第112話 とある王宮魔導師の言うことには
──王宮の転移装置を半ば私情で利用したら、妹が消えてしまった。嘘のような話だが残念ながら事実だった。
何が原因だったのかは未だ不明だが恐らく置いてきてしまったのだろう。もしくはどこかに落としてきてしまったか。
妹の存在が欠けてしまったことで、ブライアント辺境伯領には仲良く手を繋いだ成人男性2人が届けられた。
唖然とする辺境伯家の人々と、空虚な手と私の温もりを抱いた手との間を視線を彷徨わせる友人。
辺境伯夫人のまるで子猫を見たかのようなほっこりとした笑顔と、グレンの絶望的な表情の対比が非常に面白かった。
「ほらほら、そんなにあからさまにへこむなって。そんな反応をされると私とて傷ついてしまうぞ?」
「貴方はそんな簡単に傷つくたまではないでしょう? ああ、ただでさえ少し前にアーシェンハイド侯爵と浮気してるだのなんだのと言われたばかりなのに……」
「む、それもそうだな……ん? 父上がなんだって?」
聞き捨てならない言葉が聞こえたが、深掘りして欲しくなさそうな雰囲気を読み取り口を噤む。私は空気の読める王宮魔導師なのだった。
所変わってブライアント辺境伯領のとある森の中。
鬱蒼と生い茂る木々の合間を、なんて事無い会話を交わしながら私達は進んでいく。
「それにしても、こちらに着いて早々魔物討伐に協力していただいて、申し訳ないです。体調も万全ではないでしょうに……」
こちらに来て少しばかり休んだ頃、ブライアント辺境伯邸に早駆けの馬が入ってきた。曰く、山の麓にある農村で小型のワイバーンが確認されたのだと。
この時期、ワイバーンは己の鱗の研磨をするため、砂漠へ──ちょうど獣人王国の方へと向かう。それなりの長旅となるため、食料を求めて人里へと降りてきてしまったのだろう。
ワイバーンの討伐は『身の危険を感じると周囲に呼びかけ味方を集める』という性質故に通常、少数の兵で行われる。少人数で警戒されぬよう囲み、サクッと倒すのが魂胆というわけだ。
しかし不運なことに、現在少数部隊は皆出払ってしまっているとのこと。
グレンもこんな状態なので戦力にはなれない。むしろワイバーンよりもグレンの方が人里に被害を及ぼす恐れがある。
と言うことで、お茶請けをつまみつつのんびりとしていた私が討伐の任を買って出たと言うわけだった。
「いやいや、今回の件に関わらずこれからブライアント家には何かと世話になる予定だからな。これくらい安いものよ。それにブライアント辺境伯領の薬草は稀少かつ質が良いからな。魔物討伐の報酬が薬草の採取の許可と来れば断る魔導師はまず居ないぞ?」
元々魔力量と回復力には自信がある。セレナがかなりの量を負担してくれたお陰で、想定よりも大分魔力に余裕があった。まあ当の本人は置き去りにされてしまったわけだが。
あまりランクの高い魔物は手に余るだろうが、普通の魔物程度ならば問題ないだろう。
人助けとなる善行に加えて、セレナが来るまでの暇つぶしと食糧確保にもなると言うのだから引き受けない手はない。
「それよりも、グレンはこちらについてきて良かったのか? 辺境伯邸でセレナの到着を待ってても良かっただろうに。この辺りの地理に詳しい兵士を貸してくれれば、こちらは問題ないぞ?」
「いえ、これでいいのです」
意外な答えに私は目を見開く。
してやったり顔で微笑んだグレンは1つ咳払いをすると、どこか遠くに視線を遣りながら口を開いた。
「彼女と出会ってまだ数年ですが、彼女のその数奇な運命と突飛な発想は重々理解しているつもりです。目が離せない、と言うのでしょうか。転移装置を使用して置き去りにされるなど聞いたこともありません……が、きっと今回もセレナは彼女のやり方で解決してしまうのでしょう。それが心配であり──少し楽しみでもあるのです」
