第92話 「カレンデュラの願い」
カレンデュラに差し出したものはリボンだ。
彼女は青色が好きなようで、よくリボンをつけてその長髪をハーフアップにしている。
いろんなリボンを持っているようだ。いつも微妙にデザインが異なっているからな。
俺の差し出したそれに、瞳を輝かせてそれを受け取る。
とても大きなものだが上品で落ち着いた色合いであり、彼女の可憐さを飲み込んでしまうことはないだろう。
我ながらよく似合うものを、買ったものだと思う。
成人女性へのプレゼントはアゲナが選んでくれたが、少女の好きなものというとなんだか難しそうにしていたから、安心するのは反応を見てからだが。
「――――――――わぁ!!!綺麗!!!」
「気に入ってくれるといいんだけどよ……」
こればかりはセンスが問われる。
一応こいつの好みは把握しているつもりだったが。
そんな思いも杞憂となり、カレンデュラはたちまち破顔する。
どうやら気に入ってくれたみたいだ。
彼女はそれを早速髪につけた。
茶色の髪にアクセントになっている。目の色とグラデーションになっていて様になっているな。
購入時にアゲナと共に見立てた通りに似合っている。
「とても気に入りました!!!でもお兄様に頂けるものなら何でも嬉しいです!」
「そうか!かわいいやつめ♡」
俺も頬を緩める。
喜んでくれて何よりだ。
専門家の目利きは参考にするもんだな。
上出来と言っていい結果だ。
「あらリボン。とても似合っているわ。お優しいお兄様でよかったわね」
「はい!とても嬉しいです!」
「大事にするのよ」
「ずっと大切にします!」
父上たちとの歓談からいち早く抜け出してきたギーゼラ御義母上は、俺たちに近づいてきた。
そしてカレンデュラの手に持っているプレゼントを見て、母親らしく母性的に対応している。
「アルタイルさん。王都で話題になっている香水を、買ってくださって頂きありがとうございます。趣味ですので、気になっていたのよ。覚えていてくれてうれしいわ」
「いえ。ほんの気持ちです。気に入ってくだされば何よりです」
すると俺が御義母上に買ったプレゼントの話題を出してきた。
少し迷ったが、ギーゼラ御義母上には香水を買ったのだ。
女性陣にはみんなに、バッグも買ったがな。先ほど目録と領収書だけ渡した。
香水っても別に俺の好みを押し付けたわけではないし、王都で一番人気のものだからな。
御義母上は専門の者を雇い入れて自ら調合させているみたいだが、それでもコレクションを揃えているようだから、それの参考にでもしてもらえればいい。
実際に表情には喜びの色が浮かんでおり、正解だったようだ。
「でも香水をくださるなんて……………私のにおいを独占して、自分好みにしたいのかしら?可愛いわ……」
「え゛っ゛っ゛っ゛!?!?!?えっと………そのぉ…………」
「フフ……………また、あとでね…………」
笑みを添えて、思わせぶりな態度でこのように言われる。
意表を突かれた俺はしどろもどろとなり、どきどきが収まらない。
そりゃ香水が趣味じゃないやつに送ったら、そういう意味合いになるかもしれないけどよ…………
御義母上は俺の反応を見て楽しそうにしながら、その場を離れていった。
惚けながらそれを見送る俺たち。
嵐のような爪痕を残していったな。
カレンデュラを見ると俺に無言の笑みを向けているが、どう見ても目が笑っていない。
御義母上と話し込んで放っておいたから、拗ねているのだろうか?
怖っ!?と思うが、カレンデュラのご機嫌を取るべく、頭を撫でる。
………あれ?こいつちょっと見ないうちに、俺より身長…………
いやいや女はこのぐらいの年齢なら、男より女の方が成長は早いとか聞いたことがある。
これは自然の摂理だ。当然のことだって。
俺は焦りを押し込めて、カレンデュラのご機嫌伺いに集中する。
まだ幼くても女ということだ。
プレゼントを渡している最中にほかの女に気を取られていては、嫉妬するというものなのだろう。
幼児は異性の家族に最初に惚れるっていうしな!
