れる草木、流れゆく川──そして美しい風景を埋め尽くすワイバーンの群れとご機嫌な水龍。
おかしい。何かがおかしい。
少なくとも2日前まではこんなはずではなかったのに。
しかし何がおかしい、と明言する者はこの場にはいなかった。
「……賑やかな旅路ですね」
「賑やか、か。そうだな。まるで寝物語によくある、魔王の軍勢の行進のような賑やかさだ。間違っても変わり者の令嬢のお忍び旅行なんかではないな。セレナ、お前の誘って来た友人はとても賑やかな奴らなんだな」
別に誘ったわけじゃないもん。勝手について来ちゃったんだもん。と言うか進行方向が一緒なだけだもん……!
現在国境を目指す私達はワイバーンの大群に囲まれていた。……と言うのも包囲されて攻撃されているのではなく、むしろ群れの一部として歓迎されているような雰囲気である。
全ては私をここまで連れてきた水龍の仕業……功績? だった。
ワイバーンを蹴散らそうと地上に降り立った水龍に「お腹を壊すかもしれないから食べちゃだめ!」とお願いしたのが昨日の話。
そのあとの一晩、何があったのかは分からない。しかし今日目が醒めるとブライアント辺境伯邸の中庭には、まるで何十年来の友人かのように仲良く戯れるワイバーン一家と水龍の姿があったのだった。
なんて魔性の水龍なのだろうか。
ふっと顔を上げると、最初は片手で事足りる程度の頭数だったのが国境に近づくにつれ、一頭、また一頭と増えていっているのがよくわかった。どうやら、どこからともなくワイバーン達が合流しに来ているらしい。
ヴィレーリア辺りを根城にしているワイバーンは基本的に家族を1つの群れの単位として生活するので、ここまでの大群は見たことがない。
時代が時代なら厄災の象徴だの破滅の前兆だの言われても納得してしまうような光景だった。
これで背景が青空でなく夕焼けだったら私でもきっと絶望してた。今もちょっと絶望しているけども。
これはもう威嚇射撃されても文句は言えないレベルだ。
おかしい……こんなはずじゃなかったのに……。
私達が一歩また一歩と進んでいくに連れ、空を埋め尽くさんばかりのワイバーンが進んでいく。
ブライアント辺境伯邸から国境まではほんのちょっと距離がある。そのため国境までは馬車で行く予定だったのだが、ここでワイバーンの好奇心旺盛な性質が裏目に出た。
用意した馬車に興味を惹かれ、屋根の上に乗るという始末。終いには馬車馬にちょっかいを出し、震え上がらせたため、馬車を使えない状況になってしまったのだ。
歩くことは嫌いではないし、馬車が必須と言うほど距離があるわけでもない。
その上疲れたら水龍やワイバーン達が背に乗せてくれるという好待遇っぷりだったので不満はない。……不満はない、はずなのだ。
心なしか、また頭数が増えているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいであって欲しい。
そうしてのんびりと国境へ向けて流れていくこと半日ほど。
生い茂っていた草木の姿が徐々に減少し、乾いた大地を進んでいくと、そこには黄土色をした堅牢な砦が聳え立っていた。
私の背丈よりも何倍も大きな木製の扉の前には、商人や旅人らしき風貌の人々が数本の長蛇の列を成している。
少し列から外れて前方の様子を窺ってみると、そこではある一定の制服を纏った人々が検問を行っている姿があった。
確かあれは、獣人王国の騎士団の制服だったはず。
敵対する国では無いとは言え、ここは国境。騎士団が常駐していても不思議じゃない。
獣人王国騎士団の人々は酷く慣れた手つきでテキパキと荷を改めていく。
そのため、見た目よりも早く前へ進むことが出来た。なお、ワイバーン達は人混みに臆することなく、皆悠々と水龍と共に天高く舞い上がってみたり地上で羽を休めていたりと自由に待ち時間を潰している。
ワイバーンの大群に戦々恐々としている他の旅人達には本当に申し訳ないが頼んでも話を聞いてくれるような相手ではないので諦めて欲しい。
彼らは水龍──友達の友達であって、残念ながら私の友達ではない。つまりお願いをまともに取り合って貰えるかは賭けになる。
こうやって私達についてきているのも、気まぐれか、その方が生存率が高いと判断してのことだろう。もしかしたら面白がってやっているだけなのかも知れないけれど。
そうやって自分の気を紛らわせていると、不意に人々とワイバーン達の喧騒を、ある女性の声が切り裂いた。
「……止まって下さい、そこの怪しい一団!」
「グレン様、怪しい一団がいるらしいです」
「それは困りましたね。国境付近は様々な人が行き交いますから、治安も悪くなるのかも知れません。人も多いことですし、出来るだけ離れないように……」
「いやいや、貴方方ですよ! そこの3人組とワイバーン! どう見ても貴方方が一番怪しいです!」
残念、赤の他人としてシラを切る作戦失敗! いけると思ったのに……!
