第89話 「贈り合う二人」
買い物を終え、俺たちは大通りへと出る。
帰り道は途中まで一緒だろう。
もと来た道を帰路として、自宅へと戻っていく。
先程の買い物の感想を次々に言う俺へ、フリチラリアはおおらかに微笑みながら切りのいいところでいじらしい申し出をしてきた。
「お家までお見送りしますよ」
「え?悪いって。それに女の子に一人で帰らせるのは……」
「大丈夫ですよ。王都は治安がいいんです♪頼もしい衛兵さんが見守ってくださいますから!」
差し出された手の平の先には大きなヒトガタ、ゴーレムを伴った衛兵が遠目に見えた。
ゴーレムは高位魔法までとはいかないが、それなりの習得難易度の魔法だ。
王都を守護するだけはある、その練度が伺える。
そんなことを思い悩みながら考えるが、断ることでもないかと承諾を決める。
彼女とまだ話したいこともある。
渡りに船だ。
「それじゃお願いしてもいいか?」
「お任せあれ!」
フリチラリアは仰々しく一礼する。
彼女の見たこともない生真面目に取り繕った表情を見ると、ついおかしくなってしまって俺たちは笑い合う。
俺たちは帰途に就くと、フリチラリアは屈託なく笑って話の続きをする。
めんこいのぅお嬢ちゃん♡ほれ近う寄れぃ♡
「今日は楽しかったですね。いっぱいいい物を買えましたね!」
「ああ!……………ねぇまた会える?」
「え?私でよければ!光栄です!」
一瞬驚いた様子だったが、ふわりと清楚に微笑む。
受け入れてくれたのかな?
だとしたら嬉しいな。
短い間なのに、この子の人間的魅力に引き付けられてしまう。
「でも俺、明日王都を発つことになるんだ。しばらくは会えないな」
「そうでしたか……せっかくお知り合いになれたのに、寂しいです」
フリチラリアは物悲しそうな沈んだ面持ちだ。
これって俺にまた会いたいってことか?
やだやだぁ!まださよならバイバイしたくないょ♡
次はいつ会えるの?
あなたが恋しいょ♡
待っててね……ハニー……必ず迎えに行くよ…………
絶対にぃ……逃がさないからねぇ……
「俺あの屋敷に居るから!居る時はあの窓になんか印付けておく!うちの兵士にも、フリチラリアのことを伝えておくから!その………だから……」
「はい!私たちもう、お友達ですよね!また遊びましょう!約束です♪」
「…………!うん!!!約束!!!えへへ………友達かぁ……♪」
「そんなに喜んでもらえると、私も嬉しくなっちゃいます♪また遊びに行きましょうね!今日は私もとっても楽しかったです!」
この子はすぐ俺のいいところ擽ってくるんだからもぉーーー!!!!!
友達かぁ。嬉しいな!!!!!
王都での友達第一号だ!!!
っていうか……友達ってそもそも俺居たのか……?
いややめよやめよ。
楽しい嬉しい感情に水を差すのやめよ。
「……………あ゛っ!?!?!?髪紐買うの忘れてた!?!?!?!?!?」
「えーと、もうお店は締まっている頃ですね。それなら……」
思索に没入しながら歩いている途中に、そのことに気づいて愕然とする俺。
フリチラリアは慌てることもなく、冷静に思案して手をポケットに伸ばした。
その懐から取り出したのは……
髪紐だ。奇しくも俺が髪をまとめていたものと同色の黄色のものであった。
思わぬ偶然だ。
こんなこともあるもんだな。
「ほかにも持ってますから。庶民がつけていたのがお嫌なら、捨ててください」
「え!いいの!?嬉しいよ!!!」
「そんなに喜んでもらえて嬉しいけど、恥ずかしいです……」
喜ぶ俺に、人差し指どうしを突かせて照れ笑いするフリチラリア。
も゛ぉ゛がわ゛い゛い゛ん゛だがら゛!!!!!!!!!!
