表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/122

第105話 調査

王宮襲撃事件収束から丸1日が経過した。

騎士達の活躍によって王宮襲撃事件の情報は厳しく統制されており、国内では穏やかな日常が続いている──なんてはずもなく。

箝口令が敷かれた今でも、襲撃事件についてのあることないことが王宮から王都へ、また王都から外部へと広がりつつある。 人の口に戸は立てられない、とはよく言ったものだ。あと数日もすれば辺境にまで話題が行き渡る事だろう。


それでもグレン様に薬が盛られた、などと言った最重要事項の情報管理は厳密に行われているらしく、現場にいた人物らを除く殆どの人々がその事実を知らない。

現在、動ける騎士達は半壊状態にある大広間や中庭の復旧作業にあたっているらしい。検査の兼ね合いと薬の影響を見越してグレン様は参加していない状態だが、表向きは怪我の療養となっているそうだ。

……中和剤で抑えている状況とは言え、騎士団長の1人に薬が盛られましたなんて言ったら騎士達はおろか、民衆の不安を煽るだけだもんね。


それに身体強化を行い対象を戦闘狂化させることが出来る薬があるならば、他国も喉から手が出るほど欲しいだろう。

訓練を積んでない一般市民でも鬼神のような力を得ることが出来るのだ。薬さえ大量生産できるようになれば無限に兵力を上げることが──なんて話は縁起が悪いのでここまでにしておこう。



国中を震え上がらせた王宮襲撃事件。

元通りの日常を取り戻すなんてことはないが、緩やかに日常が戻りつつあるのもまた事実だった。

しかし附属では教員はおろか生徒にも負傷者が出たことなどを鑑み、しばらくの間、休校措置が下される事となった。

その知らせを受けたのが昨日の正午頃の話である。



なんやかんや前置きが長くなったが、現在。



太陽が丁度天高く昇り、穏やかな空気が流れる正午。

慌ただしく昼食の準備に駆け回る料理人達のその傍らで、慎重に絞り袋からクリームを押し出していた私に声をかけた人物がいた。




「やあ、弁当を受け取りに来たよ──っと、セレナ? そんなところにいたのか。お前そこで何をやってるんだ?」



「ご覧の通り、マカロンを作ってます」




そんな疑問の言葉を口にしながら近寄ってきたお兄様を肘で押しのけ、私は黙々とマカロンにクリームを挟んでいく。




「お前の行動にはやたら突飛な部分があるのは知っていたが、今日はなんでまたマカロン作りなんかを?」



「強いて言うならば精神統一のため……でしょうか」




訳がわからない、といった様子で首を傾げたお兄様を余所に私は昨晩から今日にかけての出来事を振り返った。



元々デビュタント翌日であった昨日は休校日。

王都宅で暫く休校だという知らせを受け取った私は「じゃあ休息も兼ねて昼寝でもするか……」と2度寝を決め込んだ。正直その段階で正常な判断は出来なくなっていたのだと思う。


眠りについた時点で既に昼過ぎ。

緊張感を始めとした様々な感情から解放された私は、正に泥のように眠り、結局目覚めたのは深夜をとうに過ぎてのことだった。


軽く夜食を摂り、身を清めた後また眠ろうとして──そして気がついた。

あれ……何だか眠くないぞ……? と。

昼間に爆睡してしまったため、また目ははっきりと冴えているが故に、眠気は遙か彼方に消し飛んでしまっていたわけである。


跡形もなく消え去った睡魔を探しながらベッドの上でゴロゴロしていたのも束の間、じっとしていられなくなった私は立ち上がる。

そうだ、もう身を清めてしまったけど少し体を動かせば眠くなるかもしれない。


思い立ったが吉日、善は急げ。

寝間着姿のままで木剣を片手に中庭に降り立った私を襲ったのは睡魔ではなく煩悩だった。

木剣を一振りする度に脳裏に浮かび上がってくるのは、デビュタントでのグレン様のお姿。

「自らの手でワインを被る大胆さは素敵だったわ!」だとか「薬に浮かされたグレン様も野性的で新たな魅力が……」だとか、煩悩は尽きることを知らない。


馬鹿……私の馬鹿……! これじゃ寝られるわけがないじゃないか!!


適度に体を動かしたことで私の意識は更に覚醒し、今更もう眠れないことは薄々理解していた。

結局睡眠を諦めた私は、せっかく時間が出来たからと前から気になっていたマカロン作りに手をつけ──今に至るわけである。



一説によれば、瞳を閉じて横になっていれば睡眠の7割程度の効果は得られるらしいので、大人しく横になれば良かったものを……なんてのは後の祭りだ。




「(……結局一睡もしなかったわ)」




生活リズムが乱れると休校明けが厳しくなるので早めに元に戻らなくては、と己を叱咤する。

私が記憶を遡って注意力が散漫だったのを良いことに、お兄様は出来上がったマカロンに手を伸ばした。




「あ、食べるのはやめた方が良いですよ。見た目は綺麗ですけれど、わけがわからないくらい固いので……」




私の忠告と共にお兄様の口元から、ゴリ、と食事をする上では決して聞かないであろう音が響いた。


ああ、一歩遅かったか……。


お兄様は口元を抑えつつ、ゆっくりとした動作で膝から崩れ落ちる。




「なんだこれ……岩じゃないか」




勝手に人のものを食べておきながら、なんて失礼な兄だろうか。

牛乳とかに浸せば何とか食べられる程度と言って欲しい。まだ試してないから食べられる確証はないけれど。


貧弱なマカロンだと信じ、油断しきっていた口に突如与えられた衝撃に悶える兄へ、今度は私が質問を投げかけた。




「そういえば、お弁当を取りに来ていらしたのでしょう? お仕事ですか?」



「ん? ああ、広義的に言えばそうだな。これからグレンの身体検査を行うんだ。だいぶ時間がかかりそうだから多めに昼食を頼んでいて……」




つらつらとそう語りながら、お兄様は料理人の1人から手渡されたバスケットを掲げて見せる。

ああなるほど、持ちうる権力を最大限に利用してその仕事をもぎ取ってきたのか。


私の心の奥底に薄らと湧いた淡い羨望の気持ちを汲み取ってか、お兄様は束の間考えるような素振りを見せたのちニヤリと口角を上げて見せた。




「私一人で調査するのは中々骨が折れるのだが、生憎魔導師の皆は結界の復旧のために忙しく駆け回っているらしく、手が空いていないのだ。……どうだ、手伝いとしてついてくるか?」



「ぜひ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