第11話 鐘の音
「セレナ……! それに、グレンまで」
ブライアント様に案内されて魔導師団の棟に辿り着く前に、目的の人物は現れた。
角から飛び出してきたのは兄、セベク。
お兄様はこちらを見て驚いたように目を丸くしつつ、手は早く書類を寄越せと言わんばかりにこちらに差し出している。
それはちょっといかがなものかと思います、お兄様。
「お兄様、ごめんなさい。道に迷っていましたの」
「ああ、迎えに行ったけれどいなかったから、たぶん入れ違いになっていたんだろうな。……それで、なんで二人が一緒に?」
無事に忘れ物を受け取った兄が首を傾げる。
まあ確かに普通に通行人に道を聞いて案内して貰いました──って場合を想定すると、最近何かと話題のブライアント様と一緒にいるのは不思議に思うよね。
人が多く出入りするこの辺りの棟で、ブライアント様一人を引き当てるのは相当な運が必要だ。
「彼女が騎士団の訓練棟まで迷い込んでいたので、保護して案内していたのですよ」
「ああ、なるほど。悪かったな」
お兄様の謝罪……お礼? にブライアント様はふっと口元に笑みを湛えて、かぶりを振った。
「いえいえ、僅かな間でしたがセレナ嬢と時間を共有出来て幸運でした」
あら、お上手……! やっぱりこういうさりげない褒めが令嬢をメロメロにさせるのよね。私もちょっとだけ、キュンときそうだったけれど王太子の顔がチラついてなんだか消化不良だ。
くそ……王太子が同じ言葉を言っていなければ、素直にキュンキュン出来たのに……!
やっぱり以前から思っていたけれどブライアント様はモテるタイプね、うん。
「そうだセレナ、せっかく研究棟に来たなら魔力測定でもやって───」
お兄様が口を開いた瞬間、どこからともなく甲高い鐘の音が響いた。
────カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン………
先ほど通過してきた城門付近にある一際大きな棟。
上部には大きな鐘が設置されているそれは、物見櫓として主に使用されている物であり矢狭間などのような物騒な物まで取り付けられている。簡易版の砦、と言ったところだろうか。
先ほどの裏門のみではなく東西南北それぞれの門と、正門にも同じ様な物が設備されている。万が一、億が一、王城が攻められた場合の最後の砦となるように。
その鐘は通常鳴らされることはない。
鐘が鳴るのは王族の訃報か、王子王女の誕生の知らせか、結婚式などの祝い事か──
「7度の鐘の音──何か異常が起きたようですね」
「方向は王都の北西部か……こりゃ厄介だな」
──災害級の異常事態が起きたときに限るのだ。
うーん、なんかこの鐘の音……引っかかるんだよな。
精神年齢18歳にとってはもう6年も前の話だし、ここ数年はストレスばかりだったから上手く思い出せない。
私が生きてきた18年間──私は3回だけこの鐘の音を聞いたことがある。
1度は第二王子殿下が生まれたとき。
そして残りの2回は王都に魔物が現れたときだった。
魔物にはE、D、C、B、A、S、SSまでの7段階でレベルが割り振りされており、その内AからSSまでの魔物が王都に接近した際に鐘の音が鳴らされる。
3年前、ちょうど私が学院に入学した頃。鐘の音が鳴らされたあの日に確認されたのは、Aランクのグリフォンだったはず。
そして前回、このくらいの時期に鐘が鳴らされたときに現れた魔物は──
「……サンダードラゴンだわ」
「ど、ドラゴンが! ドラゴンが出たぞ!! サンダードラゴンだ!」
そうだ! 6年前は友人のお茶会に参加していたからあまり深い事情は知らないけれど、サンダードラゴンが王都上空に現れたことがあったはず。
当然、当時12歳の令嬢が討伐に狩り出される訳もないし、友人宅にいたので事なきを得たのを憶えている。
……あとは、その日の夕方にお兄様が討ち取ったサンダードラゴンの肉を分けて貰って帰ってきていた。
高級食材の代名詞ドラゴンの肉なだけあって、油のノリが良い上にパチパチと弾ける食感が面白いのだ。
「セレナ、お前は帰りなさい」
お兄様に促されたものの、私は頷くか頷くまいか若干躊躇った。
だって、今回功労を上げればあの肉をもっといっぱい食べられるのでしょう……!?
令嬢は食が細いだの何だのと幻想を抱かれがちだがそんなことはない。
魔法使いは大食いという格言もあるので、私が肉を食べたがっていることは何も問題はないのだ!
王太子には会いたくないが、幸いにもやつは今日どこぞのお茶会に呼び出されていて王城にはいない。
無理をして帰ってくるような男でもないので、問題はないだろう。
お兄様には悪いけど丁重にお断りを──と思ったところで、ブライアント様が口を開く。
「いや、今帰宅するのは危ないのではないでしょうか? 鐘の知らせでは、ドラゴンが現れたのは北西方向──貴族街の方でしたよね」
家に帰るには貴族街を通り抜けなくてはならないし、そもそもアーシェンハイド邸は知らせと同じく王城から見て北西方向に位置している。
家に帰るにはその道を遡らなくてはならないので、ブライアント様はドラゴンとの遭遇を危惧したのだろう。
「ああ、なるほど……ならば研究棟の地下施設に──」
「その必要はございませんわ、お兄様」
「……何?」
訝しげに見下ろすお兄様に負けぬよう、私は精一杯に胸を張る。
「お兄様はお忘れになりまして? 私は、雷魔法を専攻する魔法使いですのよ。ドラゴンの扱う雷などシャワーみたいな物ですわ!」
だから私も、肉祭りに参加させて欲しいのです!