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第104話 夜明け

いつもご愛読いただきありがとうございます、花嵐です。

本日更新の予定でありましたが、更新予定だった話のデータが飛んでしまい、更新が出来なち状態となってしまいました。大変申しわけござません……!

火曜日には更新できるよう鋭意努力いたします。

ご迷惑をおかけしてしまい、またご報告が遅れてしまい大変申し訳ありません。

どうぞよろしくお願いします。

不意に微かな物音が響き、深い眠りから現実世界へと引き戻される。


重い瞼をゆっくりと開くと、窓から差し込む淡い光に照らされた、見慣れぬ天井がそこにあった。


学生寮の天井ではない。自室のそれでもない。

しかし、その模様や梁の細工にはどことなく見覚えがある。


さて一体何処で見たものだっただろうか──そんなことをまだ覚醒したばかりの頭でぼんやりと考えていると、不意に答えが浮かび上がってきた。




「(……そうか、王城だ)」




逆行前、まだ私が王太子の婚約者であった頃。公務などの事情で王城で寝泊まりする機会が幾度かあったはずだ。きっとその時のことを覚えていたのだろう。


その解に辿り着くと、これまでの出来事が絡まった糸が解けていくようにするすると脳裏に呼び起こされていった。




「……お、目が覚めたか」



「お兄様……?」




微動だにせず、天井を見つめながら記憶を辿っていると、不意に視界内に見慣れた人物が現れた。お兄様である。

きちっと整えられていたはずの髪は乱れ、魔導師団の制服を纏い、そしてフライパンが右手に握られている。


フライパンが……握られている……!?




「どうしたんですか、フライパンなんか握って……」




料理が趣味というほどではないが、お兄様はその仕事上、ある程度自炊が出来る。なのでフライパンを握っている姿は特に珍しい物ではない。

しかし、目覚めてすぐにフライパンを握っている姿を見たら、なんとなく問いたださねばという使命感に駆られてしまった。




「ああ、炊事場が借りられるようだったから朝食でも作ろうかと思ってな。一応お前の分も作ってあるぞ。……あと、これはフライパンではなくグリルパンだ。底面に凹凸があるだろう?」




どうやらそれはグリルパンらしい。

確かにフライパンと違ってボコボコしている──とまあそんなことはどうでもいいのだが。




「乱闘のあと、倒れたお前を引き取って家に戻るべきかと思ったのだが、陛下が治療を受けていけと仰って下さってな。ここは王城の客間の1つだ。お前の付き添いで王城に残ったはずが、後片付けやらなんやらを手伝わされて私も疲れたよ」




そう言いながらお兄様は欠伸を噛み殺す。

酷く気怠げなお兄様の目元にはうっすらと隈が出来ていた。




「治療も終わったので回復次第帰宅しても良いそうだぞ。なんにせよ、頭部の怪我が大事でなくて良かったな」



「……グレン様は?」



「先ほど炊事場に向かったときにはもう目覚めているようだったな。……様子でも見に行くか?」




差し出された手を掴み、ベッドから下りる。

治療のお陰なのか体調に問題はなく──むしろ以前よりも良いくらいだ。何だか体が軽い。


寝間着姿だったため、どうしたものかと思案していると、お兄様が纏っていたローブを貸してくれた。ひとまずこれで人に会うくらいは出来るだろう。



朝の王城の廊下は人気がなく、爽やかな空気に満ちていた。

南に面した大窓からは朝の淡い光が差し込み、大理石を柔らかく照らし上げている。


お兄様に先導される形で廊下を進んでいく。その内にお兄様はぽつり、ぽつりとこれまでのことを話し始めた。




「……医師曰く、グレンに薬を被った後の記憶はほとんどないそうだぞ」



「う、嘘ですよね?」



「いや、本当だぞ? 最初の方はちょろっと覚えていたらしいが……」



「情けも優しさもいりません!!」



「何故私がお前に嘘を吐き、情けや優しさを与えてやらねばならないのだ。なんでも、薬の副作用だそうだよ」




最愛かつ唯一の妹に情けや優しさを与えないというのも、それはそれで問題なのでは……?