こんなに素晴らしい兄を持ったのだから、初恋を奪ってしまうのもやむ無しだろう。
俺は年長者としての度量を持って、寛大に小さな恋心を許してやる。
「んきゅ……お兄様のなでなで大好きです!」
「あはぁ~~~かわいいでちゅね~~~~~…………そういえば父上からは何を貰ったんだ?」
「いっぱい本を買ってもらいました!」
「カレンデュラは本が大好きだもんな!」
「はい!大好きです!」
顔がほころんでいるカレンデュラは一冊本を手に取り、その表紙を見せる。
王都土産でせがむものまで、お勉強かよ。
全身いい子ちゃん人間かよ。
彼女が携えたこれは、この世界でも最も有名な本の一つ。
勇者伝説だ。
いろいろなバージョンがあるみたいだが、はて?この家にもあったはずだが。
表紙は初めて見るもので、また違うものなのだろうが。
まぁ実話なのかもよくわからんし、いろんな説があるんだろうな。
これはその一つという訳だろう。
「勇者伝説、ね」
「一番好きな本です!これは絵がとても綺麗でして、王都で評判なんです!…………男の子みたいですかね?」
「いや。何を好きでもいいんだ」
「よかった……!お兄様みたいでかっこいいから……好きなんです!」
「そうかそうか!!!!!俺もたくさん本を買ってやるからな!!!!!」
「ありがとうございます!えへへ♪」
思わぬ賛辞に俺は得意になる。
機嫌を良くし、再びの土産の約束をしてやる。
まぁこいつにとって俺は勇者以上の大人物にしかみえないだろうな。
何しろ俺は、生ける伝説。
全世界が憧れてやまない、偉大なるアルタイル様だ。
巨人たちを絶滅に追い込み、魔将を討伐し、魔王を追い詰めた勇者を将来的には凌駕するだろう。
そうだ。いいことを考えたぞ。
俺についての伝記ができたら、こいつに買ってやろう。
そうすれば、こいつのお友達連中にも俺の名が広まるだろうし、俺の素晴らしい業績が美少女たちに広まるだろう。
さらにモテモテになった俺は、貴族令嬢たちを食い散らかし放題だ。
なんと完璧なプランだろうか。
作家に俺の小遣いを渡して、パトロンとして本を書かせてもいいな。
絶対売れる。明白過ぎて困ってしまう。
何て名案を思いついてしまったんだろうか。
孤児などの恵まれない子供たちには、慈悲深く自費で買ってやろう。
俺の偉業を知らないなんて、これ以上の悲劇はないよ。
俺は商才まであるのかと内心自画自賛する。
忍び笑いをする俺に、カレンデュラは思い出したようにあることを聞いてきた。
「お兄様。エーデルちゃんはお元気でしたか?」
「あぁ。変わらなかった。一度挨拶してきたよ。元気そうに生まれたばかりの妹をあやしてた」
「そうでしたか!赤ちゃんいいなぁ……私も見たいです。それにエーデルちゃんのお家にお泊りしたいなぁ…………」
「情勢が落ち着いたら、父上に頼んでみよう。俺たちもまた王都に行くことになるだろうから、その時にでもさ」
「やったぁ♪楽しみです!!!王都に行くの夢だったんです!」
陶酔感に浸っていた俺を、カレンデュラは現実へと引き戻した。
あの計画はおいおい詰めるとしよう。
家からあんまり出たことがないカレンデュラは、外の世界に興味津々なようだ。
食いつくように俺の滞在中の話をせがんでくる。
「王都はどんなところなのですか?」
「うーんこればかりは説明しづらいもんだ……まぁ想像できないほどでかくて活気がある街だ。お前も社交デビューするようになったらそのうち行くさ。それまで勉強頑張れよ」
「はい!最近は魔法も学び始めたんです!」
「そうか。偉いぞ」
俺の誉め言葉に照れ笑いをするカレンデュラ。
学び始めた魔法の話を、声色高く喋り続ける。
気分が高揚しているようで、しばらくカレンデュラの話に相槌を打つ俺。
うんうんわかるよ。
魔法使えたら感動だもんな。
「――――――――だから今度教えてくださいね!私もみんなを助けられるように……お兄様を助けられるようになりたいんです!!!」
「そっか。嬉しいよ」
「えへへ……みんなが苦しそうにしているのは嫌だから……みんなが大好きだから私、頑張ります!」
「あら~~~~いい子じゃないの~~~~~!!!」
カレンデュラは上ずった声で宣言する。
困難な道であることをわかっているのだろう。
利口な本人も、自分で言っておきながら気持ちが落ち着かないのかな。
だが立派な志だ。
兄としてそれを出来る限り応援してやりたく思う。
もちろんきつい道であることは、この俺が一番といっていいほどわかっているだろう。
だがこいつが嫁に行くまでは、夢を見てほしいと思っている。
こんな世界だ。
こいつにはできる限り、幸せになってもらいたい。
そんな想いを込めて、妹の幸福を願う。
このまま許される限り長く、純粋に育ってほしいものだ。
「えへへ!お兄様が一番大好きです!」
「そうかそうかーーー!!!!!」
なでなで♡いい子だね♡
このまま俺の思い通りの素敵な女に育つんだぞ♡
子供たちのはしゃぎ声はアルコル家の邸宅に響き渡る。
家族で過ごす幸福な日々が、再び戻ってきたのだった。
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