ふっと瞳を伏せ、彼は右胸辺りの服を左手で握り締める。
数年来よりよく見る、彼の癖だった。
「本当は今すぐにでも王都に戻りたいと思っています。ですが、結局のところ魔力もろくに使えない今の私に彼女に差し伸べられる手はない。今の私が足手まといになってしまうのは火を見るより明らかでしょう。私に出来ることは、彼女を信じて待つことだけ。ああ、それと料理を用意することくらいは出来るかも知れません。……正直な話、じっとしていると駆けだしてしまいそうなので、魔物討伐の話が出たときは助かったと思いました。何も出来ないのが歯痒い限りですが」
「いいや? 傷つけぬように丁寧に、奪われぬように過保護に──そうして守ることを愛と呼ぶならば、ただ一途に信じて待つこともまた愛と呼べるだろうからな。アレは逆境に燃える質のようだし、適当に野放ししておいて、死にかけたら救うくらいが丁度良いのかもしれん。まあ魅せられる云々は、生まれてこの方恋しい人の居ない私にはとんと理解できぬ思考回路だがな!」
声を少しばかり荒げたところで、不意に目の前に赤褐色の塊がもぞりと動くのが見えた。
ゆったりとした動作で長い鎌首をもたげる姿からは竜種の特有の威厳を感じられる。
──その瞬間、金の瞳が我々の姿を射止めた。
「なぁ、聞いていた数より多いのだが?」
目撃されたのは1匹のはずだった。
いくら飢えていたとしても、普段ワイバーンがブライアント辺境伯領に降り立つことはない。だから1匹、居ても番の2匹だけだろうと言われていた。
──しかし目の前には5、6匹のワイバーンがたむろしている。
「はぁ……いくら私が天才魔導師とは言え、これはまた骨が折れるな。さぁて、それではサクッと倒して、愚妹を待ちつつ辺境伯邸でティータイムと洒落込みますか」
「……ああ、いえ、その必要はないようです」
「はぁ? グレンお前何を言って──」
グレンの赤い瞳が上空を捉えつつ煌めく。
愉悦に歪んだ口元とは相反した、酷く澄んだ瞳だった。
せっかくノリに乗ってきたと言うのに何故白けるようなことを?
私の疑問は口から零れる間もなく、聞き慣れた少女の叫び声によって解決することとなる。
「(……ああ、なるほど。先ほどから遠いところを見てたのは音を聞いていたのか)」
気づいていたのならば、それは何と性格の悪い友人なのだろう。だとすれば、彼は高潔な紳士の皮を被った社交界の狼に違いない。
「あっ、だめ! だめだめだめ! 食べちゃだめよ! いくらドラゴン種でも生肉は体に良くない……あれ、良くない、のかな? いいや、とにかく食べない方向で!!」
白銀の竜と、その背に跨がった愚妹。
竜が地に降り立ったことで、妹はようやく周囲の様子を把握できたようだった。
「あっ、グレン様にお兄様。遅れてしまってすみません。っとそちらのワイバーンは、お友達……?」
「どこの世界に竜と友達だなんてファンシーな貴族がいるんだ?」
「いやいやここに居るじゃないですか!」
いつもお世話になっております、花嵐です。
ご報告が遅くなりましたがこの度、双葉社様とのご縁があり書籍を発売させていただくことになりました……!
発売日は7月10日、Mノベルスf様での出版です!!
挿絵はなんと眠介様に担当していただけることになりました!!作品をより楽しめるとても美しい挿絵となっておりますので、是非お楽しみ下さい!!
作中よりも少し前のグレン視点のお話や、電子書籍にはレスカーティア伯爵家での舞踏会前のお話、またゲーマーズ様でご購入頂いた際の特典としてブライアント辺境伯邸のメイド・マオ視点のグレンとセレナのお話のブックレットなど、ここでしか読めない様々な書き下ろしエピソードが加筆されています。
ここまで来られたのも皆様のお力添えのお陰です。本当にありがとうございます!!
どうぞよろしくお願いいたします!!