そんな思いを込めた視線は、当然お兄様に届くことはなかった。



幾つかの扉を通り過ぎ、あるときお兄様はぴたりとその歩みを止めた。

コンコンコンコン、と4度のノックの後に挨拶をすると内側から入室の許可が下りる。


扉越しでもわかった。今の声はグレン様の物ではない。


では一体誰の物なのか──そんな疑問は脳内で答えに辿り着く前に、簡単に明かされることとなる。


お兄様が扉を開けると、先ほど私が眠っていた部屋と寸分の違いもない部屋がそこに広がっている。

中にはベッドの上で上半身を起こしながらこちらを見つめるグレン様と、その隣で紙束を片手にソファに腰掛ける総長の姿があった。




「……ああ目が覚めたか。調子はどうだ?」



「おはようございます総長、それにグレン様。体調は万全です、ご迷惑をおかけしました」



「そうか、ならよかった。お前達良いところに来たな。少し聞いていくと良い」




そう言って総長はベッド付近の2人がけソファーを指し示す。

医療行為とは言え、本人を目の前にすると恥ずかしさが湧き上がってくるので、ベッドから遠い方に私は腰を下ろした。




「今回の一件に関してグレン、お前の処遇が決まった。その前に最終確認だが、お前はどこまで覚えている?」



「大変申し訳ないのですが、薬を撒かれて以降のことは殆ど何も……。薬を被った瞬間から先ほど目覚めるまでの記憶が抜け落ちているようで。ですが、それを言い訳に使うつもりはありません。どのような処遇も甘んじて受け入れる所存です」




申し訳なさそうに耳をぺちょんと垂らしながら発せられたグレン様の言葉に対し、お兄様はぱっと明るい表情を浮かべて見せた。




「ああ、セレナ良かったな! お前のあの対処方法も──」




くそ! 余計なことを言うんじゃ無い! わざわざ掘り返すな!


嬉しそうにしているお兄様の脇腹に肘打ちを決めると、油断していたのか見事に急所に入り、お兄様は盛大に咽せることとなった。




「うっ! ……突然兄に攻撃するだなんて、お前も段々母上に似てきたな」



「いえいえ、後片付けでお疲れとのことでしたので安らかな眠りを提供しようかと……?」



「安らかな……死……?」




いや、そこまでは言ってないけど!


不満の視線を向けると、ニマリとお兄様は得意げな顔を浮かべる。

調子に乗らせるとすぐこうだ。そしてこの後は大抵私を揶揄うような言葉が続く。

私のその推察通り、口角が上がるのを隠そうともしないお兄様は嬉々として私をせっつき始めた。





「お前は本当に天真爛漫というかウブというか……兄は心配だぞ?」



「ば、馬鹿にしないで下さいませ! 私は人並みですから!」




言い返してもなお言い募ろうとするお兄様に先手を打って言葉を重ねる。早く会話を終わらせたい、気恥ずかしい──そんな焦りから私は信じ難いことに墓穴を掘ってしまった。




「むしろ私よりもお兄様の方がウブなのではないです? 私はお兄様よりも速く大人の階段を一歩上りましたわよ。だってお兄様は異性とキスしたことなんてないです……もの……ね」



「お、おまっ……唐突に兄をいじめるんじゃない! このまま号泣しつつ床に転げ回ってやってもいいんだぞ!」




コロコロと喜怒哀楽様々に表情を変えるお兄様越しに、グレン様の瞳が細められたのがわかった。


途端胃の腑が縮むような恐怖に襲われる。細められた瞳には角度の関係か、光が灯って居らず、その鮮血のような紅から目が逸らせない。

目が逸らせないばかりか、緊張感で喉が渇き、声も出せない。


そ、そうですよね、婚約者が知らないところで誰ともわからない奴とキスしてるだなんて聞いたら不愉快ですよね……! まあ相手は貴方なんですけれども!!


