第95話 「ステラの才能」
走って訓練場へと向かった先には、もうすでに模擬戦が始まっていた。
俺は息を切らせながら両膝に手をついてそれを眺める。
ダーヴィトとステラが剣戟を交し合っている。
目にも止まらぬ速さで剣が交差するたびに火花が散り、鋭い高音が響き渡る。
ステラの横凪の斬撃をダーヴィトがはじき出し、すかさず反撃する。
それをステラは小柄な体格を生かしてかいくぐり、ダーヴィトの足めがけて対処困難な低い位置から切りつける。
それを読んでいたのかダーヴィトは振り切った一刀を正眼に戻しており、ステラの剣と鍔迫り合いをする。
甲高い金属音が、雷鳴のごとく鳴り響く。
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!
「師匠ぉぉぉぉぉー――――!!!!!玉の乙女の肌が傷つくでしょうが!!!」
「アルタイル様に治してもらえばええじゃろ!ほれもう一本!!!」
「このジジイーーーーー!!!!!」
すさまじい膂力から放たれる剛撃。
怒り狂うステラが地に足を踏みしめるたびに地面が抉れ、砂飛沫が飛び交う。
ステラの太刀筋は一見滅茶苦茶にも見えるが、理にかなっている。
ダーヴィトに剣の扱いで年季が大きく劣っているのだから、それすら圧倒する暴力で勝るしか勝機はない。
おそらく本人はそれをわかってはいないのだろうが、類稀なる戦闘センスから本能的に戦法を組み上げているのだろう。
二振りの剣から生まれたとは思えない衝撃波が、俺の顔にべしべし当たる。
ステラ……お前その身体能力で俺のことをあんなにボコボコ殴りまくってたのか?
こいつ…………マジ…………?
戦闘の轟音が質量を伴って鼓膜を震わせる。
あいつら同じ人間か?
最近こいつらの訓練俺がいるからって激しすぎる。人体の限界を超えてるよ。
ギリギリギリギリギリッッッッッ…………………!!!!!
「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぃ……………!!!!!」
「どうした!?そんなものか!!!!!」
ダーヴィトの実直な性格を映したかのような、ひたすら練り上げられた斬撃。
それに抗するには多大な労を要すること間違いない。
現にステラは歯を食いしばりながらそれを受け止めているが、地面に押しつぶされそうになっている。
その姿勢と表情は次第に苦しいものになっていき、徐々に体勢が崩れつつある。
実践であれば、敵に複数体囲まれることも多々ある。
それさえなければ今この時は、硬直状態に持ち込むという時間稼ぎにはなっている。
だがそれまでだ。
手練れであろうと、この体勢では戦況を覆すことは絶無に近しく、死に瀕する末路となるだろう。
しかし黙ってやられる性質のステラではなかった。
「こんのぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」
「むっ!?!?!?」
ステラは鍔迫り合いをしている剣を滑らせ、ダーヴィトの剣の柄までもっていく。
鍔元まで押し込んだ剣を、一瞬だけ力を大きく入れた。
ダーヴィトがそれを押し返してきたところを、ステラは力を抜いて手首を返す。
ステラの剣術に意表を突かれたのか、手加減していたからか、あるいはそのどちらもか。
ダーヴィトは体の軸を外され、前方へとつんのめる構図となる。
そこをステラはステップを踏んで右方向へと旋回した。
それは力の緩急差から重心をずらし、切先を己に向けないようにするため。
バインド状態から有利をとるためだ。
「(うまいこと躱しやがる)」
剣を受け流したステラから見て、ダーヴィトの左手に回り込もうとする。
両者とも右利き。
彼女は理論かそれとも直感からか、相手の弱点へと突き進もうとした。
この間、ものの数瞬の出来事だ。
いよいよ勝負はつくかのように思われたが、しかしそうはならなかった。
バッッッッッキィィィィィィンッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!