それに、こんなに堂々としているのに、どこが怪しいというの!?
「と、とにかく! 通行許可証か身分を証明できる物を提示して下さい!」
鋭いツッコミを入れてみせた女性は1つ咳払いをするとまなじりを釣り上げ、厳しい口調でそう言った。
言動と態度の端々から善人オーラが滲み出ている。
女性のぴこぴこと小さく揺れるキツネらしき耳と尾が可愛らしい。
この先は獣人王国。言い換えればもふもふパラダイスなのである。ブライアント辺境伯領も獣人の目立つ場所ではあるが、獣人王国ともなればその上を行くはず。
楽しみだ、楽しみすぎる……!
そんなどうでもいいことを考えている私の隣で、お兄様は私のバッグのポケットからお父様の下さった証書を取り出して提示する。
普通の証明書も持っているはずなのだが、こちらの方がすんなり通れるだろうと判断したらしい。
「これで大丈夫か?」
「これ……は……! いえ、ヴィレーリア王国からの公式な客人とは言え、流石に許可無くワイバーンの大群を引き連れての入国は認められません! テイム中の魔物は近隣住民に迷惑のかからないよう、きちんと管理していただかないと……」
「ああいや、あのワイバーンは私達がテイムしているわけではないぞ。いわゆる野生の群れってやつで、たまたま進路が一緒になっただけで特段契約しているわけではないのだ」
そうなのだ。ワイバーンはもちろん、水龍とでさえブライアント辺境伯領で別れる予定だったのに何故かついてきてしまっている。
竜種は知能が高い反面、気まぐれな生き物なので彼らの真意を推し量ることは至難の業となる。
お兄様の声が聞こえたのか、それとも偶然か、砦の壁の上で一休みしていた水龍がひょいとこちらへ顔を向けた。
「テイムしてるのはあの水龍だけ……ああいや、彼との契約ももう終わってるのか?」
「ええ、3年前の短期契約ですので、テイムの契約自体は終わっているはずです。今回はアップルパイを報酬に、ちょっと手伝って貰っただけなので。ちなみにお兄様、あの水龍は女の子です。ガールなのです」
「嘘……そんな……テイムをせずワイバーンの大群を引き連れてきた……? そんなことがあっていいの……?」
「あの水龍が女の子……だと……?」
どちらもちょっと見れば分かる話だ。
衝撃の事実にぷるぷると震える2人の姿はまるで肉食獣を前に怯える兎のよう。女性は狐系の獣人だと思うけれど。
お兄様には草食動物の才能があるのかも知れない。
「……その、差し支えなければ入国したいのですが、いかがでしょうか?」
「はい! もちろん大丈夫です! ご案内します!」
……ご案内? いや、通してくれるだけで充分なのだけれど。
私と同じようにグレン様もまたその言葉に違和感を覚えたようで、首を傾げ、伏せていた片方の耳を持ち上げてみせている。
そんな私達の疑問は意外にもあっさり、彼女の手によって明らかになった。
「今までの無礼をどうかお許し下さい。お待ちしておりました、セレナ・アーシェンハイド様。この度、王より命を受けグリフォンの元までご案内を務めさせていただきますアンジェリカと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「……どうやら王宮側からの配慮、らしいな。我々は聞いていないが」
そう小声で囁き、お兄様は肩をすくめて見せた。