第1話 遡行
現在書いている作品の息抜き程度に始めたゆるゆる作品です。
生暖かい目で見守っていただけると幸いです。
「……うげっ」
豪奢なシャンデリアが天井から釣り下がり、数多の煌めきを床に落としている。
高名な彫刻家が施した柱や窓枠の彫刻は極めて繊細で、その窓枠の外に見える庭園もため息が出そうなほどに美しかった。
──贅、ここに極まれり。
そんな栄華を誇るヴィレーリア王国王城のその一室には、多くの令嬢が集められていた。
みな意気揚々と目を輝かせている。
それも当然だ。今日はこの国の全ての令嬢達の憧れの的──王太子レオナルド・ヴィレーリア殿下の婚約者を取り決めるために集められているのだから。
そんな中、かつては“稀代の悪女”などと事実とはかけ離れた二つ名で謳われた、セレナ・アーシェンハイド侯爵令嬢は思い出した。
12の時に王太子殿下の婚約者取り決めのためのパーティーで婚約者に指名されたこと。
14の時に義妹ができたこと。
18の時に義妹含む周り大勢に冤罪をかけられ、冷え冷えとした牢獄の中で高熱に苛まれながら息を引き取ったこと。
そして、今日──王太子殿下の婚約者取り決めのためのパーティーに呼ばれた“あの日”に逆行してしまったことを。
「無理、絶対無理!」
誰に聞こえるわけでもない、そんな小さな声で呟く。壁際で警護の任についていた騎士がチラリとこちらを見たような気がしたが、気のせいだろう。私の呟きなど、この会場の喧騒にかき消えてしまったはずだから。
大して情もない王太子のためにかけた半生。それがどれほど無駄であったかと言うことは、当事者である私が一番よくわかっている。
単純に性格が合わなかったのだ、と今となっては思う。
王太子殿下のタイプの令嬢は明るく、小動物のように可愛らしく、料理の上手い令嬢──まさに義妹たる少女、ルーナにドンピシャだった。
私はと言えば、妃教育が始まる前は乗馬や外遊びが大好きなヤンチャっ子で、妃教育が始まって直後はなるべくボロを出さないように大人しくしていたものだから毛嫌いされていたのだろう。
私だってあんな男お断りだ。
いくら相手が気に入らないからって、その義妹と浮気するなど笑止千万。
第一私の好きなタイプは一途な人だし!
今回の婚約者の選定パーティーなど茶番にすぎないことを私は知っている。招待されたときには既に婚約者は決まっていたのだ。
正確には三択くらいに絞られていて、そこから王太子が適当に決める。
冷たい牢獄の中で王太子が「お前を選んだわけじゃない、お前が一番面倒くさくなさそうだったから選んだのだ。まあ、お陰でルーナと出逢えたからな、それは感謝しているぞ?」と愉快そうに言っていたから間違いはない。……ああ、当時は高熱に浮かされて辛いも悲しいも思わなかったけれど、あの顔を思い出したら腹が立ってきた。
とにもかくにも、こんなのは茶番なのだ。今から回避するのはほぼ不可能と言っても過言ではないだろう──ならば、どうするか?
私は俯いていた顔をこっそり上げる。
この場に居るのは令嬢達が大半だが、例外として警護を務める騎士や令嬢の付き添いで来たのであろう貴族子息がいる。
私はその中でも一番近くにいた獣人の騎士に目を留めた。私の視線に気がついてか、彼は口元に硬い笑みを浮かべつつ軽く頭を下げる。
……ごめんなさいね、不躾に見つめて。でもこれは一大事だから許して欲しい。
私が注目したのは彼に生えた獣人特有の耳や尾ではなく──その耳飾り!
ヴィレーリアでは婚約者や恋人がいる場合左側に7センチ程度の細いチェーンのピアスを付けるのが慣習だ。それは純人だろうが、獣人のような亜人であろうが変わらない。
フリーな状態ならば何も付けないし、結婚してようやく両耳にピアスを付けることが許される。
そしてこの騎士の左耳には何も付いていない──つまり、フリーってこと!
──やるなら、王子が現れる前の今しかない。この機会を逃したら、またあの地獄の日々が待っているのだ。そう思うと背筋に震えが走った。
やれ、セレナ! 覚悟を決めろ!
私はおずおずと口を開いた。
「あの、騎士様!」
「はい、いかがなされましたか? お加減でも……」
「私、貴方様に一目惚れしてしまいました! どうかお名前を教えて下さいませんか!」
きょとん、と彼はその宝石のような美しい瞳を丸くする。
会場全体が──とまではいかなかったが、私と騎士様を中心とする周囲が水を打ったように静かになった。
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