「あぁーーーーーー!?剣が折れちゃったーーーーー!?!?!?」
「武器の扱いがなっとらん!!!棒切れを振り回すのとは訳が違うのだぞ!!!」
「だったらもっといい剣頂戴よぉ!!!!!こんなのじゃステラ全然本気出せないじゃん!!!」
「バカもん!!!!!剣の扱いを習熟してからだと毎回言っておるだろうがっ!!!何度言ったら覚えるのだお前は!!!」
「こんなへなちょこ渡すから!!!いっつも言ってるんでしょぉぉぉぉぉ!!!!!」
両者の凄まじい膂力によって、ステラの剣が砕け散った。
あれだけ白熱した鍔迫り合いから、消耗してしまったのだろう。
けたたましい破砕音を立てて飛んできた剣の破片を拾いあげ、その質を確かめる。
刃渡り50㎝程の何の変哲もない鉄剣。アルコル家の支給品だ。
普通に鉄だと思うんだが……?
試しに地面に放り投げてゲシゲシ踏んでみるが、うんともすんともいわない。
これ折ったの……?
これからは俺は、ステラの機嫌を損ねないようにしようと誓った。
あの美少女の形をしたサルが暴れだしたら、人死にが出かねない。
特に俺の尊い命が失われたら、世界の損失だ。
思わぬアクシデントはあったが、模擬戦はまだ続いている。
ダーヴィトの怒鳴り声が広場に響き渡っている。
「そもそも武器がなくなったら悠長に叫んでいないで、何か手立てを考えんか!!!戦うために剣があるのだ!!!手元にいつも最高の武器があると思うなっっっ!!!常に実践だと意識して、最善の行動を心がけよ!!!!!」
「なら渡す剣も最善を尽くせジジイーーーーー!!!!!!!!!!」
「話を聞けこのアホがぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
ボカボカボカボカボカ!!!!!!!!!!
ステラは折れた剣で切りかかろうとした刹那それを接触寸前に投げつけ、首を傾けて投擲を躱したダーヴィトに組み付いた。
インファイトに持ち込み、二人は転がるように殴り合う。
俺は茫然と獣同然の行いを見ると、少し距離を取り引き続き見守る。
ダーヴィトが体格と経験差からか無造作に左手だけでものの数秒で制圧し、ステラの頭に強烈な拳骨を落とす。
ステラの頭に巨大なタンコブができ、地面に倒れ伏した。
彼は額に青筋を立ててつつも、動かなくなったステラを肩に担いで俺に向かって運んでくる。
やはり手加減していたか。
大方物分かりの悪いステラに教え込んだ技術が身についているか、試験でもしていたのだろう。
こいつならたとえ身一つであっても、帯剣するステラを制圧するのもわけないだろう。
「ったくこの小娘は…………これではアルタイル様の護衛など、とても務まらんわい。アルタイル様を逃がすことこそ本分だというのに、こやつは…………アルタイル様。申し訳ございませぬが、治してやってくだされ」
「はいよ。お疲れ」
「ありがたきお言葉。わしも少し休ませていただきましょう。アルタイル様のおかげで最近体の調子がいいとはいえ、老骨には堪えます」
ダーヴィトは疲れ切った表情で剣を置いた。
十中八九その疲労はステラとの戦いではなく、物分かりの悪すぎるバカに辟易としているからだろう。
わかるよ…………お前の気持ち………
この馬鹿の鍛錬をする度に、教育に苦労しているんだろうなぁ……
さすがに同情を禁じ得ない。
「『Sanatio』……………治療完了だ」
「ありがとうございます!!!!!さて!!!ウォーミングアップはここまでです!!!アルタイル様の稽古といきましょうや!!!!!」
「お前も疲れたろう?少し休めよ」
「ガハハハ!!!このくらいなんてことありませんわい!!!」
「……………」
俺は露骨に嫌な顔をするが、意にも介さず大笑いしている。
いつものパターンか。
俺は自分の運命を諦める。
「どれ!まずは近接戦からです!なまってないか確かめるといきましょう」
「うぇぇ…………」
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