私の胸の内の叫びを汲み取ったのか否か、クラウス総長は視線を手元の紙束、もとい書類に落としながら言葉を紡ぐ。




「本人の名誉のために補足しておくと、セレナ・アーシェンハイドのファーストキスの相手はお前だぞ」



「そうですか……え?」



「暴走中のお前を止めるために、大衆の前でちゅーっとな。なんならそのあと押し倒したのもお前だ。お前の危惧するようなことは何もなかったから安心すると良い」




自業自得なのは重々承知の上だが、必死に隠していたことをいとも簡単にばらされていくその様に、段々顔が熱くなっていくのがわかる。


こんなのもう、まともにグレン様の顔なんて見られない……!




「詳しいことは、どうぞあとで本人同士で話してくれ。……それで、本題に戻して良いか? さて、厳格なる調査と協議の結果、グレン・ブライアント第二騎士団長は──敵からの攻撃による制御不可能な暴走という状況、また一般市民を庇っての事態ということを鑑み、不問とすることとなった。なおかつ今回『薬品が使われ暴走状態になった騎士がいた』というのは外交上の問題から箝口令が敷かれることとなったため、怪しまれることのないよう今後も団長として働いて貰う。ただし条件としてこれからの検査などの情報提供が義務づけられる……いいな?」



「拝命、致し、ました……?」



「俺からの報告は以上だ。それからセベク・アーシェンハイド殿、少し内密にご相談したいことがあるのですが、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」



「もちろん。別室にでも移動しましょうか」




処遇に対してぽかんとするグレン様、未だ俯いたまま顔を上げられない私を残し、2人は席を外してしまう。

部屋を出る間際にお兄様がひらひらと手を振って見せていたのはきっと見間違いではないだろう。


気まずい沈黙が部屋に満ちている。

その空気に耐えきれず口を開いたのは私の方だった。




「……その、錯乱状態のグレン様に無体をしたというわけではなくて! 中和剤を飲んでいただくために口移しをしただけで! あの、その、やましい思いがあったわけではなくて!」




しどろもどろになりながら言い募るものの、言葉を重ねれば重ねるほど罪悪感もまた積み上がっていく。もごもごと言い訳を続けること暫く、私は俯いたまま白状した。




「ちょっと下心というか、役得って思っていた節がありました……」




おそるおそるグレン様の顔を見上げると、当の彼は左手で口元を覆いながらそっと視線を逸らしていた。


──い、嫌だった!? やっぱり!?


泣きたくなるような苦々しい想いが湧き上がった刹那、グレン様の頬がほんのり赤く染まっているのに気がついた。

困ったように下がった眉も、ぺちょんと潰れた耳も、ぶんぶんと揺れる尻尾も、嫌悪感を表すそれではないように思う。


じっと見つめる私に視線を戻したグレン様は、なんだか決まりが悪そうに微笑んだ。




「すみません、お見苦しいところを。少しだけ的外れな嫉妬をしました」



「いや、その、謝られるようなことではなくてですね……!」



「いえ、何か謝罪を──」



そう言いながらグレン様は考え込んでしまった。


ぐ、ぐう! 気にしなくていいのに!


何とかこの状況を打破すべく、羞恥心に犯された脳を必死に働かせる。




「それでは、ハグ1つで帳消しと言うことでどうでしょうか!?」



「……ハグ?」




何かを追求される前に先手必勝、ガラ空きだったグレン様に抱きつく。

恥ずかしさで赤くなった顔が見られないように肩口に顔を埋めた。




「(探さなきゃ……完全な解毒の方法も、戦争を回避する方法も)」




幾つかの事件を邪魔してきたことによって、前回の今頃は一触即発だった国際関係の空気感はその鳴りを潜めている。

しかし私の行動は延命措置に過ぎない。国際的な対立関係の深刻化はじわりじわりと緩やかにしかし確実に進んできている。

私が行動をし続けなければ、いつかは、あの凄惨な戦争が起きてしまうだろう。

そうすればいつかは私も、グレン様も……。



──けれど、今は。今だけは。




「(もうちょっとだけ、このままで)」




甘い香りと温もりに包まれながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。


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