第110話 転移
更新が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした……!
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読者の皆様のおかげで何とかここまで辿り着くことが出来ました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
「……おーい、まだいじけているのか?」
「別に、いじけてなんていません」
お兄様の問いかけにぷいっとそっぽを向けば、代わりにケラケラと楽しそうな笑い声が頭上から降ってくる。
ところ変わって、王宮内の一室にて。
他の棟より隔離されたこの部屋には件の転移装置が設置されている。
20人程度が入れそうなその部屋の中央にあるのは身の丈よりもやや小さな魔石。かなりの大きさだが、これは天然物ではなく魔法陣などを組み込んだ人工の物、要するに魔法具の一つだ。それが宙に浮かび、音もなく自転している。
白い石製のタイルが敷き詰められた床には、黒いインクで緻密な魔法陣が描かれていた。
室内に転移装置が設置されている、というよりはこの室内自体が魔法具のようにも思える。
資料では幾度か見たことがあったものの、実際それを目にするのは初めて。魔法具先進国ヴィレーリアの技術の結晶を目の当たりにし、私は言葉を失った。
よく透き通った人工魔石がその身に孕んだ淡い光で室内を照らしている。
到着した頃には既にクラウス総長とロベリア様がそこで待っていた。見届け人、及び魔力要員といったところなのだろうか。
「やあ、待ってたよ。すぐに向かうかい?」
ロベリア様が快活な笑顔を浮かべつつお兄様にそう問いかける。
「準備ができ次第、すぐに向かおうと思っています。向こう方──獣人王国の方々がどう出るかはまだはっきりとはわかりませんが」
グリフォンは獣人王国の王宮内のある施設で養育されているので、彼女との面会には王宮の許可が必要となる。
以前から『是非ともお礼をしたいので、グリフォンに会いに来ませんか?』などといった誘いが来ていたので、許可が下りないだなんてことは絶対にあり得ないだろう、ということらしい。事実、正式な手紙の前に許可を出す旨をしるした簡易的な返答が返ってきているそうだ。
多少面倒でも、王宮は情報の宝庫。確実に情報を掴めるのならばそれに越したことはない。
多少気難しい人々でも何とかするだろう……お兄様が。
お兄様の返答に満足げに微笑んだロベリア様が魔法陣の内へと入るよう手招きする。
「人工魔石に手を触れれば、転移装置が勝手に必要分の魔力を吸収する仕組みになっているんだ。さあ、触れてみて」
傍らのお兄様が慣れた手つきで人工魔石に触れる。それにならい、私とグレン様もまたそっと人工魔石に触れた。
つるつるとした感触が指先に伝わってきた次の瞬間、不自然な冷たさが右腕を駆け抜けた。魔力が引き抜かれてるのだ。理論上は理解できるが、やはり不思議な感覚である。
魔力が引き抜かれ始めてから十数秒ほどが経過した瞬間、薄氷色に透き通っていた人工魔石がきらりと光を放つ。同時に右腕に熱が戻ってきた。
「……ああ、早かったな。多少手助けが必要かと思ったが、杞憂で何より」
クラウス総長が人工魔石を見上げながらそう呟く。
クラウス総長から見え辛い位置に立っていることを良いことに、お兄様はウインクを決めながらぐっと親指を立てて見せた。
天才魔導師ことセベク・アーシェンハイド、その才覚は衰えるところを知らない……とでもいいたいのだろうか。
「それじゃあ準備も整った事だし、早速発動してしまおうか。くれぐれも、魔法陣の外に出ないようにね。どこに飛ばされても責任が取れないから」
ロベリア様のその言葉に従い、改めて足元を確認する。
問題ないことを確認した直後、ふっと視線をあげるとそこにはニマニマと腹の立つような笑みを浮かべるお兄様の姿があった。
「……どうした、不安か? お兄様が手を繋いでいてやろうか?」
「え、別に結構です……」
冷めた声でそう突き放すも、そんな程度のことでお兄様がしょげるわけもなく。更に言い募ろうとお兄様は口角を上げる。
面倒臭い。とてつもなく面倒臭い。
意地など張らず折れて手を繋ぐのが一番楽なのだろうが、いかんせん腹が立つので折れたくない。
そう、これは──一種のプライドのぶつかり合いというやつである。よくわからないけれども。
「グレン様に手を繋いでいただきますので」
「お、反抗期か? 反抗期なのか?」
お兄様の野次馬を余所に私はぱっと、しかし丁重にグレン様の手を取る。
寝間着姿を見られたことであんなに照れていたのに、だって? いやいや切り替えの早いところが私の長所だ。
「……ふふ。それでは、私がお嬢様をお守りする栄誉を賜らせていただきましょう」
驚いたように目を見開いたグレン様はやがてそんなことを呟くと、その表情を柔らかい笑みに変え、手を握り返してくれる。
うん。ちょっと怒っているかな、と心配だったけれど杞憂だったようだ。
「あ、ずるいじゃないか。よしグレン、私とも手を繋ごう。な?」
「は……?」
困惑した表情を浮かべたグレン様を余所に、お兄様は無理矢理グレン様の手を取り握る。
ついでと言わんばかりに、結局私の手も握ったお兄様は上機嫌な様子でロベリア様を振り返った。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「え、それで良いのか? ……じゃあイチャイチャも終わったようだし、スイッチを入れるね」
あれ程大きく見えた人工魔石も、3人で手を繋いで囲んでみるとまた見方が変わってくる。
ロベリア様は部屋の隅にあった装置のレバーを引いた。
その刹那、足元の魔法陣が閃光を放ち、足元から吹き上げる風が髪を宙へ巻き上げた。
ふわりとスカート部が持ち上がる。
「……どうぞ、目を閉じて」
グレン様の声に従い私はそっと瞼を閉じる。
吹き上げる風に身を任せ、じっと息を潜めていると不意に両手にあったそれぞれの手を握る感触が掻き消えた。
すう、と光が収まっていくのを感じおそるおそる目を開く。
するとそこは見知らぬ屋敷──などではなく、直前まで見つめていたあの小部屋だった。
「えっと……あれ? なんで?」
──そう、私はつまり1人、王宮に取り残されてしまったわけであった。
【6月の更新に関しまして】
いつもご愛読いただきありがとうございます、花嵐です。
大変勝手ながら、現在私生活が多忙を極めており6月3日の更新をお休みさせていただき、6月10日の更新の後は1週間ほどお休みをいただいて6月23日の更新とさせていただきたく存じます。
楽しみにして下さっていた方、ご報告が遅れてしまい大変申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いします。