いつの間にか歩みを止めていた。
髪紐を受け取り、俺は被っていた帽子に手をかける。
俺は帽子を脱ぐと、解かれた長い髪が重力に従って流れ落ちる。
頭をひと振りして顔にかかる髪を払い除けると、黄金に輝く髪が揺ら揺ら風に踊って背中に広がる。
フリチラリアはそれを微笑み、腹部の前で指を組みながらじっと見つめる。
俺は片手に髪紐を手に、もう片方の手で髪を纏めようとしたが――――――――
「………えーと……んと………あれ……?……どうやれば……」
普段メイドたち二人に身だしなみを任せきりにしていた弊害が出てしまった。
俺の小さな手の平じゃ、豊かな金髪は片手で纏めることができなかった。
自分の髪すらまともに結べない体たらくに俺は恥じ入り、ますます焦燥感が手元を狂わせる。
今の構図は髪を握り締めているガキが四苦八苦し、唸っているだけの滑稽なものだろう。
見るに見かねたのか、フリチラリアは俺の傍に来てある提案をした。
俺は情けない表情をしていることだろう。
だからなのか彼女は安心させるような慈母を彷彿とさせる表情で、俺の髪紐を持つ片手に触れた。
「よろしければ私が結んで差し上げます」
「…………ぇと…………じゃぁょろしく………」
「えぇ。失礼しますね」
顔から火が出そうだ。
彼女は俺の髪を縛るために後ろに立ち、壊れ物を扱うような手つきでセットをする。
長いようで短い時間が経つと、彼女は俺の前にキュートなしたり顔で立つ。
俺は目が覚めたような思いで、何とか礼を告げる。
「ぁ…………ぁりがと…………」
「いえ!とても髪がお綺麗ですね。嫉妬してしまいます♪」
フリチラリアはウィンクしながら悪戯っぽく言った。
どうやら結び終わったようだ。
無性に気恥ずかしくて、二の句が継げない。
言葉にならない無意味な声が、取り繕えずに口から漏れ出る。
「あ……ぅ……」
「はいできました♪男前の完成です♪」
恥ずかしくて声が出せない。
平然と恥ずかしいことするなこいつ。
女慣れしていないオタク君は勘違いしちゃうよ。
サークラの気質あるよ。
俺のお嫁さんになるんだから、浮気なんて許さないからな。
この不思議な女の子は、控えめにくすくすと笑いながら口に手を添えている。
なんて清楚なんだ……エーデルワイスみたいなのもいいけど、こういう天使の様な小悪魔な子に惑わされるのもいい……
そんなこの子から、とっても嬉しいプレゼント貰っちゃった♡
フリチラリアの髪紐から、残留してる温もりが伝わってくるよ♡
これって体を重ねているってことだよね?
ってことはそこには愛があると思っていいのかな?
両想いってことがわかって嬉しい♡
他の男がどんなに勘違いしても、俺が一番だってわかったよ♡
あ!!!プレゼントと言えば…………
「あ!!!俺も渡したいものが!!!」
「……?」
髪紐を貰って立ち止まっていた俺は今がいいタイミングだと思い、懐をまさぐるふりをしながらアイテムボックスから一つの物体を取り出した。
本当は自宅に到着してから渡そうと思っていたが、この機会を逃す手はない。
勝負はここだ!
小首をかしげるフリチラリアは、顔に疑問符を浮かべている。
喜んでくれるといいのだが……一抹の不安があるが、意を決して手渡す。
「これ、ほしいって言ってたから…………あの……要らないなら――――――――」
「――――――――わぁ!!!嬉しい!!!!!」
俺が渡すと、それをそっと手に取り二つの掌の上に乗せ、興奮を隠さずまじまじと食い入るように見つめた。
彼女は飛び跳ねるように喜ぶ。
アゲナの商店で欲しがっていたブレスレットが、そこにあったからだ。
だが俺はあることに気が付いてしまった。
非常に不味い。
もしかして演技されてた…………?
絶望に染まった顔で、俺は絶叫する。
「あ………………身につけるものは安易に親しくない女に送らないって、サルビアに言われてたのに!!!!!!?!!!!」
俺に気を使って、喜んでいる振りしたんじゃないのか?
気を使わせてしまったようで、心が痛い。
これだから俺は……
社会に揉まれて最近マシになってきたと思ってたのに、このザマか……
フリチラリアの反応を見るのが恐ろしい。
俺は俯いてそれを見ないようにした。
時と共に恐怖が募っていく。
彼女の喜ぶ姿が見たかっただけなのに…………
自分の思慮の足りなさを嘆くが、時間は巻き戻らない。
「いえ。嬉しいです。とても素敵」
フリチラリアはそう言うと即座にブレスレットで身を飾り、腕を少し広げて俺に見せつけた。
その言葉を聞いて、俺は気が進まないが恐る恐るそれを視界に入れた。
アクセサリーがフリチラリアの美しさをより引き立ててくれている。
それは控え目ではあるが確かに存在感があり、彼女の女性らしい魅力を底上げしている。
色彩は瞳に合わせたのだろう。その彩りも彼女にぴったりだ。
白を基調としたエプロンドレスに、いいアクセントとなっている。
彼女自身の見立てなのだから、もちろんそうであるのだが。
印象がまた違って見えた。
少女の清らかな純真さは損なわれず、なおかつ女性の柔らかな感じを醸し出す。
「――――――――身に着けた感じ、どうですか?」
「…………綺麗だ……すごく……」
「ふふ♪嬉しいです!そう言ってくれてよかった!」
大袈裟ではない。
今この時は過去に見たどんな美女にも、彼女は遜色がない。
しかしそれはアクセサリーのせいではない。
彼女自身がどんな宝石よりも輝きを放っていたから。
曇りなく澄み切った新品の金属細工より、飾り気のないピュアな彼女の方が光彩を湛えていたから。
「大事にしますね」
ブレスレットを付けた腕を胸にそっと抱きしめると、俺にその緑の眼差しで笑いかけた。
彼女の相貌に吸い込まれるように見つめる俺は、何も言えず呆けていた。
一瞬の時が、永遠と続くように感じられる。
辺りはもう夕暮れ時。
人影もまばらになる時分に、雲の隙間から夕焼けが差し込む。
温かい陽光が反射した彼女の笑顔は、反射光のためであるのか。
それとも彼女自身の輝きのためであるのか、美しく煌めいていた。
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